↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/1076

遭遇21 ブロックゲージ作ろう!

 主人公には魔物を倒して稼ぐような考えは毛頭ありません。運送屋か掃除屋を考えていましたが、もっと楽をしたいそうです。そのうち高利貸しを始めるかもしれません。


◇ーーーー◇


「お金ほしいな~」


 今日は早めに自宅の小屋に帰ってきた。連日、明るいうちは採集と小鬼探索、日が暮れてからは狩りに勤しんでいた。数日ぶりに小屋の前で石のかまどを組んで、ハーグさんたちに分けてもらった肉と芋を焼いている。川で拾った魚は自分でおろせるようになった。


 ハバネロの粉砕でニーナさんの鍋をダメにしたため、今度街の金物屋に買い出しに行くのだ。同時に防護服の生地や防護マスクのガラスも調達したい。結構、現金が必要になってしまった。


 ハバネロの加工品でお金を稼ごうと思ったが、その準備にお金がかかる。手っ取り早く売れる何かを考えないといけない。そんなモノがあるならハバネロの栽培も加工も要らない気がする。


「何かないかな~。手っ取り早く売れるもの」


 声に出していると、思いつく気がする。


 ガラス工房はハーグさんに紹介してもらえるので、ぼったくられることはないと思う。ただ紹介があるとはいえ、飛び込みの客に応えてくれるだろうか。


「職人が喜びそうなものが必要か……職人の喜び、職人の技、職人の……。」


 新商品のアイデアなら喜んでくれるかな。


「風鈴、江戸切子、うーん。こっちの世界で売れるのかな…」


 風鈴やガラスの切子細工は、観光地の体験教室でやらせてもらったことがある。切子細工は研削盤がないとカットできないし、着色用の顔料の成分がわからない。知ってるのはコバルトブルーくらいか。風鈴はガラスを回しながら膨らませるだけなので俺でも教えられそうだけど、シンプルなので本職の職人にありがたがってもらえるか不安がある。


「職人に当人の得意分野でアイデア勝負って無理があるよな。現代科学を教えてやるって、おごりそのものだよな」


 一人でむむむん唸っていると肉が焦げそうになっていた。慌てて美味しく頂く。ただ焼いただけの肉がしっかり旨いので幸せになる。


「職人の必須アイテムなら喜ばれるか。みんなもってるやつで……もっているなら要らないか。う~ん…」


 俺は小さなころ町工場に出入りしていた。親父さんに気に入られて、かまってもらえたのだ。当時の記憶を掘り起こしてみる。


 工場の前にはスチールたわしのような切削クズや切り粉をためる箱があり、入り口正面には旋盤が置いてあった。横にはフライス盤やドリルのついたボール盤があった。反対側が作業台で奥の部屋や事務所に続いていた。


 作業台には発送前の加工品やノギス、工具が並んでいる。そういえば、ただの四角い金属片が大切で高価なんだと教えられたことを思い出す。何ら変哲のないブロックが木の箱に丁寧に収められ、落として歪めば大変なことになると注意された。あれはノギスが正しく測れているか確かめる校正用のブロックゲージだ。長さや直角、直径など、加工の精密さを担保するためにさまざまなゲージやマスターがある。


「正確なブロックゲージなら、職人はみんな欲しがるし、技術の底上げもできて一石二鳥か…」


 これは秀逸だと思った。よく気が付いたと、自分で自分を褒めてやりたい。ガッツポーズしてしまう。


『どうしたの?面白いこと思いついたの?教えなさいよ』


 急にエキサイトしだした自分を見てルーデンスも興味を持ったようだ。俺は金属の加工精度や測定器、その測定器の性能保証について説明していく。


「例えば長さ50mmに金属ブロックを加工したとします。ブロックが本当に50mmかどうかはノギスで測って確かめます。ただ、そのノギスが正しいかどうかはどうやって確かめますか?加工が正確でもノギスが狂っていたら台無しです。ここでブロックゲージの出番なんです!」


 ブロックゲージは精密に加工され、精密な計測技術で正確な長さが保証されている。温度が変われば、わずかに体積も変化するが、その変化量も明らかになっている。そのためノギスでブロックゲージを測り、正しい値が出れば、ノギスは正しく測れていると保証できるのだ。


