第十七話 牙を剥く狂戦士! 過激なヴェルチ
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(十七)
迷宮内での最初の戦闘からの逃走を試みた、シクヨロたちパーティーメンバー。しかし、三体の上級魔神に取り囲まれてしまった。当然のペナルティーとして、敵モンスターに先制攻撃を許すことになる。
「グオアアアアッ!」
まず、上級魔神Aが先頭のヴェルチに対し、鋭い鉤爪を持つ豪腕を振りかざす。その叫び声は、聞く者の魂を地獄の底へ引きずり込むほどに凶悪な旋律だった。
「くっ!」
ヴェルチは、その攻撃を斧槍・アヴァランチで受け流し、すんでのところでダメージを回避した。つづいて上級魔神B、Cが連なるようにヴェルチに襲いかかる。しかし、この攻撃も紙一重でダメージには至らなかった。
「……っと、危なっ!」
上級魔神の無条件先制攻撃を、まったくのノーダメージで耐えることができたのは、かつて王国魔獣騎士団「薔薇の牙」の一員であったヴェルチとしても、まさに奇跡的なことだった。
そして、シクヨロたちにとってもうひとつの幸運は、上級魔神らが魔法の詠唱を選択しなかったことである。最初の攻撃がすべてヴェルチに集中したことで、結果的につぎの手番以降に、戦闘体制を立て直す余裕が生まれたのだ。
「どうやらやるしかないようだな、みんな!」
「ああ。さすがに逃がしちゃくれねーか」
「ま、しょうがないね」
「私ドキドキして、口からさっきの中華が出ちゃいそうです」
彼らは、ついに覚悟を決めた。逃走という選択肢を持たない上級魔神相手に戦いを続行するということは、どちらかが全滅するまで終わらない死闘を意味する。この『ドラゴン・ファンタジスタ2』において、死とはすなわち永遠の消滅なのである。
賽子の出目しだいでたやすく転がる運命に、シクヨロたちのパーティーは文字どおり命そのものを賭けることにしたのだ。
なお、このモンスターを「上級魔神」と呼んではいるが、そもそも上級であろうと下等であろうと、悪魔に対してはおよそ懐柔も恫喝も一切通用しない。
「つぎは、ぼくが魔法を——」
魔法の杖・ジンジャーを構え、攻撃呪文を唱えようとしたマルタンを、シクヨロが制した。
「いや待て、マルタン! 上級魔神に魔法はまず効かねえ」
「……っ!」
マルタンは、上級魔神の持つ特性のひとつである「魔法耐性」を思い出し、唇を噛んだ。高レベルの魔導師でありながら、あろうことか戦闘でまったく役に立てない。そのことが、まだほんの十二歳の少年探索者の心を強く締めつけた。
「気にすんな。これからまだおまえさんには、いくらでも活躍してもらうからよ」
「……」
シクヨロの言葉には答えず、代わりにマルタンは帽子のつばに手をかけ、うつむくようにして目元を隠した。
「でも、魔法なしでどうするんですか? 相手は三体もいるのに……」
焦るアイシアの後ろに、ヴェルチが歩み寄った。
「私がやる」
「ヴェルチさん?」
「すまないがアイシア、ちょっと預かっててくれ。重いぞ」
そう言うとヴェルチは、アヴァランチをアイシアに向かって放り投げた。
「ええっ? ……うわっとっと!」
あわてて手を伸ばし、なんとか斧槍を受け取ったアイシアだったが、そのあまりの重量にあやうく落としそうになってしまった。
(やれやれ。まさか、こんなに早く披露することになるとはな)
ヴェルチは、今が緊迫した戦闘中とは思えないほど、ゆっくりした歩調でパーティーの前に出た。
「ヴェルチさん、武器も持たないでなにを——」
「まあまあ、ここはヤツに任せとけ」
心配するアイシアをなだめすかすように、シクヨロは彼女の肩に手をかけた。こういうピンチのとき、ヴェルチがもっとも頼れる存在であるということを、彼は知っていた。
「来いよ、怪物」
ヴェルチは丸腰のまま、ニヤリと挑発した。上級魔神たちは、虚をつかれたように彼女の動きを見ていたが、それはほんの数秒にも満たなかった。三体の上級魔神は、ふたたび獣のような鳴き声を上げて、ほぼ一斉にヴェルチに飛びかかった。
「グオオオォォォァァン!」
「ヴェルチさんっ!」
たまらずアイシアが叫んだその瞬間、ヴェルチの体が閃光を放った。それと同時に、彼女の身につけていたフルプレートアーマーが、赤いマントと衣服ともども四方八方に排除されたのである。そのあまりの衝撃に、上級魔神たちの巨大かつ強固なボディすらも、まるで紙細工のように弾き飛ばされた。
「ウオリャアアアアッ!」
渾身の気合を込めたヴェルチ。一糸まとわぬ姿のまま発したそのすさまじい咆哮は、この階層はおろか、この迷宮すべてに響き渡るようだった。そして次の瞬間、彼女の肉体は大きく変化を遂げたのだ。
均整のとれた筋肉質の肢体はさらに隆起し、荒々しい獣毛が全身を覆った。口元には鋭い牙が、指先からは尖った爪が伸び、凄まじい武器を形づくった。両目に宿ったその金色の眼光は、まさに二本足で立つ野生の虎を彷彿させた。
「……シクヨロさん、こ、これは」
「『狂戦士の怒り』。魔獣騎士の必殺技だ」
こうなると、もはや勝負は一瞬だった。狂戦士となったヴェルチは、激しく吹き飛ばされて転倒したままのモンスターたちを容赦なく襲った。上級魔神Aの首筋に右手をかけたかと思うと、そのまま頸動脈にあたる部分を爪で掻っ切った。
つづいて、上級魔神Bの腹部に左腕を突き入れると、そのまま心臓に達するまで切り裂き上げる。上級魔神たちは悲鳴をあげる暇すらなく、青い鮮血を撒き散らして絶命した。
「……しかし、なんど見てもすげえな、こいつは」
最後に残った上級魔神Cはその習性として、仲間を呼ぶために独特の金切り声を上げようとした。しかし、その行動も元王国魔獣騎士の狂戦士の前にはかなわなかった。ヴェルチは恐ろしい速さで上級魔神Cに飛びかかると、その喉笛に牙を突き立てたのである。
かくして、第十三迷宮での最初の戦闘は、シクヨロたちパーティーメンバーの圧勝となった。
「——終わったぞ、みんな。ケガはないか?」
戦いが終わり、晴れやかな表情で元の姿に戻ったヴェルチに、マルタンが言った。
「前を隠しなよ、ヴェルチ。すっぽんぽんなんだけど」
続く