創業78 壊れる前に運びましょう
安全装置なしの観覧車は楽しめません。
◇ーーーー◇
『休憩が長くなってしまったわね。さあ、走る時間よ!』
走るの俺だけじゃない?
アトさんもライムさんも走ってるけど、限界まで追い込まれているのは俺だけだ。いやだ、いやだ。なんのために長い無駄話をしたと思ってるの。一日に何十本も坂道ダッシュなんてできません。
「坂道ダッシュは断固拒否します!もう限界です!」
「はい、口答え。6本増えて、残り24本なのです」
ぐぬぬぬぬ。
『さっさと走りなさい。黙って走ればすぐに終わるの。自分で増やしてるのよ?私たちも、あなたの遅いダッシュに付き合いたくないの。あなたの坂道ダッシュさえ終われば、さっさと快適に移動できるのよ』
全部、俺のせいですか。隣で楽しそうにダッシュ本数を増やしている悪魔のような天使のせいじゃないですか。うぅぅ抗議したい。文句をいいたい。
「わかりました。残り24本ですからね」
「はい、口答え。6本増えて、残り30本なのです」
なんで!わかりましたは口答えじゃないじゃん。メリウスさんをキッとにらむと楽しそうに笑っている。
「その目は抗議ですか?それなら…」
もうやだ…。
涙を堪えて走り出す。
ぜぇぜぇ ぜぇぜぇ
ぜぇぜぇ ぜぇぜぇ
ぜぇぜぇ ぜぇぜぇ
ぜぇぜぇ ぜぇぜぇ
呼吸が戻らない。気管支が痛い。脚もガクガクする。これでも18本走ったのだ。残りも18本。
『……限界ね…。霧も出てきたし。壊れる前に運びましょう。ライム、お願いできる?』
「ん~。重いんだよな~。蜂蜜あれば元気が出るんだけどな~」
ライムさんの蜂蜜エンジンは燃料切れらしい。
『仕方ないわね。すぐ探すわ。だから、その死に体になってる男を担いでちょうだい』
「りょ~か~い。はっちみつ~。はっちみつ~」
俺は倒れた姿勢のままライムさんに取り込まれた。もう、つかまる力も残ってないので、乗せるより取り込んだ方が安全なのだ。走ってる間にずり落ちない。呼吸と周囲を見回すために頭は出してもらっている。できれば気管支の中にスライムを入れて酸素を送り込んでほしい。息を吸うたびに痛みが走る。
『アト。ここからは私たちのトレーニングよ。本気で走るわよ。…ネルも半分くらい沈んでもらっていいかしら』
この怪物たちは全然本気じゃなかったらしい。ライムさんがネルさんをしっかりホールドすると化け物みたいな速度で走り出した。
もう、最初からこれでお願いしますよ。運ばれながら強くそう思った。
アトさんが先頭で木々の間を飛ぶように跳んでいる。それを飛んでいるルーデンスが周囲を警戒しながら追いかける。ライムさんは俺のための道を作らなくてよくなった。お腹を上げて、八本脚で快走している。低木などはジャンプして避けるのだ。そのまま脚を伸ばしてびょんびょん空中を跳ぶ。
僕のトレーニングのためにお時間割いていただき申し訳ありませんでした。と心の中で唱える。口にはしない。しんがりはメリウスさんで俺たちが落ちないか、ライムさんのスライムボディーが飛び散らないか確認している。スライムボディーはちゃんと回収しないと祟り神になる可能性があるのだ。
道中二個の蜂蜜エンジンを追加した。俺の隣に蜂の巣が浮いている。たまに蜂が出てきて、そのままもぐもぐされて消えていく。巣の中では、何が起こっているかわからないだろう。食物連鎖はなんと無慈悲なのかと思った。
『霧が晴れてきたわね』
ルーデンスの言葉で、霧で道を見失う可能性に気が付いた。アトさんが迷いなく進むので、順調なんだと思っていた。
「目標のどのくらいまできたんですか?」
「うむ。とにかく、まっすぐ走っておるのだ。どこまでいこうかの?」
目的地は決まってないみたいだ。トレーニングのためにまっすぐ走っているらしい。大丈夫なのかな。
「ルーさん。どこに向かってるんですか?」
『…………。アトの向かうところよ』
ルーデンスはただ追いかけているだけらしい。さあ出発よ!って言った後はアトさんに任せてたみたいだ。これ遭難しないのかな。
