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第二十一話 アクマで豪華なお・も・て・な・し



        この物語は、


     史上稀に見る高難度にして


   伝説の「クソゲー」として知られる


剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』


   を舞台にした、とある探索者たちの


     迷宮をめぐる日常を描いた


       冒険活劇である。



(二十一)



 それは低いがよく通る声で、まるでバリトンのオペラ歌手か老練な政治家を彷彿させた。思わぬ出迎えの挨拶を受けたシクヨロたちの驚きをよそに、その声の主は足音も立てずにゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。


「……ひっ!」


 たまらず、アイシアが悲鳴を上げた。暗闇の中、彼らの目がようやく捉えることができたその姿は、人間ではなかったのだ。


「こいつは……」

「げ、マジかよ」

「ガーゴイル?」


「いかにも。この部屋の番人(ガーディアン)を仰せつかっております、ガーゴイルでございます」




 説明しよう。


 ガーゴイルとは、もともとは中世の西洋建築物に据え付けられている雨樋(あまどい)の一種であり、装飾や魔除けの目的で動物や怪物、あるいは悪魔のような姿に(かたど)られた彫刻のことである。この『ドラゴンファンタジスタ2』における迷宮内に登場するガーゴイルは、人為的に作られた石像が魔力によって命を吹き込まれたモンスターであり、 おもに深層階で探索者の行く手を阻む難敵である。あくまで生物ではなく石そのものであるため、とくに物理攻撃に強い耐性を持つとされる。


 以上、説明終わり。




 そのガーゴイルは、なんともおどろおどろしい悪魔の姿をしていた。いや正確には、この世に悪魔というものが存在するとすればおそらくこういうおどろおどろしい格好なのではないかと思われるような姿をしていた。


「で、お前さんはここでなにをしてるんだ?」


「はい、みなさまのご到着をお待ち申し上げておりました」


 シクヨロの問いに、慇懃(いんぎん)な言葉遣いで返事をするガーゴイル。どう見ても石像そのものではあるが、ちゃんと器用に(あご)が動いて人間の言葉を発している。その目は先ほど対峙した上級魔神(グレーターデーモン)と同じく、ぼんやりと赤い光を放っていた。


「待ってたって……。護符(タリスマン)の『試練』のこと?」


 さきほど古文書の解読により突きとめた、試練のことを口にしたアイシア。しかし、ガーゴイルはかぶりを振って答えた。


「いえいえ、とんでもない! あくまで、みなさまを心からおもてなしするためでございます」


 そう言うと、ガーゴイルは右手の指を鳴らした。そしてその小気味良い音と同時に、部屋の明かりが一斉に灯ったのである。


「うおおっ?」

「これは……」


 ようやく、この部屋の全貌が明らかになった。この部屋は、およそ迷宮の中とは思えないほど絢爛豪華な食事室(ダイナー)だったのだ。床には真紅の絨毯が敷きつめられ、天井からは見事なガラス細工の施されたシャンデリア。そして部屋の中心に見える巨大なテーブルの上には——


「わあっ! すごいごちそうですよ!」


 アイシアが驚きの声を上げる。その言葉の通り、そこには四人分のフルコース料理が並べられていたのだ。ほかほかと立ち昇る湯気が、彼ら探索者パーティーの食欲を大いにくすぐった。


「さあ、どうぞ席におつきください。遠慮なさらずに」


 彼らはガーゴイルに言われるままに、食事の用意されているテーブルについた。




「……食べていいんでしょうか?」


「うん、まあ、ちょっと待っとけ」


 小さな声で問いかけるアイシアに、隣の席のシクヨロが答えた。彼女が食いしん坊エルフであることはいまさら驚かないが、この状況でこの相手が出してきた料理によく口をつける気になるなと、シクヨロは逆にすこし感心した。


「で、おもてなしって一体どういうことなの?」


 マルタンは、魔法の杖(ジンジャー)を手元に置いたまま、慎重な口ぶりでガーゴイルにたずねた。


「そのままの意味でございます、マルタン様。私は、みなさまに危害を加える気もございませんし、ましてや試練など」


 ガーゴイルは、いかにも高級(たか)そうな赤ワインを開け、曇りひとつないグラスに注ぎはじめた。その所作は優雅かつ非常に洗練されており、三ツ星レストランの給仕(ギャルソン)もかくや、といった(おもむき)である。まあ、見た目はゴッツゴツの悪魔の石像なのだが。


「ささ、スープが冷めないうちに。焼きたてのパンもお取り分けいたしましょう」


「つーか、ガーゴイルさんよぉ」


 ダンジョンの地下十三階で受けるにしては丁寧すぎるガーゴイルの接客ぶりに、シクヨロはうんざりしたように話しかけた。


「いったい、どういう魂胆(こんたん)なんだい? オレたちは迷宮探索にやってきたんであって、流行(はや)りの穴場料理店(フレンチ)を予約したつもりはないんだが」


「それでは、単刀直入に申し上げましょう」


 ガーゴイルは給仕の手を止め、シクヨロたちに正対した。


「みなさまには、ここでまっすぐお帰りいただきたく存じております。むろん、手ぶらでお返しなどはいたしません。心ばかりのお土産(みやげ)も、用意させていただきました」


 そう言うとガーゴイルは、食卓の脇のサイドテーブルにかかっている厚手の(クロス)を取り払った。


「……っ!」


 探索者たちは、思わず息を呑んだ。そこにはなんと、山積みの金塊が据えられていたのである。隙間なく整然と積まれた金塊は、シャンデリアの灯りによってこの世のものとは思えぬほどの(まぶ)しい光沢を放っていた。


「正真正銘、本物の金地金(インゴット)でございます。今後、みなさまが一生涯をかけて迷宮探索をされたとしても、この一割ほどさえも手にすることは到底かないますまい。もちろん、すべてお持ち帰りいただいてけっこうです」


「ちなみに、もし断ったらどうなるんだ?」


 心の中を見透かされたような気になり、すこし不機嫌になったヴェルチがガーゴイルを(にら)むようにして言った。


「まことに残念ながら、流れずともよい血が、無駄に流れることになるでしょうな、ヴェルチ様。あなたの斧槍(ハルバード)・アヴァランチはもちろんのこと、そのご自慢の牙や爪を持ってしても、私の体に傷ひとつつけることは不可能です」


 ガーゴイルのその言葉に、席についていた探索者たちはゆっくりと立ち上がる。


「ほう……。本当にそうか、試してみるかい?」


「そうだね、ぼくらも加勢するよ」


「あ、ふぁい」モグモグ


「だから食うなって」




続く



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