第十三話 ご自慢の手料理、ゴチになりましょ
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(十三)
「……わあ、すっごーい! ごちそうがいっぱーい!」
リビングの扉を開けたアイシアは、ダイニングテーブルの上を見て驚きの声を上げた。そこは、彼女の予想をはるかに超えた色とりどりの料理によって埋めつくされていたのである。
卓の中心には、まるまる一羽を使った鶏の丸焼きとおぼしき大皿が置かれ、その周りを取り囲むようにさまざまな肉や野菜の料理が並んでいる。炒められ、揚げられ、焼かれ、そして蒸され。それぞれの料理が、まるで卓上で競い合うかのごとく、あたたかな湯気を立てているのだった。
「アイシア、きみもここに座るといい」
食卓の一角には、すでにヴェルチが腰を下ろしている。彼女はアイシアを、自分の隣の席へと招き寄せた。
「はい、ありがとうございます、ヴェルチさん」
礼を言って、イスに座るアイシア。それぞれの皿から立ち昇る香ばしい匂いは、彼女の食欲を大いにくすぐった。
「本日は中華にしてみましたー。へへっ、どうだい」
シクヨロは湯呑みに烏龍茶を注ぎながら、ちょっと得意げに笑った。
「すごくおいしそうです、シクヨロさん! どれも、見たことも食べたこともないようなお料理ばかりで」
「こう見えて、シクヨロの料理の腕は絶品だからな。私も、いつもこれが楽しみなんだ」
テーブルに並んだ中華料理は、青椒肉絲に麻婆豆腐、干焼蝦仁に回鍋肉。八宝菜に酢豚に餃子に炒飯と、比較的オーソドックスなものばかりだが、冒険前の食事には十分すぎる豪華さである。
「さっきは、食材の買い出しに行かれてたんですね。それにしても、あっという間にこれだけのお料理を作ってしまわれるなんて——」
シクヨロの隠された特技を目の当たりにして、このアラフォー男に対してはじめて尊敬の念を抱いたアイシアだった。
「まあ、ゆっくり食ってくれ。遠慮はいらないぜ」
「はいっ。では、いただきまーす!」
アイシアは、いつも故郷でそうしているように合掌した。そしてお目当ての料理へと、手にした竹箸を伸ばしていく。
「……うーんっ、おいっしーい!」
「ああ、ホンットに美味いなあ!」
アイシアとヴェルチは、見た目以上に本格的な中華料理に、百点満点の感想をもらした。味付け、歯ごたえ、温度、そして量。どの皿もそのすべてが絶妙で、ふたりはしばらくの間箸を止めることなく、料理を口に運ぶことにひたすら没頭した。
「おいおい、もっとゆっくり食べろよ」
そう言うシクヨロの表情は、それ以上に満足げだった。
「あのー、もしかしてシクヨロさんって、コックさんだったんですか? どこかのお店で、板前さんの修行をされてたとか」
「いや、独学だな。これは、単なるオレの趣味だ」
「すごーい。お嫁さんになってほしいです!」
アイシアならではの極上のほめ言葉に、シクヨロはただただ苦笑した。
「シクヨロ、この大きな鶏の丸焼きは?」
大量の炒飯をレンゲでかきこんでいたヴェルチが、テーブルの真ん中を指差しながらたずねた。
「ああ、これは北京ダックだ。こうして直火で焼いたアヒルの皮を削いで、野菜といっしょにこの薄餅に包んでタレつけて食うのさ。なかなかの高級料理なんだぜ」
「へえ、皮しか食べないんですね」
「なんだって? じゃあ、のこった肉はどうするんだ?」
「いや、べつに……」
「じゃ、私が食べる」
言うが早いか、ヴェルチは皮だけ削ぎ落とされた北京ダックを片手で鷲掴みにして、牙をむいてそのままかぶりついた。呆気にとられているシクヨロとアイシアを気にも留めず、ヴェルチは夢中になってその肉をむさぼりつづけた。
「なんだ、肉も美味いじゃないかこれ。皮だけなんてもったいない」
「……ヴェルチさん、甜麺醤つけます?」
シクヨロは、そんな魔獣騎士の姿に肩をすくめた。
「よおマルタン、おまえさんも座れよ」
そのとき、シャワーを浴び終えたマルタンが、リビングへとやってきた。さっきまで疲労困憊といった彼だったが、ようやくいつもの調子を取り戻していた。
「また、ずいぶんいっぱい作ったね。野菜は、有機栽培じゃないとやだよ?」
「……これだよ。まったく、このお子様は」
「あのね、ぼくは菜食主義者なの。いつも言ってるよね?」
「おまえさんのは、ただの偏食って言うんだ」
ふたりの会話を聞いたアイシアは、驚いたように小さな声でシクヨロにたずねた。
「マルタンさん、これだけのお料理を召し上がらないんですか?」
「いやあ? なんだかんだ言ってわりと食うよ。お子様だからな」
キッチンに、自分の箸を取りに行っていたマルタンが席に着いた。悪態をつきつつも、これだけの料理が並ぶ食卓に、すこしテンションが上がっているようにも見える。
「あ、ぼくこれ好き」
マルタンは、蒸籠の中で湯気を立てている桃饅頭に手を伸ばした。うすいピンクに色づいた饅頭をほおばるマルタンの姿に、ヴェルチが話しかけた。
「マルタンはこしあん派か。私はやっぱり、つぶあんが好きだな」
「えー、絶対こしあんだよ! 皮の感触がキライだもん」
「いや、あの皮がいいんじゃないか。わかってないなあ」
「あ、知ってます? アン◯ンマンの頭の中って、つぶあんなんですよ?」
「ふーん。あのアンパンって、マジに美味いのか?」
「おいしいらしいです! 私も、一生に一度は食べてみたいです」
こうして、彼らの美味しく楽しい食事の時間は、まだまだつづいた。大きなテーブルに所狭しと置かれていた中華料理の数々は、いつの間にかそのほとんどが全員の胃袋の中へと消えていた。
「さて、食い終わってひと息ついたら、出かけるぞ。各々、冒険の準備をしてくれ」
シクヨロが、パーティーのメンバーに号令をかける。その声に、いやが上にも緊張感が高まる。
「わかりました。いよいよ、迷宮に挑戦ですね!」
「ああ。腹一杯になって、気力体力も最大値だな」
「これが、最後の晩餐にならなきゃいいけど」
「だからー、そういうこと言うなよマルタン」
続く