創業92 カエルの歌は魔法
カエルはオスが鳴いてメスを呼びます。メスも鳴くカエルもいます。
◇ーーーー◇
「はいはい。速く走ってくださいよ。おいてきますよ」
「はひぃ。はぁ、ひぃ。待って。ちょっと…待って……」
メリウスさんがよたよた走って追いかけてくる。完全に立場が逆転した。トカゲに襲われて怖くなって、魔力の節約のために走ることにしたのだ。天使様は体力がないのですぐにダウンした。日頃の行いが悪いのだ。
「たいまつ持ったら速く走れるんですか?お貸ししましょうか?」
「んぎぎぎ……」
んぎぎぎ言ってる余裕はあるらしい。
『遅いと思ったら何やってるのよ?どうしたのメリウス?この男に何かされたの?』
幽霊様が助けに来た。形勢は逆転した。短い間だった…。
「ルーデンスさん。この変態が大きなトカゲを仕向けてくるのです。刃物のようなトンボも仕向けてきて、まともに飛べないのです」
『どういうことかしら?』
ルーデンスがこっちを睨む。心臓がバクバクいう。
「何言ってんですか。誤解を招くような表現はやめて下さいよ。誤解どころか半分ウソですよ。あんたそれでも天使ですか」
「ウソは言ってません!」
「僕はトカゲもトンボも仕向けてないです。二人がそれぞれバラバラに逃げて、結果的に片方に集中しただけです。トンボは二人で協力して倒したんです。メリウスさんが飛んでるときにぶつかってきたら危ないから気を付けようねって言っただけです。そしたら自分の足で走り出して、すぐへばったんです。体力がないんですよ」
『メリウス、本当?』
「……。ウソは言ってないですね。この変態も」
天使様は渋々認める。
『なるほど。……確かにメリウスの体力不足は問題ね。飛ぶのに魔力を使うんでしょう?魔力が切れてすぐ動けなくなったら大変ね…』
「それなら、メリウスも走ったらいいのではないかの?楽しいぞ。集中するほど、より速く走れるのだ」
アトさんがメリウスさんもトレーニングしろという。すばらしい提案だ。
「へ?それは…」
「大丈夫なのだ。みなで応援するのだ!」
実にすばらしい提案だ。
「始祖様たちに応援されて、創造主たるメリウス様が断るわけにはいかないですね。僕も応援しますよ。一緒にがんばりましょう!」
はい。これで地獄のトレーニング確定だ。
「い、い…」
「いやだ、なんていう訳ないですよね?たいまつ持って追いかけて、僕のお尻を炙るくらい、走る人を応援してるんですからね」
「ぐんぬぬぬぬ……。」
『はぁ…。メリウス…。ホントにそんなことしたの?やっぱり二人にするんじゃなかったわ…』
「ん~。火を付けろ~。火を付けろ~」
ライムさんは楽しそうだ。ルーデンスのため息が深くなる。
『みんな体力は付けた方がいいわね。それぞれにあった体力作りを考えましょう』
「え?わたしも?」
「うちも?」
ネルさんとリアさんもびっくりだ。
ルーデンスは体育会系だったらしい。研究や実験は体力勝負と、ちゃんと運動していたらしい。実に正しい。見識がある。実際、心拍数を上げてアドレナリンがガンガン出ると、悩んでた研究課題にいいアイデアがでたりするのだ。でも俺の坂道ダッシュは多すぎると思う。
『ちょうどいいわ。上空からあなたたちを探したときに湯気が上がっている場所を見つけたの。たぶん温泉が湧いてるわ。汗を流せるから、今日はそこに野営しましょう』
メリウスさんと二人で、ぜえはあ言いながら山を登ると、下に湯気が立ち上る沢が見えてきた。ただ温泉や周囲からガスが出ていると怖い。ルーデンスが調べてセンサーに動物が引っかかったので、有毒ガスは出ていないと判断した。念のため温泉より高い山の中腹に家を設営することにする。
ライムさんの蜂蜜エンジンは5個も回収できたそうだ。ジェームズもお腹いっぱい食べたと報告を受ける。蜂蜜と蜂の子は保存用も確保できた。ライムさんは蜂の子揚げをご所望だ。
