遭遇39 松竹梅の合理性
選択肢が複数あるときに、わざわざ非合理的な選択をすると損した気分になります。合理的な選択をしてもあとで後悔することは多々あるので、あんまり考えず好きな選択肢を選びたいです。
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「ネルは子供のころから、かわいかったんだ。大きくなったら美しくなって………しかも、職人としても一流だ。努力ができる子なんだ。俺の背中を見て育ったから………」
金物屋さんと一緒に食堂でチャーハンを食べている。いろんな誤解を解いたので機嫌が直ったみたいだ。嬉しそうにネルさんの美しさについて語っている。
金物屋さんはバイトさんというらしい。32歳だそうだ。俺が「親父さん」と呼んでいたのはだいぶ不愉快だったそうだ。見た目が40代なんだから仕方ないと思いつつ、言葉にはしなかった。
バイトさんは自分の名前を、刃物のように切れる男という意味で気に入っているという。金物屋で空を見つめてぼーっと店番してた姿はアルバイトの「バイト」って感じがしたし、鍋を買おうと話していたときは人に噛みつく「バイト」の方がしっくりくる。
いや、日本のアルバイトはもっと忙しく勤勉だ。アルバイトに失礼だったか。いや、圧力鍋は頑張ってくれたみたいだし、実質だたで試作させてる、俺に何かいう資格なんてないか。
でも、バイトさんの名前のお陰で、この世界では切削工具のバイトがあることがわかった。金物屋の工房になかっただけで旋盤は存在するのだろう。
「ネルは美しくて腕はいい。だから、俺は常にその先にいないといけないんだ。同じ職人として、尊敬され………」
そしてバイトさんは独身で、ゆくゆくはネルさんを守ってやりたいと語っている。ネルさんは年頃の美人なので、村の若い男はみな狙っているという。行商人など、村の外にもちょっかいを出そうとする人間がいるそうだ。そういう輩から守れるのも自分だけなんだそうだ。
俺はそういう輩候補から外れたらしい。よかった。おかげでネルさん話が止まらない。たぶんネルさんにとってはバイトさんもそういう輩なんだと思う。工房で鉢合わせしたときは、ネルさんは「最悪の浮気相手」といっていた。俺は浮気ってなんだよ、また勝手に、と思ったけど、バイトさんは最悪認定されていた。
バイトさん自身は「浮気」のところに反応して「最悪」は記憶に残らなかったようだ。親方のネイトさんも「浮気」に反応してた。あの後、本当に今日初めて会ったこと、「浮気」はガラスの商品開発のことで情報交換していたこと、今夜はバイトさんの金物屋で製作の続きをすることを説明して納得してもらった。
バイトさんも、どんどん腕を上げるネルさんはプレッシャーでもあり、彼女にいい顔するために圧力鍋開発は成功させたいらしい。食堂に来てから教えてくれた。
「なあ。ネルが俺の圧力鍋で料理を作ってる姿、絶対美しいだろ。お前もそう思うよな。それだけで料理がうまくなると思わないか………」
そういう妄想、人前でしゃべらない方がいいですよ。もし恋のライバルが聞いてたら、それとなく密告されてバイトさんの評価がだだ下がりですよ。たぶん、すでに何回かあったんじゃないかな、バイトさんが気付いてないだけで。さっきも自分の作ったナイフで料理してるネルさんを妄想してたし。
俺は今度こそ、焼き魚定食を食べるつもりだったが、メニューを眺めた結果チャーハンの大盛りを頼んでしまった。例えばメニューで松竹梅があると、松は奮発した自分へのご褒美、梅はちょっと寂しい感はあるけど低価格、そして真ん中の竹が最もリーズナブルに見えるようにデザインされている。お店にとっても竹が最も利益がでるようになっているものだが、原価構造を知らないお客にとってはそんなことはわからない。
俺にとっては普通盛りのチャーハンが梅で、大盛りチャーハンは竹に見えるのだ。合理的にメニューを選ぶと、何度考えても大盛りチャーハンにたどり着く。まあいいか。お魚は次回にしよう。チャーハンがおいしいから何も問題はない。
「ネルはな、小さいころからかわいくて……初めて会ったとき、俺にウインクしたんだぞ。まだ10歳にもならないころだ。あのころからネルは……おいっ!聞いてんのか!?」
はいはい。聞いてますよ。もう30分以上喋り続けてますよ。その話は4回目です。初めて会ったときにウインクとか、本当にあったのかな。10年以上前だぞ。記憶を改竄してるんじゃないかな、この人。こんな話を大声で言いふらされたら……嫌だろうな…。ネルさん苦労してんな…。