 ブロックゲージの精密計測には光波干渉測定という光学技術を用いる。特定の波長の光を使って、精密に長さを求めるのだ。さらに言えば、この精密計測の確かさの礎として、昔はプラチナ合金で作られたメートル原器が使われていたが、いまは光周波数コムという技術が使われている。光が特定の周波数間隔で強くなり、櫛歯コム状のスペクトルになる。この光の櫛を使って正確に長さを測る。簡単にまとめると光をものさし代わりにすると、プラチナ合金の塊よりも超精密なのだ。



「……。つまり、加工精度の保証ってどんな職人さんも悩むじゃないですか。だから僕が精密なブロックゲージを作って売ればみんな喜ぶと…」


 精密な大きさのブロックを切り出すために、アイテムボックスの範囲指定収容を使うつもりだ。洞窟で1mの立方体を何個も切り出したので、小さいモノもできないはずがない。


「しかも石で作られたゲージやマスターは錆びないし、硬いので信頼性が高いんです。前世では石製の直角マスターなんて何十万円もしたんですよ。テーブルサイズの定盤だと200万円とか400万円とかするんです。一見するとただの四角いブロックでも精度を突き詰めれば、高級品になるんです」


 これはイケると確信しました。ウキウキで作業を始める。


『でも、あなたが売るブロックゲージの正確さって、買う人は技術的に確かめられるの?特殊な光学計測技術をもってる職人なんていないでしょう。相手が自分で確かめられなければ、あなたの言葉を信じるしかないわよ』


 おっしゃる通りです。ルーデンスは俺の説明で計量の校正制度について理解したらしい。的を射た厳しいご指摘だ。前世では国ごとに国家計量標準が管理され、国の間でも正確性を確かめ合っている。


「いい仕事は伝わるんですよ。いつか必ず理解されるんです。それがいい仕事なんです。浮気されても、他のだとなぜかうまくいかない。そんな経験を繰り返して、お客が帰ってくるんです。そうやって信頼につながっていくんです」


 俺はむくれて、屁理屈を並べる。


『手っ取り早く売れるものを探してたと思うんだけど?』


 おっしゃる通りです。ぐうの音も出ないです。


 むくれてないで、意識を切り替える。そうだ、ルーデンスがいなければ嬉々としてブロックゲージを売りつけようとしていた。危ない。危ない。紹介してくれるハーグさんにも迷惑をかけかねない。そもそも相手はガラス職人だ。ブロックゲージは使わない。せめて円柱や穴径のゲージだろう。


「ありがとうございます。このまま街に行っていたら危なかったです。もう一度頭冷やして考えます」


 筋は悪くないと思ったんだけどな。少しうな垂れる。まずは何ができるかいろいろ試すか。


 先日、水晶を採りにいった洞窟では、岩壁をいくつも範囲指定で収容した。まずその岩を一つ出してみる。


 これはみたことある。花崗岩だ。改めてみると石の種類がわかった。洞窟の中では水晶しかみてなかった。花崗岩は緻密で硬く、いい建材になる。確かカーリングの球も花崗岩だったはずだ。もう、これを石材として売ればいいじゃないかと思ってしまう。


 ちょっと悔しいので、いろいろ試す。まず1mの立方体にふれて、10cmの立方体を収容できるか試す。


 結果はできた。次は円柱、これもできた。次は球、これもできた。それぞれアイテムボックスから取り出すと理想的な立方体と円柱、球にみえる。高精度の計測技術なんてなくても、理想的な球だとわかる。


「金属でも同じことができるなら、金属加工技術なんて要らなくなるんじゃないかな…」


 うーん。前提が怪しくなってきた。



 できることが増えるのは楽しいので、どんな形なら範囲指定で収容できるのか試していく。直方体や三角柱、ピラミッド型などシンプルな形状は収容できた。一方で歯車型や面の多い多面体、例えばサッカーボールのような32面体は難しい。またシンプルでも、とても長い棒や穴の空いた立体はダメだった。きっちりイメージが作れないためなのか、スキル制限があるのかわからない。前者ならイメージトレーニングで改善するかもしれないので練習してみようと思う。


 それでも、真球や理想的な直角、平面が得られるのは大きい。アイテムボックスから取り出すと重力で歪んでしまうとしても、ほとんど理想の形だ。こっちの世界の技術では、まず不可能な精度が出ているはずだ。


