創業75 諦めはやさしさの一つ
落としつつもフォローしていることに感謝できないとダメですね。
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「2号さんへの挨拶とお礼はこれでいいかな…。」
レポート用紙にレッキーさん時代のメリウスさんの業績報告書を返してほしいと手紙を書いた。本物でなく、コピーでいいのでとお願いする。これがメリウスさんからの信頼獲得の第一歩になる。だから協力してほしいとレッキーさん2号に向けて書き綴る。あの電話の後のメリウスさんを見ていたら慌てたはずだ。報告書を取り寄せるのに協力してくれるに違いない。
「届かなかったら報告書でチクるぞ」と小さく呟いてからアイテムボックスに投函した。
明日からの小旅行はやっぱり行くことにした。メリウスさんを安心させるのと、未開領域に行って帰って来るという経験を積もうと思う。なので安全第一。本当はネルさんを連れて行きたくないけど、今回だけは一緒に行くと言って聞かなかった。メリウスさんのお世話は助かるんだけど…。なのでネルさん第一。安全よりも優先させちゃおう。
薪割りはアトさんががんばった。俺は割ってほしい薪をセットするだけだ。そこにアトさんが斧を振り下ろす。アイテムボックスから出して、割って、しまう。二人とも一歩も動かなくていい。アトさんと餅つきみたいなペースで薪を割ったら、びっくりするくらい早く終わった。
一人だと薪を選んで拾って、薪割り台に置いて刃を食い込ませて斧を振り上げて割る。割った後の薪は並べて束ねて保管する。なんと作業の多いことか、これが、ぺったん、ほいさ、ぺったん、ほいさで終わるのだ。アイテムボックスすごくない?メリウスさんの発明はすごいんだと伝えなければ。
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「………。だから、もう一回言いますね。ぺったん、ほいさ、ぺったん、ほいさ。このペースですよ。確かに作業者は二人かかってます。でも、一人でやると10倍くらい時間がかかるんです。二人だから一人当たりの生産性で5倍。少なく見積もっても、3倍くらいは効率が上がってるんです。すごくないですか?アイテムボックス。確かに、アトさんは怪力ですよ。でもムキムキな筋肉おじさんなんて他にもいるはずです。つまりアイテムボックスによる生産性向上なんです。すごくないですか?搬送系のわずらわしさなんて、すべて解消されて生産性5倍ですよ。すごくないですか?」
『あぁ…。メリウス。この人、こうやって壊れるの。改善原理主義者なのよ。でもこの壊れかけの人間が、一番上手にアイテムボックスを使ってるのは確かなのよ。許してあげて……』
「……ちっ、変態め。…でも、ルーデンスさんのいう通りですね。この変態は私の最高傑作の改良に使いましょう。他の転生者は行商や密輸くらいにしか使わなかったのです。変態ならではの視点を取り入れる私の寛容さを、この変態には感謝してもらいましょう」
『そう!その意気よ。本気で付き合ったらダメ。壊れかけのオモチャが上手に動いた。それを喜ぶのよ。たまにまともなことを言ってくるから、その時は話を聞いてあげればいいの。こんなオモチャにも壊れてない部分があったんだと喜べばいいのよ』
「そうですね。勉強になります。壊れたオモチャからも学ぶことがある。ルーデンスさんは偉いです」
ああ、自尊心が溶けていく。俺は壊れかけの玩具だそうだ。骨董品のブリキのオモチャかな。錆びてなければ嬉しい、動いただけも嬉しいもんな。俺はあれか。心からプライドがなくなったら何が残るんだろう。やさしさ?やさしさも溶けてなくなって、諦めが残るんじゃないかな。でも諦めはやさしさの一つかもしれないな…。
「…もういいです。せっかく、メリウスさんの作ったアイテムボックスはすごいんだって、具体的な事例で説明したのに……。自信を取り戻してほしいと思ったのに。なんですか、その言い方。人をなんだと思ってるんですか。まったく…」
『この人は、こうやってすぐにいじけるから扱いは丁寧にね。壊れかけのオモチャは本当に脆いのよ。でも、健気にもメリウスの傑作を引き立てようとしているわ。そこは認めてあげなきゃだめ。私も、この人に取り憑いて苦労しかしてないわ。でも駄馬を乗りこなすのが騎手の務めなの。メリウスも、せっかく傑作を生み出したんだから、上手に使わせようと考えてみない?人としては壊れかけていても、この駄馬を乗りこなせれば、今後どんな転生者を担当することになっても、これ以上悪いことはない。そう考えれば、いまの苦労も必ず報われるわ』
ルーデンスはメリウスさんを励まそうという体裁で俺をぼろくそにいう。俺に聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか。ああ、心が溶けていく。
「はい。駄馬を乗りこなすのも騎手の務め。その通りです。いまが最悪。これ以上はない。はい。大丈夫です。この変態をうまく使いこなすのも天使の務め。はい。大丈夫です」
「変態を使いこなすは天使の務め」
「変態を使いこなすは天使の務め」
「変態を使いこなすは天使の務め」
「変態を使いこなすは天使の務め」
「変態を使いこなすは天使の務め」
「変態を使いこなすは天使の務め」
………
…。
メリウスさんは同じ言葉を繰り返す。そんな言葉、初めて聞いたぞ。
『そう。そういうことよ』
どういうことよ?
