第二十二話 強敵! ガーゴイルはブキミに嗤う
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(二十二)
「くっくっく……。今回のお客様は、ずいぶんと命知らずな方ぞろいのようですな。気に入りました」
ガーゴイルはそう言いながら、ゆっくりとしたモーションで探索者たちに拍手を送った。ただし、それはガッチ・ガッチ・ガッチといった石を叩き合わせたような音ではあったが。
「ハッ! 私たちが命知らずだって?」
「あいにく、命知らずはこのシクヨロだけだよ」
「いや〜? オレ的には、この金塊でもべつに悪くはねえんだけどな」
「らめれすよ、ヒクヨロふぁん。護符をれにいれらいと」モゴモゴ
「おまえなぁ。いいかげん、口の中のモン飲み込めよ」
探索者たちは、各々の得物を握り直しつつガーゴイルを取り囲むようにしてにじり寄った。だが武器を持たないシクヨロだけは、少しずつ後ずさりしていった。
「さあ、みなさま、どこからでもおいでなさい。殺して差し上げましょう」
ガーゴイルは身構えることをせず、棒立ちのまま手招きをした。パーティーの切り込み隊長を自認するヴェルチは、斧槍を頭上にかざすと、牙をむいて雄叫びを上げながら突進した。
「いやアアッ!」
ガッキイイイイン!
アヴァランチの切っ先は、猛烈な勢いでガーゴイルの右腕に振り下ろされる。激しい金属音とともに、ガーゴイルの上腕を叩き落とした。それにとどまらず、ヴェルチは返す刀でガーゴイルの首筋を水平に薙ぎ払った。
ザシュゥッッ!
ガーゴイルの首はあっさりと切断され、宙に舞った。悪魔の石像の足元に、骨張った右腕と厳しい口を開けた頭部が転がった。
「……やりました?」
両手の手のひらで顔を覆っていたため、その決定的瞬間を見ていなかったアイシアは、指の間からそうっと状況を確認した。
「ああ、やったな」
ヴェルチは少しだけ息をつくと、アヴァランチの構えを解いた。
「すごい! もう倒しちゃったんですか?」
「……なんでぇ、口のわりに大したことねえなガーゴイル」
いつの間にか、部屋の隅の方まで後退していたシクヨロだったが、安心したように戻ってきた。
「しかし、これが護符の試練のひとつだとしたら、拍子抜けだな。まったく歯ごたえが感じられない」
あきれたように言いながら、ヴェルチは床に転がっているガーゴイルの頭を、アヴァランチの槍刃の先で突っついた。だがそのとき、ずっと黙ったまま様子をうかがっていたマルタンが大声を上げた。
「ヴェルチ! 油断するな!」
しかしその声が彼女の耳に届く間もなく、地面に転がっていたはずのガーゴイルの右腕が、飛び跳ねるようにして突如ヴェルチに襲いかかってきたのだ。
「うあっ!」
本能的に、右腕の攻撃を払いのけようとしたヴェルチだったが、その骨ばったガーゴイルの腕は彼女の上半身に瞬く間に絡みつき、手にしたアヴァランチごとその自由を封じてしまった。
「むがっ……ぐぐぅ」
石そのものの硬さを持っていたはずのガーゴイルの右腕は、一瞬にしてまるで自在に伸縮するゴムのように変質していた。いつの間にかヴェルチは口元まで完全に封じ込められ、なすすべなくその場に倒れこんだ。
「くうっ……」
ヴェルチの怪力を持ってしても、ガーゴイルの縛は振りほどくことが叶わない。やがて、呼吸ができなくなったヴェルチは、気を失った。
「ヴェルチ!」
「ヴェルチさん!」
彼女の元に、あわてて駆け寄ろうとするシクヨロとアイシア。しかし、そんなふたりを、マルタンは魔法の杖を掲げて無言でさえぎった。マルタンはそのままの姿勢で、ずっとガーゴイルをにらみつづけている。
「……まさか、本当に私の体を一刀両断できるとは。いやいや、大したものですね。『薔薇の牙』の魔獣騎士の馬鹿力というものは」
ガーゴイルはゆっくりと立ち上がり、残された左腕で自分の首を拾い上げると、元通りに装着しなおした。すると、ふたたびその両眼に赤い光が灯った。
「ですが、もうおわかりでしょう。私は、そんじょそこらの土塊人形とは出来がちがいます。この体、たとえ粉々に砕かれようとも、完全に息の根を止めることなど不可能です」
「そんな……。じゃあ、一体どうやって倒せば……」
弱々しくつぶやくアイシアに気を止めることなく、マルタンがジンジャーを自分の正面に突き立てた。そしてゆっくりと目を閉じ、呪文を詠唱しはじめた。
「くっくっく。王国最年少の熟練魔導師、マルタン・オセロット様。無論、存じておりますよ。物理攻撃が効かぬなら、お得意の魔法で挑戦、ということですかな?」
ガーゴイルは尊大な態度で、マルタンの前に立ちはだかった。
「私は『ドラファン2』に存在する魔法、そのすべてを諳んじております。炎や冷気、雷に大嵐。いかなる呪文を持ってしても、突き詰めれば所詮は自然現象。私には、さしたる効果はございませんよ」
ようやく長い詠唱を終えたマルタン。目を開けると同時にすばやくジンジャーを掴み、ガーゴイルに向けてこう言った。
「……じゃあ受けてみる? エクステラ・レザリオ!」
「……!」
「……!」
シクヨロとアイシアは、息を呑んで戦いの行方を見守っていた。マルタンがかざしたジンジャーの先からは、予想に反して火花ひとつ発せられることはなかったが、なぜかガーゴイルの動きがピタッと止まった。
「こ、これはいっタイ……? き、キサま! わ、たっシニ、なーーーニヲしタタタタタタ」
ガーゴイルの慇懃な口調が、あっけなくバグった。
「カンタンだよ、魔法で動いてる石像から、すべての魔法力を吸い取っただけ。魔法力がなきゃ、もう動けないでしょ?」
「うソダぁぁ! ソnナまほーーーハ、コの4ニそんざいシナーーい@#%!」
「だろうね。だって——」
マルタンは帽子のつばに指を添えながら、ニヤリと笑った。
「この魔法、一昨日ぼくがはじめて完成させたんだもん」
「はア? ***** まじデ * **** ずるイ」
ガーゴイルは膝から崩れ落ち、石像そのままになって動きを停止した。正真正銘文字通り、ただの土塊人形だ。マルタンは、ガーゴイルの頭部にジンジャーの柄の先を叩き下ろした。その頭は、見る影もなく粉々になった。
「この駄ーゴイルが。熟練魔導師、なめんなよ?」
続く




