創業77 女性専用車両とフェアプレーの精神
山歩きで文句を垂れてた主人公が、文句を垂れながら走り込みをするようになりました。成長してるんですね。
◇ーーーー◇
『そろそろお昼にしましょうか。ちょっと早いけど、この人もうこれ以上脚が動かないみたいなの』
「坂道ダッシュ何本やったと思ってるんですか。54本ですよ。30本がノルマって言ってたじゃないですか」
「あ、また口答えした。9本追加ですね。変態は坂道ダッシュ残り18本と…」
メリウスさんは俺が口を開けば坂道ダッシュを追加してくる。悪魔だ。鬼教官だったルーデンス並みにたちが悪い。そして実に楽しそうだ。
『よかったわね。休憩後もやることができたわね』
この幽霊と天使は俺に取り憑いて命を搾り取るつもりだ。でも口答えできない。
「料理はわしに任せるのだ。食堂でいろいろ習ったのだぞ。秘伝のタレまでもらってきたからの」
「私も手伝うよ。このくらいは役に立たなくちゃね」
アトさんとネルさんでお昼を作ってくれることになった。かまどとテーブルを出そうと思ったが、面倒だったので森を切り開いて、家を丸ごと出した。トイレも使うだろうし、全部あった方が便利だ。
ライムさんをヒト型に減量してお腹の蜂の巣ももらわないといけない。ライムさんはお腹の中で上手に蜂蜜を搾ってくれた。巣はダメになっちゃうけど圧搾機がなくてもいいので助かる。蜂蜜をガラス瓶で受けて、料理組に渡しておく。メリウスさんも料理を手伝うそうだ。
「ライムさんはお昼ができるまでどうします?」
ヒト型に戻ったライムさんに聞いてみる。
『散策するわよ。木の植生を調べたいんでしょ。食べられるものがあれば拾っておきましょう』
「おさんぽ~、おさんぽ~」
えぇ、俺もう脚が動かないって言ったばかりなのに。
『お昼休みと決まった途端、テキパキと木を抜いて家を建てたじゃない。動けるんでしょ。さあ行くわよ』
「……。わかりました…。」
ルーデンスにいわれるがままに茂みの中に入っていく。また蜂の巣だ…。今回はスズメバチ。休憩地点から近くて、危ないのでちゃんと隔離することにする。防護スーツを着て、木ごと巣を回収して、落とし穴の中に封じる。ライムさんをまた増量して、隙間から巣を包みに入ってもらう。あまり大きな巣ではないので、600匹くらいだろうか。
ネルさんがごはんができたと呼びに来るころには、飛び回れる成虫はいなくなっていた。
「その姿は蜂の巣かな。蜂蜜あった?」
「いや、今回はスズメバチです。大きいスズメバチなので、味の濃い蜂の子が採れると思いますよ」
「う~。おいしいんだけどね~。見た目がね~」
「だから僕は食べません。…今回は油で揚げてみましょう。サクサクになるはずです」
お昼はシカ肉の照り焼きだった。アトさんがさっそく秘伝のタレを使って作ってくれた。メリウスさんは干し肉のスープだ。
「あ、ピリ辛でおいしい。メリウスさん、これニーナさんに習ったんですか?このピリ辛干し肉どうしたんですか?」
「お裾分けしたお肉のお返しに頂いたのです。干し肉を煮戻すだけでできる簡単スープなのです。ここに野菜を足せば、野菜の甘みも出るしおいしくなるのですよ。主婦の強い味方なのです」
天使様はニーナさんの受け売りを得意げに披露する。あ、いまは変態といわれなかった。
「そうですか。便利な干し肉ができてよかったです。野菜を足す一手間もありがたいです」
「ふふん。アトちゃんたちが食べますからね。健やかに大きくなってもらわなければなりませんからね。変態さんには少しもったいなかったですね」
ん?アトさんって、まだ成長するの?もう子供を産める成熟個体だと思ってたけど。……聞かない方がいいな。絶対、変態扱いされる。…でも栄養バランス気を付けないといけないな。
俺はささっと食べて、蜂の子の素揚げを作る。あんまり食べると、午後の坂道ダッシュでもどしてしまいそうなのだ。台所に立って、蜂の巣からサナギと幼虫を取り出して、ぽいぽい油の中に入れていく。油の温度など細かいことは気にしない。おいしく揚がれと念じるだけだ。なぜなら俺は食べないから。
カラッとしたら、油からとりだす。残っていた蜂の子を全部揚げると、アトさんたちも、お昼を食べ終えていた。俺の何倍食べてるんだろう。
「サクサクしてお菓子みたいに食べやすいはずです。おやつに食べて下さい」
「おおっ。外はサクサク、中がトロっとしとるの。おもしろいの」
「ちっ。変態、やるじゃないですか。ちゃんとおいしいです。いや、蜂の子がおいしいのです。変態さんの腕とは関係ないのです」
