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遭遇3 受付の女神さまですよね?

 落ち着いて考えると、落ち着いて考えたことに満足します。


◇ーーーー◇


「さて、どうしよっかな」


 小鬼を回収したので静かになった。

 でも長電話でレッキーさんを怒らせてしまった。


「一歩進んで、何歩下がったかわからん、と」


 小鬼に限らず、命を狩られるという経験は初めてだ。気が動転してたし、興奮してた。レッキーさんに電話して、相談にのってもらって落ち着いてきた。味方がいて、話を聞いて貰えるという実感が不安をぬぐってくれる。


 そのレッキーさんに、疑問を投げつけるというか、貰った力の不備を突くというか……。


 結果として怒らせてしまった。

 できるだけ早く謝っとこう。


 さすがに電話で怒らせた直後に、謝りの電話を入れるほど愚かではないつもりだ。なにか…反省を実証する何かと、喜んで貰える何かを用意しないと。


 喜んで貰う?


 「そもそも何が喜ばしいんだっけ?」


 レッキーさんからは具体的なミッションを与えられていない。


 神様相当の望みは、


「神のみぞ知るか…… 」


 ふふと笑ってしまう。巧いこと言った気になる。


 誰かに見られてなくてよかった。



「さて、どうしよっかな」


 落ち着いてちゃんと優先順位を作ろう。行動指針がないと、動転したときに対応できない。ラッキーは続かない。

初体験ばかりの世界で迷わないようにしないと。


 優先順位は…………。


「第一は、方針をはっきりさせよう。

第二は、行動計画をたてよう」


 いやいや。暗くなる前に村に帰らないと。お腹も満たさないと。サバイバル術なんて身につけてないのだから誰かの庇護の下に入らないと生きていけない。


 魔物とわかりあって助け合うなんて無理なんじゃないか。小鬼から100%の殺意を頂き、言葉が通じようが、話ができようが、協力関係にいたるなんて、かなり難しいと思いました。


 相手にとって人間は捕食対象。まな板の上の鯉と友人になろうと思える何かが必要だ。


「さて、どうしよっかな」


 具体的な行動が思いつかないから、堂々と巡っている。考えてないで行動に移さないと。


「うん。短剣は回収したい。傷口は洗いたい。食べ物は確保しないと」


 でも短剣回収は危ない。食べ物は、他の落とし穴を見に行こう。傷口は早く洗わないと、化膿したら大変だ。


 とりあえず川原に行こう。川の水がきれいなことを祈りながら。

 レッキーさんへの謝罪も考えながら。

 他の小鬼にも気を付けながら。

 何か武器になるものを探しながら。

 藪を手で掻き分けるのはもうイヤだ。

 落とし穴ばかりに頼れない。必殺技もあった方がいい。


「で、川原はどっちだっけ?」


 とりあえず落ち着いて、いろいろ考えたことに満足して歩きだした。




ー◇ーーーー


 おかしい。迷ったつもりはないが川原に着かない。


 歩きだした方向が60度くらいずれてたかもしれない。思ってた距離の倍くらい歩いても川に着かない。方向が90度以上ずれてないことを祈ろう。



「そっか、川は蛇行してるのか!」


 まっすぐ流れていれば直角三角形の1対2対√3で、そろそろ着いてるはずだった。


「自然の川が直線であるはずがないか……」


 前世では街中を流れる川か、土手やランニングコースが整備された川しか見たことがなかった。


 山々と深い森に囲まれているのだ。目指している川が治水工事で真っ直ぐに整えられている可能性はほぼない。


 短剣をくれた、あの村に、川を整備する体力があるとは思えない。


 それでも森から出てきた初対面の俺に、小鬼退治用にと武器をくれるいい人たちだった。主人公なんだから周りが自然と助けてくれて当然だ、と傲るほど俺は愚かではない。あの人たちがいい人なのだ。


 頂いた短剣は鉈がわりに使っていた。いまは短剣がないから茂みを迂回しているし、藪にぶつかって、きた道を引き返しもした。


 おかげで結構歩いたのに距離は進んでない。だから川が見えてこないと納得していた。


「そんなには迷ってはいない。歩みは止めない」


 とにかく景色が変わるまでは移動しよう。


 風が出てきたのか少し冷えてきた。雨には降られたくない。


 必殺技は思いつかないが、謝罪文くらいは考えて、レッキーさんとの会話をシミュレーションしておこう。




ーー◇ーーー


『あー。入れない。せめて接続できないと…』


 女性の声だ。


 レッキーさんへの謝罪はシミュレーションできている。何度か繰り返したし、悪くないタイミングだ。


「あの、受付けの方ですか?レッキーさんから…。すいません。神様代行の方から伝言でしょうか」


『はい…?』


 平社員向けの対応だった。言葉遣い失礼だったか。


「すいません。受付の…女神さまですよね?神様代行の方にちゃんと謝らないといけない、と思ってまして。先ほど電話で長く拘束してしまって怒らせてしまったかと…」


『…………』


 担当が違うのかもしれない。姿が見えないのは不便だ。レッキーさんもそうだが表情がわからない。


 受付ではなく、もっと偉い神様か。レッキーさんは、なんだかお役所仕事って感じだし、上司がいる。


 その上司が出てきたのか?