目を閉じて地図を確認してみる。集落の側を流れる川の上流へ、そして山脈側に移動している。その先に何があるのかわからない。まぁ、まっすぐ戻れば、帰れるんでしょう。集落の方向はわかるし、この怪物たちに障害物なんてないみたいだし。
「よろしくお願いしますよ……」
『わかってるわよ。アト!一度開けた場所に出てどこを目指すか確認しましょう。霧も晴れたし、周りを確認したいわ』
飛べるんだから、上空から確認して下さいよ。といいたい。
「わかったのだ。ラストスパートなのだ!」
アトさんがペースを上げる。ライムさんが遅れだした。というか、みんな付いていけない。ルーデンスもメリウスさんもおいて、アトさんが行ってしまった。
「どうすんですか?」
『……。まっすぐよ。追いつくまでまっすぐ』
もう、こんな山の中ではぐれたら大変だぞ。だれも探してくれないんだぞ。
「ん~。重いんだよな~。一人分置いていきたいな~」
「ごめんなさい。申し訳ないです。ライムさん。これもトレーニングだと思ってラストスパートです。がんばりましょう!」
「ん~。ご褒美よろしく~」
俺だって、ご褒美ほしい。距離も速度も大したことないけど、ヘトヘトになるまでがんばって走りました。
ー◇ーーーー
「遅かったの。ライムも鍛錬が足りないのではないか?もっと走り込みが必要なのだ」
アトさんは山腹の開けた場所で待ってくれていた。
「ん~。二人も担いでるからね~。ネルネルは軽いんだけどね~」
「確かにの。今度はわしが、こやつを引きずって走ろうかの。トレーニングになるかの」
アトさんがタイヤ引きの代わりに俺を引きずると言いだした。
「止めて下さい。絶対死んじゃいます。せめておんぶして下さい」
『情けないわね。小さな子に、これ以上何を背負わすのよ』
「変態さん。9本追加で明日は27本なのです」
アトさんには何も背負わせてない。一族の誇りくらいだ。誇りに比べれば、俺の体重なんて軽いもんだ。そして、いまのは坂道ダッシュへの口答えじゃない。アトさんのボケにツッコんだだけだ。明日はお願いだから休息日にしてください。身体がもちません。
「もう身体がボロボロなんです。明日は、明日こそはゆっくり山歩きしましょう。今日は走ってばかりで風景を見る余裕がなかったじゃないですか。せっかく遠出してるんですから、楽しまないともったいないですよ」
『…。確かにその通りね。でもこんな山の中で何を見るのよ?』
星空でしょ。そのための星空ツアーでしょう。でも、こういうと昼間は走らされる。どうしようかな。
「キレイな花とか、珍しい花とか…。沈む夕日とか、朝日とか…」
思いつくままキレイそうなものを挙げていく。花と夕日と……。
「ん~。甘いお花がいいな~」
ライムさんは食べることしか考えていない。
「確かに。みんなで花輪でも作ってみる?ここなら、開けてるからいろいろ咲いてそうだよ」
ネルさんが救いの手を差し伸べてくれた。おしゃれとなると俄然やる気を出すのがルーデンスだ。花輪でアトさんとライムさんをキレイに飾ると言いだした。ありがとう、ネルさん。やっと休憩できます。
『それなら明るい内に完成させないといけないわね。二人の髪に合う花はと…』
「ルーさん。日が沈む前に上空から明日の目的地と帰り道だけ確認して下さい。メリウスさん、アトさんを抱っこして飛べたりしますか?」
「もちろんです!アトちゃんみたいに、かわいい子は重くないのです」
かわいさと体重は関係ないと思う。一応、万が一があると怖いので、地上でライムさんに安全マット代わりになってもらう。これで落下してもスライムボディーがやさしく受けとめてくれるはずだ。
アトさんがお姫様抱っこされて、三人でヒュルヒュル上に昇っていってあっちこっちを指してあれこれ言っている。
「いいな~。飛びたいな~」
ライムさんもご希望らしい。高所恐怖症とかないのかな。高いビルとか高所がないから、恐怖も知らないのかもしれない。
「ネルさんもお願いします?ライムさんは落ちても大丈夫なので、ライムさんに小さくなってもらう前にネルさんが飛んだらいいと思います」
