第十二話 クエスト前のお・た・の・し・み♥
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(十二)
「ふぅ……」
ほんのり上気した、ヴェルチの頬。その彼女の口元から、甘い香りの交じった吐息があふれだした。さっきまで身にまとっていた重厚な甲冑やマントはとうに脱ぎ捨て、寝室の隅に無造作に追いやられている。すっかり身軽になり、見事な褐色の素肌を外気に晒したヴェルチは、洗いたての真っ白な敷布が広げられたベッドにその身を横たえた。そして、湧き上がる悦びを押し殺しつつ、ゆっくりとそのしなやかな指を、「彼」の小さな顎の下へと伸ばしていく——
「ああ……。この銀色に輝く瞳、そしてこの繊細でやわらかな手ざわり。もう、本当にたまらないな……」
ルビコンの酒場を出た彼らは、4946迷宮探偵社に戻ってきていた。そして、冒険のパーティーに加わることになった魔獣騎士のヴェルチは、加入の条件として望んだ「権利」を、いまこの部屋でさっそく行使していたのである。
彼女が所望したのは、美少年魔導師・マルタンだった。マルタンは微動だにせず、ヴェルチが触れるがままに身を任せている。あくまでそっと優しく、そして、ときには少しだけ荒々しく。その感触はまさしく、極上の工芸品のような滑らかさ。ヴェルチは、マルタンの細く未熟な躰を、情熱を込めて愛撫した。
「……」
マルタンは、ただひたすらに無言だった。慣れない刺激に耐えつつも、あえてなにも考えないようにしている、といったほうが正しいのかもしれない。そんなマルタンの健気な姿が、ヴェルチの持つ獣の本能をさらにくすぐった。
「ハア……ハァ……ハア……ハァ……」
だんだん、呼吸が荒くなっていくヴェルチ。全身をくまなく弄りつづけているその指の侵蝕は、いつしかマルタンのもっとも敏感な箇所にまでおよんだ。
「……っ!」
そして、ついに欲望を我慢することができなくなった彼女は、マルタンをその屈強な両腕でぎゅっと抱きしめると、その頬をマルタンの横顔にすりつけた。
「ああーーっ! もう、たまらんっっ! ネコちゃん、かわいいいいいいいいいいーーーーん!」
「ニャアアアアアアアアアア!」
「……大丈夫ですかねえ、マルタンさん」
「しょうがねえだろ。斑山猫の姿に変身したマルタンを、思う存分モフモフしたいってのが、ヴェルチの出した参加条件なんだからな」
アイシアとシクヨロはドアを隔てた部屋の外で、ヴェルチとマルタンの様子をうかがっていた。
「まあ、でもよかったです。私、十八禁的ななにかがはじまっちゃうのかと、ちょっとドキドキしちゃいました」
「ま、ヴェルチもいちおう、それなりに節度は守ってくれんだろ?」
「舐めるなぁー! 噛るなぁーー! 喰べるなあぁぁぁーーーー!」
「……たぶんな」
「それにしても、ヴェルチさんはなんであんなにネコちゃんがお好きなんですかね?」
「さあな。やっぱ虎と猫で、なんか相通じるとこがあるんじゃねえか?」
一方通行なのがかわいそうだけど、とアイシアは思った。
「——じゃオレ、ちょっと出かけてくるから。悪いけど、しばらく留守番しててくれよ、アイシア」
帽子を手にしてそう言うと、シクヨロは出ていってしまった。
「え? あ、はい。行ってらっしゃい」
「ああんもう、かわいかわいかわいかわいかわかわかわいいーーーーん!」
「ギニャアアアアァァァァ————————」
部屋の中からは、ヴェルチの嬌声とマルタンの悲鳴がいつまでも響きわたっていた。
「あー、いいなあ。私もモフモフしたかったなあ……」
アイシアは、背中をドアに寄りかからせながら、口惜しそうにつぶやいた。そしてしばらくすると、彼女はその場にしゃがみこみ、そのまま寝息を立てはじめてしまった。
結局、ヴェルチのお楽しみモフモフタイムは、二時間三十三分四十二秒にもおよんだのだった。
「やあっ、待たせたな!」
身支度を終え、ヴェルチは寝室を出てきた。満面の笑みをたたえたその顔は、まさにツヤツヤのテカテカ。斑山猫のマルタンをモフりまくり、その感触を存分に堪能したものと思われる。
「どうやら、ご満足されたようですね」
「ああ! おかげさまで」
そう言って、ヴェルチは手洗いの方に向かった。アイシアはマルタンのことが心配になり、そっと寝室のドアを開けた。
「あのぉ……マルタンさん、大丈夫ですか?」
「……」
ヴェルチの拷問的愛撫からようやく解放され、元の少年の姿に戻っていたマルタン。彼は、すっかりしわくちゃになったベッドの上で、大の字になって伸びていた。
「マルタンさん?」
「……この姿を見て大丈夫だと本気で思ってるのかこの駄エルフ……」
消え入りそうな小さな声を、なんとか絞り出したマルタン。
「大変でしたねえ」
「……もういい。ちょっとほっといて……」
ゆっくりと起き上がり、魔法の杖・ジンジャーを手にすると、マルタンはふらふらと部屋を出て行った。そのまま、シャワーを浴びにいったようだ。その姿を、アイシアは黙って見送った。
「さ、用意できたぞ」
いつの間にか外出から帰ってきて、ずっとキッチンにこもっていたシクヨロが、アイシアに声をかけた。
「あ、なんですか? シクヨロさん」
「メシだよ、メシ。冒険の前には、腹ごしらえしなきゃな」
続く