第二話 迷宮探偵って、一体なんなんすかね
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(二)
「さて、と。本日は当探偵社にお運びいただき、誠にありがとうございます。ご依頼の確認のまえに、まずはお名前を聞かせていただいても」
シクヨロ、と名乗ったその男はカップに紅茶を注ぎ、テーブルについた少女のまえに置いた。ほかほかとあたたかい湯気を立てる紅茶を見ながら、その少女は頭からかぶっていた、雨に濡れた外套をゆっくりと脱いだ。
「はい。あの私、アイシアといいます。『冠城 藍紗』、です」
「ほう……」
シクヨロは彼女の姿をはじめて目にして、小さく驚きの声を上げた。なぜなら、アイシアという名の少女がその種族特有のとがった両耳を持っており、さらにサラサラと流れるような美しい黒髪だったからである。
「エルフさん、だったんですねえ。しかも」
「はい。東方の人間とのハーフなんです」
「それはそれは」
と言いながら、シクヨロは視線をゆっくりと下に降ろしていった。そして、ふたつの大きなふくらみに当たり、そのまま止まる。アイシアは、和風の鎧袴を身につけていたが、その胸当ての下が容易に予想できるほど、はちきれんばかりに豊満な双丘をたたえていた。それ、すなわち
(……おっぱい)
アラフォーのおっさんの邪な目つきに気づいたアイシアは、あわてて両腕で胸元を抱えこむようにして隠した。真っ赤になってカラダをよじらせるハーフエルフの美少女に、シクヨロは眼福を感じていた。アイシアは、すこし涙をにじませながらシクヨロをにらみつける。
「いや、失礼。そのお持ちの太刀からするに、アイシアさんは剣士でもやっていらっしゃるんですか?」
冗談めかしてそう問いかけたシクヨロに、気を取り直したアイシアは明るく答えた。人間にすると十六、七歳だろうか。もっとも、エルフはかなりの長命種であるため、見た目では判断しにくいが。
「ええ、これは侍だった父の形見なんです。私、じつは探索者を目指していて」
「探索者?」
その言葉を聞いて、シクヨロの顔が一瞬歪む。ちょうどそのとき奥のドアが開き、さきほどアイシアをこの部屋に迎え入れた、あの妙に目つきの悪い美少年が姿を現した。
「ああ、マルタン。ダメじゃないかぁ、お客様には丁寧にご挨拶しないと。ねえ、アイシアさん。この子、なにかご無礼はありませんでしたか?」
猫なで声でそう話しかけるシクヨロに、マルタンと呼ばれたその少年は一瞥もせずにこう言った。
「その人、例の金持ちの依頼主じゃないよ」
「はあ? でっかいお屋敷のお嬢様が飼ってた犬が逃げだしたってのは」
「それ、もう見つかったってさ。きのう、キャンセルの連絡があったの知らなかったの?」
マルタンの言葉を聞いて、シクヨロは大きなため息とともに、イスの背もたれに寄りかかった。
「ええええ〜っ! もおぉぉ、なんだよ〜。せっかく犬探しなんて、開業初っ端から楽そうな依頼だと思ったのによぉ」
そんなおじさんと少年の会話を聞いていたアイシアは、申し訳なさそうに声を上げた。
「あ、あのっ、すみません! でも、いちおう私もお仕事の依頼を……」
アイシアのその言葉に、それまで死んでいたシクヨロがコンマ一秒で生き返る。バネ細工のように体勢を元に戻したシクヨロは、手もみしながらふたたび仕事受注モードに戻った。
「そうでしたそうでした。で、そちらのご依頼というのは……」
「でもぉ、そのまえにひとついいですか?」
「なんでしょう」
「いま、『開業初っ端』っておっしゃってたんですけど」
「言いましたっけ」
「もしかしてこの探偵社って……」
口ごもるシクヨロの代わりに、マルタンがあっさりと返事した。
「うん、まだいちども依頼を受けたことはないよ」
「それじゃあ……」
「そう、キミが正真正銘、この4946迷宮探偵社の最初のお客さんだから」
「ええええ〜っ!」
「まあまあ、とりあえず『はじめが肝心』って格言もあるでしょ」
「はあ」
シクヨロのなだめ声に、いぶかしげに答えるアイシア。
「それに『はじめよければすべてよし』とも言うし」
「言わないよ」
「いいんだよ、マルタン。そういう気構えで初仕事に臨むってぇことよ」
「それであのー、探偵さんは、どんな依頼でも受けてくれるんですか?」
アイシアがそう問いかけると、シクヨロはすっくと立ち上がり、直立不動になって斜め四十五度上を向いた。その横で、ポットから自分の紅茶を注いでいたマルタンが、不意に大声を上げる。
「魔物退治!」
それにつづけて、
「いたしません!」
と叫ぶシクヨロ。
「鉱石の採掘!」
「いたしません!」
「希少な薬草の採取!」
「いたしません!」
「龍の巣からのタマゴ運搬!」
「いたしません!」
「なんですかこれ、ド◯ターX?」
黙って聞いていたアイシアが、たまらず口を挟む。
「ようするに探偵ってのは、だれでもできる単純労働はしないってことよ。わかる? お嬢ちゃん」
「そうなんですか?」
「オレ、失敗しないので。——たぶん」
そう言って親指を立て、ウインクをキメるシクヨロ。
(でも、犬探しの依頼受けようとしてたよね)
そんなアイシアの気持ちを知ってか知らでか、シクヨロは腰を下ろしてそのまま話をつづけた。
「んで、ご依頼は?」
タバコにマッチで火をつけながら、手のひらを上にして誘うような仕草を見せるシクヨロ。イスに斜めに座り、いつの間にかしゃべり方が大幅にフランクになっている彼に対し、我に返ったようになったアイシアは、真剣に話しはじめた。
「——じつは、私を『一流の探索者』にしてほしいんです。お願いします!」
続く