そういえば、今日はルーデンスとかなり離れていたと思う。順調に行動範囲が広がっているようだ。これなら、別行動もできると思う。
ただ、後で聞いたら、俺たちの走りが遅いから問題にならなかったらしい。蜂の巣を探して、ライムさんが一飲みして、次の蜂の巣を探す。これが俺のランニングとたいして変わらないペースで行われているらしい。
ネルさんとリアさんは体力作りよりも身体の基礎作りだ。急に走り込みなんてさせないらしい。お腹やお尻を引き締めるための筋トレが中心で、ランニングは筋トレをするための体力作りなのだそうだ。ルーデンスなりのトレーニング理論があるらしい。研究者がトレーニングにハマるとこうなる。その気持ちは実にわかる。
ルーデンスがネルさんたちの体力測定に勤しんでいる間に、俺は温泉をチェックしに行く。アトさんとライムさんについてきてもらった。
「お湯の温度はこれでいいですね。源泉が十分熱いから、沢の水をひけば温度調整できます。後でみんなで入るときに水の量を調整して下さい」
源泉は70度くらいあると思う。簡単に水路を作って川の水と混ぜる。即席の露天風呂が完成した。
湯温は適温。湯量はたっぷり。問題は虫が多いことだ。大きなヤゴもいる。さっきのトンボの類縁種かな。エイリアンみたいな口で魚をカジカジしている。だから新しく湯船を作った。
「ん~。おいしくないね~」
ライムさんに食べ尽くしてもらいたかったが、お口に合わないそうだ。このままじゃ、ジェームズが虫取り兼護衛役としてお風呂にご一緒することになる。あいつはオスだ。どうしよう。とりあえず源泉をアイテムボックスに回収しながら考える。
アトさんがいるから虫よけは使えない。スクリーンをだして虫取りすると逆に虫を集めることになりかねない。どうしようかな。
「お主はここで温泉を集めるのだろう?わしらは少し狩りをしてきてよいかの?」
「お願いします。あんまり遠くに行かないで下さいね。はぐれて遭難したら大変です。僕が見える範囲でお願いします」
俺がトンボに襲われたら大変なのだ。
アトさんたちは新しい獲物を探そうと張り切っている。アトさんは道中、トカゲを見つけたが、運べるかわからないので狩りを控えたそうだ。あのトカゲはおいしいのかな。カエルなら鶏肉に似てるって聞くけど…。
アトさんが行ってしまったので、以前作った虫よけをだす。キツい臭いの煮出し汁だ。ブンブン飛んでたアブが減った気がした。
源泉のお湯が大量に確保できたのは幸運だった。村に帰ってからもお風呂に入れるし、落とし穴に使ってもいい。火傷するから、ちょっと凶悪すぎるかな。卵があれば温泉卵を作るのにな。もやもやと考える。
…はっ。いかんいかん。ジェームズを露天風呂に近づけないために虫をどうにかしないといけない。何がいいかな。少し離れた所でかがり火たいて虫を集めようかな。でも暗くなってからじゃないと意味ないな。暗くなってからだと危なくて温泉なんて入ってられない。うーん。どうしたらいかな。
悩んでいたらアトさんがトカゲを担いで帰ってきた。
「ん?なんだ?目がチカチカするのだ」
急いで虫よけを片付ける。
「すいません!そこにトカゲ置いてって下さい。僕が回収しときまーす!」
この虫よけは、虫よりアトさんに効くな。もう出すのやめよう。
「ゲロゲロ~、ゲロゲロ~」
ライムさんは大きなカエルを担いできた。このカエルはゲロゲロ鳴くらしい。トカゲのゲコゲコとハモるかもしれない。
「トカゲといい、カエルといい、大きいですね…」
どうやって、こんな巨体を維持しているんだろう。トカゲは全長3m、カエルは伸びてて2m。たぶん座ると人の背丈くらいになるんじゃないかな。牛でも食べているのかな。あ、トカゲがカエルを食べているのか。カエルに似た鳴き声で、呼び寄せてパクッといくのかもしれない。つまりカエルのメスはゲコゲコ、オスはゲロゲロか。へぇー面白い。
