第二十話 迷宮に三つの試練があるかもシレン
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(二十)
「なんだって? それ、マジかよ?」
「アイシア! 本当に、護符の在処がわかったのか?」
思いがけないアイシアの言葉に、シクヨロとヴェルチは食い気味に反応した。古文書の重要な部分の解読に成功したとすれば、完全未踏フロアである地下十三階の探索において、多大なる手がかりとなるはずだ。
「はい! ようやくつきとめました」
得意げに胸を張るアイシア。彼女の大きめな胸元は、心なしかいつもよりもさらに元気よく弾んでいるように思われた。
「で、それはいったいどこなの?」
いつも沈着冷静なマルタンでさえも、急かすように声を上げる。ところがアイシアは、両手で抱えた古文書で自分の顔を隠すようにしながら、ゆっくりとした口調でこう言った。
「んー? ふふっ……聞きたぁい?」
「あ?」
「あ?」
「あ?」
満面の笑みをたたえながら、焦らすような口ぶりで問いかけてくるアイシア。それを聞いた三人のストレスゲージが、みるみる上昇した。
「あー、どうしよっかなー。まあ、すんなり教えてあげてもいいんだけどぉ。このぶ厚い古文書、解読するのけっこう手間がかかって大変だったからなー。アカデミーの超古代文学部首席卒の私でないと、とてもじゃないけど分析できなかったかもなー。それなのに、みんなからの感謝と尊敬の念が、なーんかイマイチ足りない気がするなー」
チラッ
(コイツ……)シクヨロはイラっときている。
(なに様だ?)ヴェルチはイラっときている。
(駄エルフが)マルタンはイラっときている。
いまこれを書いてる作者もイラっときている。
「そうですねえ……。じゃーあ、特別にぃ、ヒントをあge」
シクヨロはアイシアがすべてを言い終わるまえに、彼女のほっぺたを全力でつねりあげた。
「いたたたた!」
「いいから早く言え。つーかこれ、てめーの持ってきた依頼だろうが。あんまりふざけてると、この最下層に置いてくからな」
「……ふぁい、しぃあへんれした」
アイシアは反省と謝罪の言葉を口にした。
「冗談ですよぉ。いいじゃないですか、ちょっとくらい調子に乗ったって」
「冗談に付き合ってるほどの余裕はねえんだよ」
「ところで、結界魔法は大丈夫か? マルタン」
「うん、いまやるよ。あ、もう消えかけてるし」
何度も言うようだが、ここは難関ダンジョンである「第十三迷宮」の中でも、別格に危険な最下層のさらに下なのだ。悠長におしゃべりしてるうちに、高レベルの忍者に素手で首を切断されても文句は言えない。
「アイシア、いまのうちに教えてくれ。護符はどこにあるんだ?」
周囲を気にしながら、あらためてヴェルチがたずねた。
「えっとですね。まず、『マカラカラムの護符』が隠されているのは、この地下十三階でまちがいありません」
「やはりそうか」
「そして、護符を手にするためには、『三つの試練』をクリアしなければならないんだそうです」
「あぁん? 『三つの試練』だと?」
新たなワードの登場に、シクヨロが反応する。
「はい。この地下十三階で次々と降りかかる試練を乗り越えることで、『マカラカラムの護符』を得るのにふさわしい者かどうかが見極められるんですって」
「……ふうん。ゲームみたいだな」
「ゲームだからね」
ヴェルチの言葉に、冷静にツッコむマルタン。
「いわゆる『心・技・体』を測る三つの試練があって、自分自身が「心清く、技に優れ、体健やか」であることを明らかにした者のみが、護符にたどり着く扉を開けることができるんだとか」
「なるほどな。……で?」
「で……、なんですか?」
「いや、もう終わりかよ」
「あ、はい、お終いです」
期待を込めたシクヨロだったが、アイシアの解読結果報告はあっさりと終了した。
「なんだよ、結局わかったようなわからんような情報だな。ホントに、ちゃんと解読し終わったのか?」
「シクヨロさん、そんな言い方ないじゃないですか。いま話した内容だけでも、古文書のページにするとこんなにあるんですよ!」
古文書のページをつまんで見せながら、アイシアは口をとがらせた。その紙幅は数十ページにもおよんでおり、あのわずかな時間で読み解いたとすれば、やはりアイシアは相当な超古代語学の天才といえるだろう。
「まあいいじゃないか。どのみち、その三つの試練とやらをクリアしないとダメなんだろう?」
肩に背負った斧槍を握り直しつつ、ヴェルチが言った。
「問題はよぉ、どうやってその試練を受けるかっつーことだけどな」
「そうだね。できれば、モンスターとの遭遇もなるべく避けたいとこだし、あんまり迷宮内をウロウロしたくないな」
シクヨロとマルタンに答えるように、アイシアは言った。
「あ、それなんですけど。どうやら探索者がこの鍵を持ってると、自然と試練が降りかかってくるらしいですよ?」
「なんだって?」
「ほら——」
上級魔神から手に入れた、謎の紋章の入った鍵をかざしながら、前方を指差したアイシア。いままでだれも気づかなかったが、そこには妙に簡素な造りの扉が存在していたのである。
「アイシア、まさかこれが……」
「最初の試練、ってことなの?」
「えっと、そうみたいです、たぶん」
シクヨロはともかく、迷宮探索に慣れているヴェルチやマルタンでさえ、この不思議な現象に面食らっているようだった。
「どうするんだ? シクヨロ」
ヴェルチは、パーティーのリーダーであるシクヨロに判断を求めた。
「そりゃ、行くっきゃあるめぇよ。だがな」
シクヨロは前に進み出ると、帽子をかぶり直してこう言った。
「ちょっとでもヤバいと思ったら、即逃げる。命最優先だ。いいな、みんな」
いつになく真剣な面持ちのシクヨロに、パーティーメンバーはうなずいた。シクヨロはドアノブに手をかけると、意を決して扉を開けた。
扉の向こうは、薄暗い部屋だった。明かりはなく、シクヨロたちが必死になって目を凝らしても、その全貌はほとんど把握できない。だがすくなくとも、危険な魔物や罠の気配は感じられなかった。
そのときだった。部屋の奥から男性の声がした。
「ようこそいらっしゃいました、迷宮探偵シクヨロ様と御一行様」
続く