 1mの立方体から亀裂が入っていない部分を選んで10cmの立方体を切り出す。そこから20x50x100mmの直方体を切り出していく。さらに「凹」の形になるように100mmの辺から、8x20x20mmの直方体を切り出して溝を作った。50mmの辺にも同じ溝を掘る。


 この作業を繰り返して、20x50x100mmの直方体を30個、溝ありの直方体を30個作った。


 そして、ボールミル用に直径6mmと10mm、20mm、50mmの球体も切り出していく。川原の石は不揃いだったので、大きさを揃えるとより正確な粉砕加工ができるようになるはずだ。投石器の弾にもなるので多めに準備しておく。


 アイテムボックスは収納魔法だけでなく、形状加工魔法としても優秀だ。材質を選ばず、ワンタッチで理想形状を抜いていく。シンプルな構造物を作るなら、前世にも勝る生産性を実現している。


「さすが時空間魔法の最高傑作!」


 俺はレッキーさんの言葉を思い出す。確実にアイテムボックスの範疇は超えている。


 素晴らしいと思ったのは、溝あり直方体を作っていたときに、溝として切り出した分を溝に戻そうとしたら、はまらなかった点だ。しかし、アイテムボックスから直接元の場所にめがけて取り出すとはまるのだ。


 たぶん自分の手で戻そうとすると隙間がまったくないため、かじってしまう。もしかしたら残留応力があって、ごくわずかに変形しているのかもしれない。しかしアイテムボックスから直接はめると収まるのだ。なにか物理補正が働いているのだろう。


 お陰で切れ目がまったく見えない。違う材料を組み合わせると面白いはずだ。鉄とアルミなど、金属同士なら理想的な異材接合ができると思う。


 そっか。洞窟からでるときに入り口を塞げたのは、この物理補正があったからか。でなければ重力で入り口がたわんで元にはまるわけがない。


「危ない。考えてたつもりで気が付かなかった。レッキーさんには、自覚のないところでもいろいろ助けられているな」


 思っていたことが、言葉になって出ていた。助けられていたことも嬉しいが、気が付けたことにほっとする。


『なにがそんなに面白いのよ?商品開発とやらはうまくいったの?』


 一人でエキサイトしている俺を、ルーデンスが現実に引き戻す。何度も切れ目をなでながらニヤニヤむふむふしていたのだ。心配してもおかしくない。


「ブロックゲージは先送りします。欲しがる人を見つけてから作ろうと思います。それより、アイテムボックスは超精密加工魔法でした!」


 よくぞ聞いてくれたと説明を始める。ちなみにブロックゲージをちゃんとそろえると長さが違うブロックを何十個も用意しないといけない。先送りというより半ば諦めだ。


「アイテムボックスを使うと、ほぼ完璧な直角や平面、球面が作れるんです。これは前世の先端技術さえ超えるオーバーテクノロジーです。とても地味ですけど」


 さらにいうと使い方が思いつかない。


『それはもう聞いたわ』


「いや。さっきのはただの思い付きで、ほら実際にできたんですよ。見てくださいよ」


 直方体や球体を改めて見せていく。この面とこの面が完璧な平面でかつ平行なんだと説明する。六面すべてが直角かつ平面な立方体なんて、作るのが大変だ。工作機械に材料を固定して五面を削ると、固定に使った面が削れない。かといって一度外して固定し直すとわずかに狂いが生じる。


「つまり、六面すべてが完璧なんてすごすぎなんです!」


 このすごさがちゃんと伝わってないような気がして何度も違う角度から説明し直す。


「……この平面を出すのに、どれだけ研磨しないといけないかわかりますか?そもそも研磨できる職人を育てるのに何年かかると思いますか?……」


「……さらに、抜き取って戻すとピタリとはまるんです。ほら見てください!隙間や、つなぎ目なんて全然わからないんですよ。見ても触ってもわからないんだから、ないのと同じですよ」


『はいはい。もう、それは、わかったから……。何度も聞いたから!それが何の役に立つのよ?手っ取り早く売れるものはどうなったのよ!』


 ルーデンスには技術の素晴らしさを楽しむ余裕がないらしい。科学者や技術者に、それは役に立つのか、金になるのかと、すぐに聞くのは粋じゃないぞ。そんな上司や経営者ばっかりだったら新しい技術なんて生まれません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。