創業87 一人増えたから一人は独立
反省する気があるなら黙ってた方がいいと誰かが教えてあげないといけません。
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「あぁ、トマト煮おいしい…」
家の外でネルさんのトマト煮を食べて現実逃避する。ドライアドさんにトマト煮を振る舞ったら新種創造が発動した。ヒトっぽい樹から、ツタをまとっただけの女性になった。家の中でルーデンスたちが服を着せてくれている。ヒトっぽい樹のときは裸でもドキドキしないが、いまの姿は目に毒だ。鼻の下が伸びたら怒られるのだ。
それにしてもおかしいな。なんで、あのタイミングで新種創造が発動したんだろう。最初に声をかけた時は大丈夫だったのに。今回はチャーハンなしで発動した。このトマト煮かな?魔法のタレが入ってるとか?とってもおいしいけど、トマト煮がおいしいのはネルさんの愛情のおかげだ……と信じたい。
もしかして芋かな?やっぱり芋に秘密があるのかな。やたらおいしいからな。…でもスライム時代のライムさんには芋食べさせてなかったか。う~ん。トリガーはなんなんだろう。鶏娘やイノシシ娘は困るんだよな。これまでおいしく食べてきた相手は、ヒト型になったとたん罪悪感で心がつぶれそうになる。う~ん、それは芋娘でも一緒か。芋男でも一緒だ。う~ん。どうしようかな…。
いやいや、自分の都合じゃなくて、いまはドライアドさんだ。人間としては、きれいになったけどドライアドとしてはどうなんだろう。これで出世コースから外れたら悲しむだろう。容姿が人間なのでドライアドの集落にもいられなくなる可能性がある。自分たちを迫害してきた相手にそっくりになったわけだし。そのときはドライアドさんを引き取るの?服も食費もどうするの?
ヒトっぽい樹として営農指導してもらうなら、ドライアドであることを隠せればいい。ボロマントで十分だ。というか畑に人目はない。でも、いまは樹の精霊のコスプレした女性だ。ちゃんとした服がいる。あぁ、また仕立屋さんにいくのかな。本当に無一文だぞ。もう、どうしようもないな。今度こそ、モイラさんにグラス代を前借りするか…。
教育はまたクロニコさんにお願いするのか?年齢的に大丈夫なのかな。教会教室に通っているのは6歳から12歳の子供たちだ。ドライアドさんは16とか18歳に見えた。大きなお姉さんを受け入れてくれるかな。だからといって、ぽんと社会に放りだしてがんばって生きてくださいというのは、さすがによくない。教会教室にお願いしよう。むしろ教会教室があってよかったと思おう。
そうだよ。あの天使様も常識ないから教室で引き取ってもらおう。むしろ教会で住み込みで働けばいいんじゃないかな。天使なんだし、教会の面倒もみるべきだ。よし。一人増えたから、一人は独立。一番しっかりしているメリウスさんに出ていってもらおう。いろいろ騒いで面倒だし、教会で静かにしててもらいたい。天使様がいるとトレーニングが厳しくてやってられないのだ。
よし。これならどうにかなりそうだ。一人分は増えたけど、食費は光合成で乗り切ってもらおう。衣類は独立する天使様に返却して頂いて、ドライアドさんにあげる。もう寝る場所もないのだ。
そうだ。ドライアドさんが力になってくれれば農神様に会いに行く必要もないか。いまのペースで洋服代が飛んでいく限り、往復一ヶ月分の旅費なんて貯まらないのだ。よしよし。始祖様たちの宿題はなんとかなりそうだ。天使様の宿題は教会で修行すれば自力でどうにかするだろう。女性専用車両もスマホも一朝一夕では無理なのだ。生活費は自分で稼いでもらえるなら、ゆっくり神様入りを応援することもできる。
よし、方針が決まった。始祖様たちの面倒はみる。うるさい天使様は独立だ。問題は、どう実現するか…。
「そろそろ大丈夫ですか?」
家の中を覗くとブラウスとスカートを着て不思議そうにしているドライアドさんがいた。ルーデンスが頭を抱えている。こっちをみて難しい顔をした。やばい、知恵を出せと詰められるやつだ。
「メリウスさん!天使としての説明責任を果たして下さい!」
先手必勝、全責任は天使様にあるのだ。
「あなたの変態的ハーレム願望のせいですよ!どうするのですか?リアさんは村に帰れないっていってますよ」
うわぁ。全部、俺のせいにしてきた。メリウスさんだって、なんで発動したのかわからず、びっくりしてたくせに。
「だから、その変態扱いやめて下さいよ。ドライアドさんに欲情なんてしてません。アトさんのときだって、ライムさんのときだってしてません。不都合があると全部、僕のせいじゃないですか。なんなんですか。コミュニケーションスキルを作ったのメリウスさんなんだから、なんで発動したのかくらいわからないんですか?」
「うぅぅ……うるさい!…うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」
メリウスさんは散々叫んで黙り込んでしまった。発動条件がわからないのか、わかっていても禁忌で教えられないのか。塞ぎ込んだメリウスさんを叱ってもどうにもならないか。
「……。すいません。メリウスさんのせいじゃないです。僕のせいでもないですけど…」
『誰のせいでもいいの。全責任はあなたがとる。それだけよ。たぶんリアはドライアドの村で暮らすのは難しいでしょう。でも人間の村に住めば狙われる可能性がある。出自がわかったら、目の色変えてさらいにくる輩がでるわ。……私も…ドライアドの根はほしかったくらいなのよ…』