「ゲコゲコ~、ゲコゲコ~」
試しにトカゲのマネしてゲコゲコ鳴いてみる。ん?虫が減った気がする。さっきのエイリアンみたいなヤゴに向かって鳴いてみる。
「ゲコゲコ~、ゲコゲコ~」
おおっ、少なくともヤゴは逃げた。
「……天才だな」
こんな簡単に虫を追い払えるのか。虫よけなんていらないじゃん。農薬がなければ、沈黙の春もこない。これすごい発見じゃないかな。さすが異世界、転生者が望んだ通りになる世界だ。どんな転生者が要望したんだろう。転生して来たら虫が多くて気持ち悪いから、カエルを並べて虫よけになるように望んだんだろうか。カエルの歌を魔法にしたんだろう。要望した転生者も、叶えた天使も天才だと思う。
「ゲコゲコ~、ゲコゲコ~」
カエルの鳴きマネをして過ごした。二人の始祖様はカエル二体、トカゲ二体を担いで帰ってきた。合計六体である。
「カエルは動きが遅くて面白くないの。トカゲはタフで張り合いがあったのだ」
「ん~。カエルの方がかわい~けどね~」
アトさんはトカゲを気に入り、ライムさんはカエルを気に入った。
「お疲れ様です。それじゃ筋トレ組を見に行きますか。僕、すごい発見したんですよ。カエルの鳴き声をマネすると虫が逃げていくんです。これで温泉つかってる間の虫よけになります」
「ほお。すごいの。そんなに上手にまねできるのか?」
「ゲコゲコ~、ゲコゲコ~。どうです?」
「ん~?ゲロゲロ~、ゲロゲロ~。だよ~」
ライムさんのはたぶんオスだ。
「ゲコゲコ~、ゲコゲコ~がメスで、ゲロゲロ~、ゲロゲロ~がオスなんですよ、きっと。あとでみんなでお風呂入るときに試して下さい」
「おおっ、オスとメスの鳴き分けもできるのか。見直したぞ」
アトさんに褒められました。
ー◇ーーーー
『これを元にメニューを作るわ。私に任せておきなさい』
筋トレ組に合流するとメリウスさんが死に体だった。総合成績は一位リアさん、二位ネルさん、ダントツ最下位がメリウスさんだったらしい。俺と一緒に登山してたので仕方ないか。
リアさんは始祖様ブーストがかかっていたらしい。本人が思う以上に身体が動いて、初めて運動が楽しいと感じたそうだ。ネルさんは、なんだかんだで力仕事もしていたので基礎体力があるらしい。怠惰な天使様は要改善。雲より重い物はもったことがなかったのだろう。
この三人はルーデンスに絞られる立場になったわけだ。つまり、こちら側の人間だということだ。もう、あんなに酷い坂道ダッシュはなくなるだろう。
『それじゃ、私たちは汗を流してくるわ。絶対に近付かないように。監視役としてジェームズについててもらうから変なことは考えないように!』
あれ、ジェームズくんは俺の監視役になるそうだ。心配しなくてよかったのか。俺の風呂は女性陣がさっぱりした後だそうだ。一番風呂はルーデンス。実体はないけど、そう決まっている。
ジェームズと見送ってから、時間つぶしを考える。ゴムの木探しは終わったのでやることがない。どうしようかな…。
トントンとジェームズに肩をたたかれる。ジェームズはかまどを指す。料理しろと言っている。はいはい。わかりましたよ。蜂の子揚げを作りましょう。あれは単純作業で考えなくていいのだ。
油が温まったら蜂の子たちをぽいぽい入れていく。今日は5個分の巣がある。揚げても揚げても終わらない。時間つぶしには最適ですね。
ぽいぽいぽいぽい
ジュワジュワー
ぽいぽいぽいぽい
ジュワジュワー
ぽいぽいぽいぽい
ジュワジュワー
すべての蜂の子が揚がる前に女性陣が帰ってきたみたいだ。
『どういうことよ!アトたちに何を教えたの?カエルの鳴きマネする度にトカゲか、カエルが飛び出してくるのよ!』
へぇー。そんことあるんだ。
「……よっぽど、鳴きマネがうまかったんですね。びっくりですね。……ヒュ、ヒュ。ぐるじいでず…」
ルーデンスに絞め上げられる。
お肉の在庫は増えました。