こんなんでいいなら、いくらでも作ります。この人たちが前世のチョコレート菓子とかアイスを食べたら、どれだけ喜ぶんだろう。お取り寄せできればいいんだけどな。
『なんで、あなたが食べないのよ?早く食べなさいよ。私はこれ、この大きいのがいいわ』
あ、ライムさんが食べちゃった。
『ああ、ライム!それは私の…!』
「ん~。食べないってよ~。横取りじゃな~いよ~」
『あなたがさっさと食べないからでしょ!早くしなさいよ!坂道ダッシュ追加するわよ!』
ルーデンスが脅迫してくるので渋々食べる。おいしいはずの蜂の子が全然おいしくない。
『あぁ…。おいしい……』
ルーデンスは気に入ってくれた。しみじみと噛みしめている。実際に噛んでるのは俺なんだけど。
大人組は食後のお茶を飲んでまったりする。アトさんとライムさんはむしゃむしゃが止まらない。
「ここ山の中なんだよね…。旅の途中とは思えないよ。私なんてライムちゃんに運んでもらってただけだよ。馬車よりずっと快適なんだよ」
ネルさんがため息ついた。そういえば馬車の荷台はガタガタする。ライムさんはぷにぷにでベッドに乗って運ばれてるようなものだ。
「乗り合い馬車ってどんな感じなんですか?僕はクロニコさんに乗せてもらった一回しか乗ったことないんです。確かにガタガタしてました」
「うーん、ガタガタの乗り心地よりも、乗り合いの相手によるなあ。私は一人では乗らない。知らない人と街道沿いで一泊二泊するんだよ。怖いよね。親方についてきてもらうのも悪いし、大変なんだよ。……ライムちゃんはすごく乗り心地よかったです。ありがとね」
「ん~。ネルネルは軽いからね~。やわらかいしね~」
乗り合い馬車は若い女性には使いにくいらしい。確かにそうだよなと思う。俺も強面のおじさんに囲まれたらいやだ。
「女性専用車両ってないんですか?女性だけなら、むしろ道中が楽しくなりそうです」
「貸し切りってこと?そんなお金ないから乗り合いを使うんだよ」
「貸し切り状態ではあるんですけど…。乗り合いなのに…女性しか乗れない乗り合い馬車っていったらわかりますかね。前世でも収容客数を優先してたくさん乗せてたら、もみくちゃになるのを利用して女の子のお尻を触るおじさんが出たんです。おじさんだけじゃなくて、おにいさんやおじいさんも痴漢してたんですけど…。それが社会問題になって、あと赤ちゃんや小さな子供と移動するお母さん方も含めて女性専用車両を作って男の乗車はお断りしたんです。これと同じことができませんかね?」
『いいじゃない。女性が安心して移動できるって大事なことよ。街では裏路地さえ気を付けないといけないの。女性専用道路があってもいいわね』
それはやり過ぎじゃないかな。男が隠れてたらわからないわけで。運用が難しい。女性専用車両も取り締まってるわけではなく、中にいる女性が醸す出ていけ圧力くらいしか実行力はない。
「あったら助かるけど、女性だけでお客さん集まるかな…」
「いまのままだと厳しいんですが、たくさんの女性が連絡取り合って時間を調整したらいいんじゃないですかね。本来、女性は男性と同じくらい行き来するはずです。同じ人間ですからね。いまは女性の乗客が少なくても、安全が保証されてれば乗客数は増えますよ」
『いまも、お仲間で馬車を借りるくらいあると思うけど?』
「それなら貸し切りより安く、乗り合いより高い価格で運用することになるかな。情報交換の通信手段がいりますよね……」
乗り合い馬車は8-20人くらいだと思う。前世の鉄道での女性専用車両よりは集める人数は少なくて済む。レールもないし、ルート変更も自由が利く。ライドシェアアプリよりは利用者が少なくマッチングが難しいけど、どうせ街と村の間のルートしかない。ルートが少なければ利用者が少なくてもどうにかなるはずだ。前世のように5分待たされるだけで怒る客もいない。みんな遅刻常套のゆっくり社会なのだ。スローライフというと少しは優雅に聞こえるかな。
「メリウスさん。前世のスマホに代わるサービスを始めたいんですけど、天使パワーでどうにかしてくださいよ」
「なんですか?天使パワーって。あんな便利ものあるわけないじゃないですか。私たち天使が使えても、普通の人間に使えるわけがありませんよ」
確かに。レッキーさん2号との連絡手段は文通か黒電話だからな。通話しかできない。予約システムなんてない。
「そこをなんとかするのが、あなたの……。いえ、できること考えましょう。もし実現できたら、この世のすべての女性、人口の半分から感謝されることになりますよ。こんな神様います?普通の神様は、せいぜい自分を崇める宗教の信者くらいですよ。人望で天使が出世するなら、天使の階級なんて飛び越えて神様入り確定です」