全責任は俺がとる。簡単に言ってくれるけど、どうするんだよ。とれない責任だから困っているのだ。ドライアドの村でも人間の村でも暮らせないなら……新しく村でも作るの?それ村興し超えてるよ。う~ん。どうしよう。
ドライアドさんは、リアさんというらしい。ドリアードのリア。かわいい名前だと思った。そして姿が変わった後はルーデンスとも話ができている。
「リアさんは、どうしたいか希望はありますか?できる限りのことはします。かなり限りがあるんですけど…」
「その前に、こういう可能性があることをわかってて話しかけました。申し訳ありませんでした。急に姿形が変わると大変なんです。こっちのアトさんはアイアンアントの女王蟻で、こっちのライムさんはスライムだったんです。二人ともだいぶ人生が変わってしまって……」
「うむ。それは大丈夫なのだ。もう自己紹介はすんでおるのだ。わしは、この身体になってよかったと思っておる。メリウスにも感謝しておる。だからリアも落ち込むことはないのだ。楽しめばいいのだ」
「ん~。そうだね~。外はいろんなものがあるからね~。きれいな物もいっぱい。おいしい物もいっぱいだからね~。それにボクは始祖様なのです」
始祖様二人はリアさんのことを喜んでくれている。
「うむ。そうなのだ。リアも始祖様なのだぞ。特別なのだ。なんら恥ずかしいことはないのだぞ。リアはかわいくなったのだ。服を着てもかわいい。服を着なくてもかわいい。それでいいではないか」
いやいや、ダメでしょう。俺は鼻の下が伸びたら即昇天なのだ。誤解を生む状況自体を作りたくない。
「あ、あんのぅ…。うち、かわいいのけ?もともと、きれいじゃなかったから……。がんばってきれいにならんと、と思ってたんだけど…」
「うむ。かわいいのだ。お主もそう思うだろう?メリウスもそう思うだろう?」
俺も天使様もこくこく頷く。見た目はいいんですよ、みなさん。問題は中身なんですよ。
「そ、そうなの…。それなら問題ないわ」
リアさんはいまの見た目がきれいなら姿形が変わったことは問題ないという。同時に訛りが消えて、きれいなお姉さん言葉になった。
「あと、その…。始祖様ってなんなのけ?うちはもうドライアドではないのけ?」
訛りは簡単には抜けないようです。
「その説明は天使様がなさってくださいます。いまはむくれてますが、始祖様たちの生みの親にあたる偉大な天使メリウスさんです。本人がきれいだから、始祖様はみんなきれいな容姿になるんだと思います。さ、メリウスさん…」
メリウスさんの紹介に褒め言葉を混ぜといたので、少し嬉しかったらしい。むくれてたことをむにゃむにゃ言い訳してから、ありがたいお言葉を語りだした。
「リアさん。急に姿形が変わって驚いたと思います。この人は異世界からの転生者で、私は監督するために天から遣わされているのです。この人がいろんな相手と話をするために、相手をかわいい女の子に変えるスキルを作ったのです。ただスキルがまだ不安定で相手をうまく選べません。今回リアさんが変わってしまったのは私にとっても想定外だったのです。女の子に変えるといっても、新しい種に移行してもらっています。亜種でも変異種でもない、新しい種、オリジナルです。だから始祖にあたるのです」
「一応、誤解を解かせてもらうと。僕は話をするためのコミュニケーションスキルを望んだんです。話ができればそれでよかったんです。この天使様が勝手に拡大解釈して変態機能を加えて、こんなことになりました。僕は変態でもなんでもないですからね」
メリウスさんがキッと睨んでくる。うるさい!と浴びせられるかと思ったが飲み込んだ。
『あなたは黙ってなさい!』
ルーデンスに叱られる。
「急に新しい種になったと言われても困ると思います。私もこの変態を満足させるためのだけのスキルを作るのはためらいがありました。だから始祖となるみなさんは、普通の魔物や人間よりも優れた形質を受け継いでいるのです。もともと人間は高い知性を宿しています。そこに魔物の力が加われば、それだけで優れた種になるのです」
「ですが、単純に力を足し算するのではなく、相乗効果というか。個性が伸びるように自動調整されているはずです。なので胸を張って生きてほしい。始祖といっても……最初の一人はとても孤独です。でも子孫が増え、種として繁栄する頃には、最初の一人の苦労なんて忘れ去られている。そうした苦難に立ち向かうだけの力をもって生まれてもらいたかったのです」
メリウスさんはすごくまともだった。勝手に俺を変態扱いして、めちゃくちゃなスキルを作ったポンコツだと思ってたら、始祖様たちのことも真剣に考えておられた。俺が変態でも、変態のもとから逃げ出して生きていけるだけの力を授けたいと考えたのだそうだ。
「メリウスさん、大変申し訳ありませんでした。ポンコツ天使を早く追い出して、食費を浮かせようと考えておりました。心から反省しました」
『あなたは黙ってなさい!メリウスも相手にしなくていいわ』
「だからリアさんも胸を張って生きてほしいのです。姿が変われば生き方は大きく変わってしまいます。ですが、他の者とは違う力が備わったと思います。これが始祖として経験する孤独や苦難に十分な力かどうかはわかりません。それでも胸を張って生きてほしいのです。この変態にできることはなんでもさせます。どうか幸せになってください」
メリウスさんは本当に天使だったんだ。
「僕の幸運はメリウスさんに担当してもらえたことですね。ルーさんにばかり感謝してましたけど……」
「いまごろ気がついたのですか!この変態はホントにダメなんだから!」
天罰殴りでボコボコにされた。ネルさんには呆れられた。