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第三十三話 稼げるお仕事、どこかにアルカナ?



        この物語は、


     史上稀に見る高難度にして


   伝説の「クソゲー」として知られる


剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』


   を舞台にした、とある探索者たちの


     迷宮をめぐる日常を描いた


       冒険活劇である。



(三十三)



「それじゃシクヨロ、私たちは先に行ってるからな」


「マルタンさんも、元気出してくださいね!」


 ヴェルチとアイシアはそう言って、ひと足先に茶店を出ていった。これからは元・女チームと元・男チームの二組に分かれて、試練をクリアするための金を稼ぐという作戦だ。


「おう、そっちのほうも頼んだぜ」


「…………」


 シクヨロはもう一服だけしてから出発しようと、くわえタバコに火をつけた。女性の姿になっていても、それはなかなかサマになっている。マルタンはといえば、先ほどからテーブルに顔を伏せ、ずっと黙ったままだった。


「なあ、あんまり気にすんなよ。なんとかなるって」


「…………」


 マルタンの沈黙は続く。


「それによぉ、女のカラダってのも、そんなに悪くもないんじゃね? お前さん、わりとかわいいぜ?」


「……殺す」


 マルタンは、顔を伏せたままひと言だけつぶやいた。


「おお()わ。……ところで、試練のクリアに必要な額のことだけどよお」


 シクヨロは、隣のイスの背に止まっていた、オウムのイーゴーに話しかけた。


「ハイ。必要金額ハ ヒトリアタマ 一〇〇GP(ゴルポ)デスガ、メンバー全体デ 四〇〇GP(ゴルポ)ニ 到達シテイレバ OK(オッケ)デス」


「そうか。最悪、あいつらがまったく稼げねえって事態も想定しとかないとな」


 煙を吐き出しながら、独り言のようにシクヨロは言った。一応、リーダーとしてパーティーメンバーの行く末を守るためにも、なんとしてでも目標金額を達成せねばならないと、決意を新たにしているようだった。


「さて、お嬢さん(マルタン)。オレたちもそろそろ行くぜ」


 シクヨロは席を立ち、マルタンの体を抱き起こした。だがマルタンの表情は、完全に「無」になっていた。性別が変わってしまうということは、これくらいの年代の男の子にとっては、かなり受け入れがたい屈辱なのかもしれない。すると、そんなマルタンの耳元に、羽ばたき降りたイーゴーが(くちばし)を寄せてなにかを(ささや)いた。


「……!」


 イーゴーがどんなことを言ったのかは定かではなかったが、その直後にマルタンは、まるでスイッチが入ったかのように跳ね起きた。


「行こう、シクヨロ! ぼくらも早くGP(おカネ)稼がなきゃ」


 そう言うとマルタンは、茶店の勘定を支払うためにレジへと向かった。


「よう、お前さん(イーゴー)、いったいヤツになにを言ったんだ?」


「ハイ、『女性ガ オ(イヤ)ナラ オ(サル)サンニ カエマショウカ?』 ト モウシアゲマシタ」


 シクヨロには、その(オウム)が笑ったように思えた。




「どうだった、アイシア? そっちのほうは」


「うーん、ダメですね。ぜーんぜんないです」


 ヴェルチとアイシアは、臨時労働者のための集会所にやって来ていた。ここの掲示板には、さまざまな求人広告が貼り出されており、日銭を稼ごうとする者たちの貴重な情報源となっているのである。だが、二人が掲示板をくまなく探しても、条件に見合う求人は見当たらなかった。


「どれもこれも、安いんですよねえ。一日みっちり働いても、せいぜいひとり四、五〇GP(ゴルポ)くらいにしかなりません」


「そうだな。男手だったら、なんとか力仕事で稼げると思ったんだが。日雇いだと、それほど(わり)のいいバイトはないみたいだ」


 武器も魔法もない状況だが、せっかく男になったのだから、それを活かせる仕事はないかと思っていた二人だった。しかし、現実はかなり厳しいようである。

 中には守衛や用心棒など、そこそこ高給を約束している仕事も決してなくはなかったが、雇用期間は最短でも一週間。そもそも、身元も定かでない探索者風情の彼女(元)らを、喜んで使ってくれそうな雇い主など皆無だった。




「……ヴェルチさん、もうすぐ日が暮れちゃいますよお」


 街じゅうの集会所を回りつくした二人だったが、けっきょく目ぼしい収穫はなかった。アイシアとヴェルチは、ツカンドラの商店街を当てもなくとぼとぼと歩いていた。


「うむ。時間を使いすぎてしまったな。こんなことだったら、少々賃金が安くてもなにかやっておいたほうがよかったかもしれない」


 気がつけば、二人は試練の制限時間である二十四時間の、ほぼ半分がたを浪費してしまっていた。さらにこれから夜になるにつれ、日雇いの仕事はますます探しにくくなるだろう。


「はあ〜。私、もう歩き疲れちゃいました。それに——」


「ああ——」


「お腹すいたー!」

「ハラ減ったー!」


 アイシアとヴェルチは、顔を見合わせながら同時に叫んだ。肉体的にも精神的にも、ほぼ限界に来ていた二人にとって、空腹は耐えがたい苦痛だった。


「これからどんな仕事をするにしても、なにか入れとかないとツラいよな」


「ですよね! 私も……」


 そう言いかけたアイシアは、ふと見上げた看板に目を止めた。



   本家(まわ)寿司(すし)処 ツカン寿司(すし)



 その文字を見て、アイシアの口元に思わず大量の唾液があふれ出した。


「ねえヴェルチさん! ここ回転寿司ですよ、回転寿司!」


「回転寿司? なんだそれは」


 アイシアの発した言葉(ワード)を、すぐには理解できないヴェルチ。王国付きの魔獣騎士(ビーストナイト)だった彼女(元)にとっては、まったく馴染みのない店だった。


「えっ、知らないんですか?」


「もちろん、寿司(スシ)なら知ってるぞ。食べたことだってある」


「そうですか。ここは、お寿司が回ってるんですよ。私の生まれた東方では、めずらしくないお店なんですけど」


「まわる? 寿司が? なんで?」


 ヴェルチの頭の中で、マグロ二(かん)を載せた皿がものすごい勢いでギュンギュン回転(スピン)していた。


「……(あぶ)なくないか? それ」


「大丈夫ですから、入りましょう!」


 首をかしげるヴェルチをよそに、さっさとアイシアはこの店の暖簾(のれん)をくぐった。


「なあ、アイシア。私は、べつに回ってなくてもいいんだが……」


 そう言いながら、ヴェルチはおそるおそるアイシアの後をついていった。




続く



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