「うーん。お願いしようかな…。メリウスちゃんに抱っこしてもらえるかな」
「メリウスさんがお尻に手を回して、ネルさんが首回りでしっかり抱きつくのがいいと思います。お姫様抱っこだとメリウスさんの腕がつらいと思うんですよね」
「私はそんなに重くありません!どちらかというと、ほっそりです!」
ネルさんに軽くチョップを食らう。
「それは存じております……」
「ん~。いちゃいちゃしてる~」
「してない!してない!」
ネルさんが即否定する。うん。いちゃいちゃはできないけど、そう言ってもらえたことを喜ぼう。
『明日の目標が決まったわ。向こうの山の山頂に行こうと思うの。あそこなら見渡せると思うわ』
ルーデンスの指す山はてっぺんがはげて岩山になっている。結構、標高があるんじゃないのかな。
「うーん。がんばりすぎじゃないですか?緑がないのにキレイな鳥なんていますかね?」
『見晴らしはいいと思うわよ。何もないから。今回は星空を見に来たのよ。何もないくらいがいいのよ』
う~ん。そうかな。そうなのかな。岩肌が切り立ってるように見えるんだけどな。大丈夫かな。
「うーん。近くまで行って、危なそうだったら、また考えましょう。無理に危険を冒す必要はないです。山は怖いですよ。急に天候が変わって動けなくなったりするんですよ」
『わかってるわよ。大丈夫よ。山越えしたアトがいるんだから。それより、次はネルね。飛ぶわよ』
メリウスさんとネルさんが抱き合って、ヒュルヒュルと昇っていく。大丈夫かなメリウスさんの腕がぷるぷるしてなかったかな。
「飛べるとはいいの!ばっと視界が開けるのだ。遠くまで見渡せるのだぞ。わしも自分で飛べるようになりたいのだ」
アトさんはとても気に入ったらしい。きっとバンジージャンプも楽しめるタイプだ。バンジーのゴムが切れても、くるっと回ってシュタッと着地しそうな気がする。
「羽か魔法が必要ですね。魔法勉強できるといいんですけどね」
あ、ネルさんが降りてきた。結構早かったな。最後はライムさんか。
ネルさんが着地するのを待って、ライムさんを減量する。ヒト型より小さく、メリウスさんの肩に乗るくらいにする。するとメリウスさんの頭の上に乗って三人で昇っていった。上空であっちこっちを見てきゃっきゃいっている。
「ネルさん。どうでした?アトさんはすごく楽しかったみたいです」
「………。とっても怖かったです…」
メリウスさんの腕がぷるぷる振るえるので、景色を楽しむより落ちないか心配だったらしい。高所恐怖症になったかもしれない。
「う~ん。そういうこともありますよ。メリウスさんに連続して頼んだのがよくなかったですね。ちゃんと休むか。抱っこひもみたいな補助具を用意すべきでした。女性の腕力ですからね」
「……そんなに重くないもん。どちらかというと、ほっそりだもん…」
「……それは存じております…」
というか、体重なんて気にしません。というと紳士ぶりすぎかな。
ネルさんはそそくさと花輪の花を摘み始めた。俺は花がない場所に家を出すため、木を抜いてスペースを確保する。ついでに見たことのない木を回収して斧で短く切っておく。後でアトさんに搾ってもらうのだ。断面から樹液が出るといいんだけどな。
「もどしてくれ~。はやく~、人間になりた~い~」
飛んでたライムさんをヒト型に戻す。スライムボディーをアイテムボックスから取り出せば、自分で義手と義足をはめてくれる。
「え?えぇ?なんでライムちゃんが魔道義肢をはめてるのですか?」
そういえばメリウスさんに断ってなかったか。研究用兼観賞用だから大丈夫なはずだけど。しかし、気付くの遅いな。そっか、祟り神のときは義肢は付けっぱなしなんだっけ。
「そうなんですよ。メリウスさんから頂いた魔道義肢のおかげでライムさんがヒト型になれたんです。こんなに手と足をうまく操れるようになるとは思ってませんでした」
「え?えぇぇ?」
「ライムさんもメリウスさんに御礼を言ってください。この魔道義肢はメリウスさんにもらったんですよ。すごく役に立ってます」