メリウスさんがごくりと唾を呑み込んだ。
「人口の半分が私の信者…、神様入り確定……。」
あ、食い付いた。アイテムボックスの機能拡張の時も、こんな反応だった。
「いますぐじゃなくていいんです。下手に急いで神々の禁忌に触れたら大変です。せっかく長いチュートリアル期間があるんですから、僕の命を救うついでに機能を追加しちゃいましょう。複数の機能がそろってから、機能を統合するとスマホができてた。これは禁忌をおかしてるわけでもなんでもないです。転生者が勝手に組み合わせて統合して作るんです」
「そんな不可抗力いくらでもあったじゃないですか。モンスター合成しかり、変身魔法しかり。人間が勝手に思いもよらない使い方を見つけて悪用してしまった。そんなの天使の責任じゃない。でも女性の安全な移動は確実に世界のためになります。まずは人間の女性ですけど、これを広げれば迫害されている亜人とか、弱いスライムとか、社会的な弱者を救うことになるんです。弱い者に手を差し伸べる。これが本来の天使の仕事じゃないですか?メリウスさんだって、いまは僕みたいなポンコツ転生者を助けてますけど。本当は、その慈愛をもっとより多くの者のために使いたいと考えてるんじゃないですか?」
「僕はルーさんに心臓を握られていて悪さなんてできません。悪さする気もありません。そしてアイテムボックスの機能拡張の実績があります。その功績はすべてメリウスさんのもの。どうですか?僕を信用しろとは言いません。ルーさんと二人でポンコツを上手に使う。これなら神様入りの可能性があると思いませんか?」
メリウスさんはごくりと唾を呑み込んで、ぶつぶつ言いながら考え出した。神様入りとか責任回避とか、難しい顔してぶつぶつ言っている。
うーん。こんな屁理屈じゃ、やっぱり無理か。情報革命はリスクが大き過ぎる。民主主義もない社会で情報だけ革命しても社会がついてこない。天使ならこのくらいわかっているはずだ。
「……ちょっと、考えさせてください。あなたの言葉は真に受けると危険なのです。ルーデンスさん、後で相談に乗ってください。リスクと責任の及ぶ範囲を検討したいです。変態さん。一応、御礼は言わせてもらいます。神様入りは天界に帰る手段ではあるのです。私はそんなの不可能だと絶望してましたが、検討する価値はあるのです」
お。これは釣れたみたいだな。あとはルーデンス次第か。方法は何もわからないけど、やるなら禁忌ギリギリの天使パワーでなんとかしてくれるだろう。ライドシェアなんてアプリの一つでしかない。情報戦で一財産作れるかな。チューリップバブル起きないかな…。
『いいわ。ただし、女性は無料で乗せなさい。女性からお金を取るなんて男として最低よ。せめて半額で乗せなさい』
「いやいや、そんなの不可能です。馬車代はかかるんです。相乗りするだけで、馬車を運用する費用は変わらないんです」
「そうですね。信仰を集めるなら、そのくらいのインパクトが必要なのです。変態さん。無料でも成り立つ方法を考えなさい。これは天使の命令です。神からの命令だと思って成し遂げなさい!」
絶対無理。馬車代かかるんだから。そんなの自動運転車と無限のエネルギーでもない限り無理。……魔法があるんだよな…この世界。わけのわからん、どこからか湧いてくる謎エネルギーが。できないと断言することもできないのか…。
「……まずは…客貨混載ですかね。荷物運びでお金をとって、同時に女性のお客さんは無料で運ぶとか…」
『いいじゃない。この人、アイデアだけは出すのよ。自分では何もしないけど』
「その一言がいらんのです。でも本当に無料を目指すなら、情報整理だけじゃ無理です。だから馬車というか輸送装置も超絶安い、魔法みたいな仕組みが必要です。輸送ゴーレムか…。もうテレポートやワープみたいな物流なんて概念をぶっ壊す転移魔法はないんですか?あったら、こんな社会になってないと思いはするんですけど…」
「転移魔法は人間がだいぶ昔に禁忌にしました。あれがあると戦争にならないのです。だからフェアプレーの精神で禁忌入りです」
なにそれ。フェアプレーの精神で転移魔法が禁忌って、どんだけ愚かなの?
「愚かさ極まってますね。人間の禁忌なんだから覆せないんですか?」
「……。どうでしょうね。自動制裁は受けると思います。人間が取り締まれないので、起動すると同時に爆発する仕組みにしたはずです」
そんな…。もうそれ、ただの爆発魔法じゃん。神々も人類も愚かすぎる。なんとかして解除できないかな…。