それでメリウスさんの心が安定するならいいけどさ。いまは俺の寛容な心で受けとめるけどさ。その心はどんどん溶けてますからね。もう諦めという、やさしさしか残ってませんけどね。
『そして、こんな変態でも、あなたの傑作の理解者なのよ。この報告書を読んでみて、いまは不条理で胸が痛むと思うけど。この間、変態があなたに助けられてどれだけ助かったか、あなたの傑作がどれだけ優れているかまとめてあるわ。この変態が書いたと思うと、とても読んでいられないかもしれない。でも壊れかけのオモチャが、がんばって書いたと思って読んでほしいの。そしたらこの変態を見る目が変わるかもしれない。少し優しくできるかもしれない。メリウスも地上に降り立ったときは、こんな男でも天使として守ってやろうと思ってたのでしょう。もう一度その時の自分を思い出しほしいの』
メリウスさんの業績報告書はすぐ届いた。レッキーさん2号は、メリウスさんの呪詛を聞いて本当に驚いたのだと思う。追い込みすぎだよな、あれは。そして、こんなにぼろくそに言われてがまんしている俺は、偉いよな。心が溶けても一応やさしさが残ってたんだからな。
「はい。壊れたオモチャなりに、私の傑作をどう理解したか、目を通してみます。私も、いっぱしの天使です。ちょっと落ち込んだだけで、滅びの言葉を唱えようとしたのはやり過ぎでした。最悪の変態を上手に使いこなして、必ず天界に帰ってみせます」
『そう。それができたら、どんな天使よりもすごいんじゃないかしら。普通ではできない経験ではあるのよ。きっと』
「はい。ありがとうございます。ルーデンスさん。これからも頼りにさせてもらっていいですか?」
『同じ男に苦しめられている者同士、協力しないとやっていけないわ。もちろんよ』
なんだかなと思う。この天使様がチョロいのか、ルーデンスが的確なのか。ルーデンスのコミュニケーションスキルを分けてもらいたいくらいだ。でも、たぶん最善の形で業績報告書を渡してもらえた。これで多少は俺の扱いが変わればいいのだけれど。こんなんで心の扉が開くとは思えないけど、信頼を得るための第一歩にはなるかもしれない。
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「さあ、忘れ物はないですか?といっても家丸ごと持っていくので忘れようがないんですけど。でも、家の中に置いておくと家を出すスペースがないところでは取り出せませんからね」
こう言うと、ライムさんがおはじきセットを持ってきた。結構、気に入っているようだ。夜はアトさんと楽しく遊んでいる。勝敗は五分五分らしい。
家といっても1DKの小さなあばら屋だ。トイレが汲み取り式なので地面を丸ごと回収する。余裕をみて7mx7mの地面を切り離すように掘っていく。深さ3mのところで水平に抜き取って地面と切り離す。これでボットン便所も一緒に運べる。トイレの中には新しい家族であるトイレ用スライムがいる。アイテムボックスの中はかわいそうだけど、へたに持って歩いてなくす方がかわいそうなのでトイレごと運ぶことにします。
「では出発です!で、どっちに向かったらいいですか?アトさんよろしくお願いします」
「うむ。道案内は任せるのだ。山の上は寒いからの。覚悟しておくのだぞ」
え?防寒具なんて用意してないよ?ペラペラの毛布と枕だけだよ。
昨夜は女性陣が寝室を使って5人で寝ていた。籾殻を袋に詰めて枕を作ったのだ。数は四つ、俺の分はなかった。ネルさんに貸したのだ。だけど、旅行から帰ったら枕も持って帰るというのだ。だから俺の枕はない。もちろん毛布もない。
「寒いんですか?聞いてませんよ。どうします?みんな凍えちゃいますよ。少なくとも僕は確実に凍えます」
『…しかたないわね。途中で調達しましょう。きっと何かあるわよ。なくてもかまどの前で寝てるんだから大丈夫でしょう。むしろ私たちよね』
「身体もちが4人もいれば大丈夫ですよ。人の身体は温かいんです。集まって寝れば大丈夫です。焼いた石でも懐に入れれば、さらに温かいです」
『それなら、あなたも石を抱いて寝ればいいじゃない』
「その熱が逃げないように毛布がいるんです。熱源と保温。両方いるんです」
『なるほど。きっと何かあるわよ。なければ、毛皮をかぶってなさい。さぁ出発よ!アト、どっちに行けばいいの?』
「うむ。こっちなのだ!」
ルーデンスが仕切って出発だ。俺は5人の後ろをとぼとぼと付いていく。くれぐれも安全第一でお願いします。