「ん。ありがとね!メルメル~。おかげで~。ジャンプできるようになりました~」
ライムさんがくるっと回ってぴょんと跳ぶ。空中でもくるくる回ってスタッと着地。ピシッとポーズを決める。アトさんに習ったのかな。回転数はアトさんの方が多いかな。
メリウスさんの開いた口がふさがらない。あうあう言ってる。
「むしろスライムのライムさんが、なんで二足歩行できてると思ってたんですか?身体動作の獲得って、一朝一夕じゃ無理なんですよ、本来は。それが魔道義肢で半日かからず、跳んだり走ったりできるようになりました。メリウスさんの功績がまた増えたんですよ」
メリウスさんは相当驚いたらしい。まだあうあう言っている。
ライムさんはビシッ、ピシッとかわいくポーズを決めていく。手足が自由に動くとバリエーションも多いな。
「かわいいぃぃ……。かわいぃぃぃよぉ。これじゃ…天罰くだせなぃぃ…」
危ない、危ない。ライムさんじゃなかったら天罰コースだったのか。メリウスさんが泣き出したので、ライムさんが励ます。
「ん~。泣かないで~。すごく嬉しかったんだよ~。初めて歩けたとき感動したんだよ~。メルメルのおかげだよ~」
「…うぅぅ…。天罰下したぃぃ。でも嬉しぃぃ…。ぅぅう…。」
メリウスさんのこれは泣き癖だな。ほっといても大丈夫だろう。
『大丈夫かしら?』
「大丈夫ですよ。あれは研究用兼観賞用です。どっちの役割も果たしてます。きっと想像もしてなかった使い方に驚いて心が揺さぶられたんですよ。衝撃が感動に結びついちゃったんですね」
ライムさんがかわいくなったんだからいいじゃない。祟り神モードだけだったら抱きついてスリスリなんてできないんだから。メリウスさんの体型だってまねできなかったんだぞ。
「ふ~。天罰だ!天罰だ!」
メリウスさんがレーザー撃ちならが追いかけてくる。そしてボカボカと本気殴りしてくる。
「ちょっと、なんでダメージキャンセル効いてないの?普通に痛いです。痛いですって」
レーザーは効かないけど、グーパンチはちゃんと痛い。天罰だからダメージキャンセルが効かないらしい。ホントに穴だらけだな、2号さんの仕事は。ああ、クレーム入れたい。改善提案付けてクレーム入れたい。
『よかったじゃない。もっと怒られて、あなたの手足がちぎれるかと思ったわよ』
「ふ~。ちぎってやる!天罰でちぎってやる!」
メリウスさんが鼻水垂らしながら、雑巾絞りしてくる。腕の皮をねじる痛いやつだ。ルーデンスが余計なこと言うから…。
「ちょっと!ホントに痛いですって!やめてくださいよ。なんで天罰なんですか?めちゃくちゃ役に立ってるじゃないですか。おかげでライムさんが人間社会にデビューできたんですよ。スライムのままじゃ、魔物への偏見で受け入れられなかったですよ。いまでは教会教室でも食堂でも人気者なんですよ。すごいじゃないですか、魔道義肢」
人気者かどうかはちょっと盛りました。
「ふ~。ライムちゃんは新しい種になってヒト型になったのだと思ってました。魔道義肢を、こんな使い方をするなんて…。本来の用途を完全に逸脱してます。でもライムちゃんはすばらしい。悔しいけど、すばらしぃ……。悔しぃよぉ…」
うん。やっぱり感動したんだ。そういうことあるよね。相手に自分の想像のはるか上をいかれて、こりゃ敵わんと思うこと。そしたら謙虚に生きた方がいいよ。
『よかったわね。天使から最高評価をもらったのよ。こんなこともあるのね』
「そんなこというなら、アトさんだって最高評価ですよ。始祖様二人は次の文明を担うかもしれませんからね」
僕も鼻高々です。
「なんだか壮大なこといってるね。二人は普通のかわいい女の子なのにね」
ネルさんが始祖様二人を普通の女の子だという。これは同意できない。絶対、普通じゃない。そっか、バリバリむしゃむしゃごっくんを見てないからな。見てて蜂の子シュワシュワだ。でも、お腹の中で蜂が溶かされていくくらいなら普通なのか。うん。この世界は多様性に溢れているな。実に寛容な社会だ。前世の社会にも見習ってほしいくらいだ。