第二十九話 レベルアップは、妖精さんに聞け!
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(二十九)
「それにしても——」
レベリルというその妖精は、まるでなにかのスイッチが入ったかのように、一方的に捲し立てはじめた。
「いやー、ひさしぶりのお客さんだから、私ホントびっくりしちゃった。あ、もちろんいつもは、もうちょっとちゃんとしてるのよ? だってレベルアップベースといえば、なんてったって迷宮内のオアシス。探索者たちの憩いの場。紳士と淑女の社交場。荒野に咲いた一輪の花。渇きを癒す一服の清涼剤。貴方も私もみーんな大好き麗しの聖地、ってなもんよね。でしょ?」
「はあ」
シクヨロは思わず、アホみたいな返事をした。
「しかも、ここって最難関で知られる『第十三迷宮』じゃない? こう言っちゃなんだけど、そんじょそこらのポッと出の妖精が任されるような安いダンジョンとは『格』がちがうのよ、『格』が。ま、私はその点、生まれも育ちも王都アリアスティーン。この業界では、まぎれもなく五本の指に入る有名氏族出身の上級レベリルなんですからね。あ、わりと誤解してる探索者の人多いんだけど、『レベリル』っていうのは私個人の名前じゃなくて、妖精の種族名だから」
「なるほど。ポ○ケモンのピ○カチュウみたいなもんですね!」
「おいおい、隠れてねえぞ」
レベリルの長台詞に目を輝かせるアイシアと、冷静にツッコミを入れるシクヨロ。そして、そんなふたりを尻目に、マルタンが口を挟んだ。
「あのー、それはさておきレベリルさん」
「レベリルさん?」んがっ
いつになく丁寧な口調で話しかけてきたマルタン少年に、シクヨロは驚愕の声を上げる。マルタンは手を伸ばし、魔法の杖の先でシクヨロの横っ面を押しのけながら言葉をつづけた。
「……さっそくなんですけど、ぼくたちのレベルアップ判定、してもらってもいいですか?」
「あーらぁ、ごめんなさいね。迷宮攻略でお忙しいのに、私ったら長々と話しちゃって。ううん、いいの。……じゃあ、どなたから見る?」
レベリルは枕元のガラクタの山の中から、彼女にとってはひと抱えもある大きな水晶玉を取り出し、さっきまで自分が寝ていたベッドの真ん中にドサッと置いた。
「えーっと、じゃあ、私からいいかな? ヴェルチといいます」
そう言って、まず最初にヴェルチが一歩前に出た。
「ま、凛々しくてお強そうなかた! 魔獣騎士さんなのね。えっ、元『薔薇の牙』? すごーい! あとでサインもらっちゃおうかしら。あ、うんそうそう。そこの水晶玉の上に、右手を開いて乗せてね」
それにしても、よくしゃべる妖精だな。ヴェルチはそう思いながら、レベリルに言われるままに水晶玉に手のひらを乗せた。
「……」
ヴェルチの手の甲の上に、自身も両手を置き、なにやら小さな声で呪文を唱えはじめるレベリル。そうして、しばらく集中していたかと思うと
チャラララッチャッチャッチャーン♪
なんだか、どこかで聴いたことのあるファンファーレが鳴り響いた。
「おめでとう、ヴェルチさん。あなたのレベルはひとつ上がって、三十六になったわ!」
「おおっ、ありがとうございます! いやあ、これはうれしいなあ」
ヴェルチはそう言って、素直に喜びを表した。これまでに、三体の上級魔神を屠った実力が認められたということだろう。
「あっ! つぎ私! いいですか? 剣士のアイシア、現在レベル二十二です」
そう言ってアイシアが、鼻息荒く手を挙げた。
「はいはい、じゃあ水晶玉に右手を乗せてね。ううん、そっちは左。お箸を持つほうよ。あら、あなた左利きなの?」
わちゃわちゃしながら、ようやくレベルアップ判定に入るレベリルとアイシア。すると今度は
チャラララッチャッチャッチャーン♪
チャラララッチャッチャッチャーン♪
なんと、例のファンファーレがつづけて二回も鳴ったのである。
「すごいわ、アイシアさん! 今回はふたつ上がって、レベル二十四よ!」
「ホントですか? やったー!」
いまのところ、戦闘では目立った活躍をしていないように思えるアイシアだが、破格の判定を受けた。古文書の解読も、地味に評価されたのかもしれない。
「よかったね、アイシア。じゃあつぎはぼく、お願いしてもいいですか? マルタン・オセロットです」
つづいて、マルタンがレベリルに声をかけた。明るくハキハキとしていて、いつもの生意気でこまっしゃくれた様子は欠片もない。まるで、借りてきたネコのようである。
「ふふ、ずいぶんかわいらしい魔導師くんね。でも、それにしてはかなり濃厚な魔法力を感じるけど……。えっ? レベル四十七? 熟練クラスじゃないの! やるわね」
レベリルは、これまでと同様に水晶玉を使ってレベルアップ判定を行ったが、数秒たってもなにも起こらなかった。レベリルは顔を上げ、申し訳なさそうに言った。
「マルタンくん、ごめんなさいね。あなたはもうすでに十分にレベルが高いから、今回のレベルアップはないみたい」
「あー、そっかあ……。うーん。ま、しょうがないですね」
マルタンは首を左右に振りながら、両手をひろげてそう言った。だがその言葉ほどは、残念とは思っていないようだ。一般的にレベルというものは、高くなるほどに上がりにくくなるものなのである。
「じゃあ最後は……」
みんなの視線が、一点に集まった。もちろん、「彼」の方にである。
「いちおう、シクヨロもいっとく?」
「いちおうってなんだよ。やるに決まってんだろ」
憐れむようなマルタンの言葉に、シクヨロは憤慨しながら言った。
「あらダンディーな男前さん、お名前は? ふーん、シクヨロさんっていうの。なんだか変わったお名前ね。現在のレベルは、三? ホントにぃ? あなた、これまでよく死ななかったわねぇ」
放っといてくれ、と言わんばかりにシクヨロは、無造作に右手を水晶玉の上に乗せた。レベリルはそれに応えるように、お決まりの儀式を開始する。
「まあ、なんてったってオレは伸び代があるからな。ひょっとしたら、ガッツリ十か二十くらいレベルアップしちまうんじゃねえ?」
目を閉じて、一心にシクヨロのレベルを測っていたレベリルは、そのままの姿勢でこう言った。
「えーっと、あなたのレベルは……二ね」
「下がってんじゃねえかよ!」
「やめろ、シクヨロっ!」
「妖精の判定は絶対だから!」
思ってもみない判定結果に、レベリルに掴みかからんとするシクヨロ。ヴェルチとマルタンが、それをあわてて止めに入った。
「それにしても、オレだけレベル下がるのっておかしいだろ!」
「もしかして、前回のレベル判定の人が激甘だったのかも。んーまあ、でもしょうがないわね。ちょこっっとだけ上乗せして、シクヨロさんは現状維持の、三で」
「んぁー、納得いかねえ」
続く