 性別の違う上司はいろいろ難しい。そんな話を用意すればレッキーさんとも距離を縮められるかもしれない。俺にとって数少ない味方で、便宜も図って貰ってるわけだし、信頼してもらえるくらいにはなりたい。



 少し沈黙が流れ、女神さまが口を開いた。


『あなたは転生者ですか。私は直接は把握していませんでしたが、あなたを手助けできると思います…。こちらの要望も聞いて頂きますが』


 上司ではないみたいだ。よかった。別の担当か。神様たちは、広い世界を管理している割に人数が少ないと聞いている。一人一人の裁量は広いのだろう。専門職や専門部署も置かないといけないだろうし。


 頼れる味方は一人でも多くほしい。対立することなどあってはならない。


「ありがとうございます!実は迷ってしまい、困ってました。ゴブリンに襲われて、傷口を川で洗いたいのです。川に向かって歩いていたつもりが、影も形も見えなくて。方向も見失っていました」


 あ、失敗した。女神さまの要望の前に、自分の都合をまくし立てた。


『それなら、いま見ている方向から左に……』


 俺は指示に従って頭を回す。


『そう。この方向に500歩くらい進むと見えてくるはずです』



 ありがたい。本当にありがたい。


 やはり落とし穴から70度くらいは、方向がずれてたらしい。短剣で払えず真っ直ぐ歩けなかったから徐々に外れたのかもしれない。短剣さえあれば……。


『私はここで待っています。身体を洗ったら戻って来なさい。こちらの要望を伝えます』


 いわれなくても戻ってきます。姿が見えないので8方向に二回ずつお礼をして駆け出した。




ーーー◇ーー


 700歩ほど歩いて、やっと川原が見えてきた。


 嬉しいが浮かれないよう、

「落ち着いて… 冷静に…」と唱える。


 この呪文は口に出すと効果がある。いまは本当に魔法の効果があるのかもしれない。


 川原に飛び出す前に周りの気配を探る。何かいたら大変だ。


 周りを見て、耳をすます。


 …探知魔法を貰えばよかった。


 レッキーさんが推した初心者パックには含まれていなかったようだ。


 ぱっとみ川原に動物はいない。小さな動物は見えないし、物陰に隠れているモノは見えない。なぜなら隠れてるわけだし。野生の生き物が本気で。だから素人に見分けられるとは思えない。


 耳には木々が風で揺れるざわめきが聞こえる。鳥の鳴き声と水の流れる音も。

リラックス効果はあるのだろう。目を閉じて音に集中すると寝てしまいたくなる。


 初心者パックには、せめてキャンプセットを入れるべきだ。寝袋を敷いてゴロゴロしたい。



「きっと魔物はいない。実際、見えない。変な声は聞こえない。何かいるなら女神様が注意してくれたはずだ」


 こう唱えて、心を固めて川原に出ていった。



ーーーー◇ー


 危ない魔物はいなかった。

 よかった。本当によかった。

 少なくとも出てこなかった。


 小鬼追い立てられたせいで、腕や脚にはたくさんの切り傷ができていた。枝先だけでなく、鋭い葉も肌を裂いた。


 傷を消毒したいが、消毒液なんて持っていない。きれいにして乾燥させて自然治癒に頼るしかない。


 村に戻れば炎症を抑える草など、暮らしの知恵を教えてもらえるだろうか。あ、短剣はどうしたか聞かれると答えられない。


「短剣は拾わないと、戻れないかな…」


 川の水で身体を洗うと、血は固まってかさぶたになっていた。


 ここまで、かなり歩いた気がする。だいぶ時間がたったからなのか、傷口が塞がり始めている。この身体は回復力が高いようだ。


 いや、さっきの女神が何かしてくれたのかもしれない。この世界の標準なのか、初心者パックのおかげか。ありがたいが、過信はしないようにしよう。



 とりあえず、アイテムボックスに川の水を入れていく。落とし穴を水没させるなら2トン弱の水がいる。10トンも入れればいいか。いや、小鬼の巣や洞窟を水没させることになれば、その100倍はあった方がいいか。


 水に片手を突っ込み、ぼんやりと計算してみる。川幅は10mくらいある。深いところで3mとして、川の長さで70m分くらいの水量を入れるのか。


 計算があっているかは、おいといても。さすがに、そんなには入らないだろう。もし1000トンの質量を空からばらまけるなら、下手な魔法より強力だろう。


 あ、飛行魔法も初心者パックに入れた方がいいと思う。異世界で飛べると誘えば、それだけで転生人口が増えるはずだ。



 周囲の警戒を忘れてファンタジーな妄想に浸っていると、川の水位がかなり下がっていた。魚影が見える。川底の一部が潮溜まりのようになってしまい、魚たちが逃げられないでいる。


「よし、夕飯については問題解決か」


 水量の計算は忘れて、魚拾いに夢中になった。


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