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金物屋に戻るとネルさんが神妙な顔をして待っていた。手にはガラスの赤いバラがある。もうできたのか。こんな短時間で作るなんて、尋常じゃないな。花びら何枚あるのさ。
ガラスのバラを凝視している俺の横で、バイトさんが大喜びしている。彼は、もうネルさんしか見えてない。俺は空気になる。
「ねえ。なんか違うと思うんだ。ちょっとみて」
ネルさんは俺に話しかけたようだ。バイトさんの表情が一瞬険しくなった。すぐに顔を取り繕ってバラに手を伸ばす。
「ネル、頑張ったな!どれ、みてやるぞ。細かい仕事は……」
するとネルさんがバイトさんをきれいに避けた。目もあわせない。何度も繰り返されてきたであろう身のこなしだ。バイトさんも「またか」と口元が動いた。ああ、関わりたくない。
俺がどうしようかと思案しているとバイトさんが促す。
「よし。お前、物知りだったな。いいぞみてやれ。丁寧に扱うんだぞ」
なぜかバイトさんが許可を出すので、うなずいて手を伸ばす。素晴らしい。花びらなんて大小あわせて36枚もある。もう一つ青のバラも同時に作ってたから、色違いの双子のバラになるんだろう。並べたらキレイだと思う。
「すごいです。本当にすごい。ネルさん天才だと思います」
俺は感嘆する。よく見ると花びらの形は一枚一枚違う。生き物みたいなよじれや広がりが、このガラスは生きてるって感じさせる。そして一枚一枚がとても薄い。だから36枚も重ねても自然な形になるのだ。
「これ本当にすごいですね……」
同じ言葉を繰り返しため息をつく。花びら一枚一枚もすごいし、全体のバランスもすごい。これを設計図なしで、直接手で作ってるんだ。ネルさんの脳みそには、どんな設計支援ソフト(CAD)が入っているのんだろう。自分なら3D-CAD使っても無理だ。こんなに美しくならない。いやはや、職人の脳みそは本当にすごい。
「当たり前だろう。俺の言葉を信じてなかったのか?あれだけ俺が…………」
バイトさん…。ノイジーです。いまどんどん評価下がってますよ。
「うん。ありがと。でも変なんだ。形はいいと思うんだけど雰囲気がでない」
ネルさんはバイトさんを気にとめない。でも、変というけど、形はこれ以上は改良しようがないんじゃないかな。
「雰囲気ですか。一度明るいところで見てみないとわからないですね。バイトさん、工房お借りして大丈夫ですか?」
「もちろんだ!」
三人で金物屋の工房に入る。鍋などの修理をするための炉があり、まだ暖かかった。バイトさんは初めてネルさんを工房に招いたらしく、大喜びしている。たぶん新婚生活とか、いろんな妄想が膨らんでるんだろう。工房にいるネルさんを目に焼き付けている。俺は空気というより邪魔な何かだ。バイトさんの視界を遮らないよう気を付ける。
「ネルさん。バラを持っててください。僕が照らしますんで」
ネルさんにガラスのバラをもたせて、俺はアイテムボックスから太陽光を取り出す。取り出し口は絞って、細い光を照射する。
ガラスのバラが輝き出した。
「うほぅ」
バイトさんは感嘆して静かになった。もう、バラを抱いたネルさんしか見てない。恍惚としているので光の出所なんて気にしないと思う。
いろんな角度から光を当ててみる。花びらが光を反射し実に美しい。下から照らすと花びら自体が光を放ってるようにみえる。
「ああ、なるほど。花の中心が黒っぽくなるんですね。それはガラスの花びらが光を透過しているからですよ。普通の花びらは反射する光を見るだけだから、厚みで色は変わりません。透過していると、何枚も重なってるところは光が通りにくくなって暗くなる。反対に一枚だけになる外側は花びらが明るいですね」
違和感は内部が暗く見えるためだろう。花びらが何枚も重なっているので中心にいくほど暗く重く、外側の花びらは明るく軽く見える。一枚の色ガラスから花びらを作ったからだ。
「中央と外側、一枚の花びらも中心に収まる部分と表から見える部分で色の濃淡を変えたらどうですか。中心で固まる部分は赤を薄く、外側は濃くして色を主張したらどうですかね。手間がすごく増えますけど」
「なるほどね。ありがと。なるほどね。やっぱり聞きに来てよかったよ。でも、色の濃淡か。簡単じゃなさそうだね。どうしようかな」
ネルさんは違和感の正体がわかってニッと笑う。
「それなら俺が!……」
バイトさんが叫ぶと同時に、工房の扉が押し開けられ、親方のネイトさんが怒鳴り込んできた。
「おい!帰るぞ!」
バイトさん残念。今夜は僕と圧力鍋の試作です。頑張りましょう。




