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創業71 伝統の復活

 伝統も特産品も育てるものです。起源よりいまが大事なのです。


◇ーーーー◇


「おじさん、がんばります!カーラちゃんもいろいろ作ってみてね。自分の作品が売れたお金で服が買えたら、もらうよりもっと嬉しいと思うよ。今日はネルさんが来てるから勉強させてもらうといいよ。……って、青空教室サボっちゃダメでしょ。早く戻って戻って!」


 カーラちゃんとバーサちゃんを教室に追い返すとルーデンスがため息をついた。


『私たちとはずいぶん違わない?人の子の方が甘いのね』


「それは指導責任がないからですよ。家族に甘やかされて、外で苦労するのは本人ですからね」


『そうかしら?あなたはお金がないとしか言わないけど?』


「お金がないのはまぎれもない事実です!」


『そこで胸を張らない!』


 でも事実です。


「ところで出発前にやることたくさんありません?薪割りに水汲み、食料調達。食料はアトさんたちが解体を始めてくれてますけど、魚や野菜類、木の実、キノコ類、バランスよく食べないと健康によくないですからね。魚や胡桃を調達するなら明るい内にやらないと危なくないですか?ネルさんもいるわけだし。ルーさんにとっては警護対象が増えましたから」


『確かにそうね。山頂でごはんがないなんて悲劇よね。ちょっとやること書き出しなさいよ。優先順位をつけるわ』


 言い出しっぺが書き出しなさいよ。


「………。とりあえず、明るい内に木の実類の採集と魚拾いを片付けてしまいましょう。魚拾いはアトさんも声かけた方がいいかな。前回楽しそうにしてたし。薪割り、胡桃割りは夜でも大丈夫です。枕作るための籾殻はどうしようかな。ハーグさんに相談ですね。メリウスさんの服の煮沸消毒は夜でも大丈夫。家の掘り起こしと、獲物の解体も暗くても大丈夫です。天日干しは明るくないとダメなので……」


『わかったわ最初は山菜採集ね。私はアトたちに声をかけてくるわ』


「じゃ、僕はネルさんを拾って、ハーグさんに籾殻だけ相談しちゃいます」


 いま出たばかりのハーグさん宅に引き返す。モイラさんたちとの話し合いはニーナさんの激辛料理の試食会になっていた。火鍋をつついて口から火を吹いている。


「お、火鍋ですか。僕、激辛選手権を開いたら面白いと思うんですよ。集落と村で対抗戦をやれば、一気に距離が縮まりませんかね。村興しにしてもいいと思うんですよね。焔酒もありますし、ぱっと始めて歴史を作ってしまえばオリジナルは我々だと言い張れます」


「いいじゃないか!採用だよ。歴史か……。そういえば父ちゃんたちは若い頃、二人で辛い酒飲んで、どちらが強いか飲み比べしてたね?何年前のことだったかね?」


 モイラさんがネイトさんに話を振る。


「おお?……おぉ。じゅ、……20年前だ…。」


 ネイトさんは何かを察して記憶を改ざんした。ハーグさんも空気を読んでこくこくうなずいている。ニーナさんと農家さんは口があいたままだ。


「よし!20年ぶりに伝統ある激辛選手権を復活させようじゃないか。20年ぶりだからルールや料理を変えよう。辛い酒だけじゃなく、辛い鍋もやる。そうすれば幅広く参加者を募れるからね。これは20年の歴史ある大会の復活だ。まずは我々で既成事実を作って、火鍋や農産品を売り込む準備ができたら村の外からも人を集める。いいね。必ず成功させるよ!」


 こうして歴史はねつ造された。


「それで?あんたはどっちで出るんだい?」


「僕は……辛いもの苦手なんです…」


「どっちで出るんだい?」


 モイラさんは許してくれない。


「集落側でお願いします。人数差がありますから…」


「そうかい…。それなら決勝は同じ組み合わせになりそうだね。がんばりな!」


 こうして公式キープ戦は激辛選手権の焔酒部門になりました。定期開催が決まり逃げられなくなりました。酒場の親父さんはきっとほぞをかむだろう。公式キープ戦の主催者権限はモイラさんに召し上げられた。俺には親父さんを助ける術も、自分が逃げる術もない。


 集落と村で一緒に共同事業をやることになったら話しは早い。集落の共同作業を村が一部手伝う方向で取り決めていく。水路やため池の補修などを手伝う中で、休耕地を使いたいと引っ越してくる農家を募ろうということになった。本来はモイラさんが勝手に決めることじゃないと思うが、激辛選手権に必要な投資ということにするらしい。激辛選手権で使うハバネロを大量に栽培するのだ。


 実はモイラさんのお供で来ていた農家さんが結構偉い人だった。モイラさんが村の商工業者の顔役で、お供の農家さんが農家の顔役らしい。そして奥さんが女将さんネットワークに取り込まれているのだそうだ。モイラさんは着々と手を打っていたのだ。そして既成事実も作ってしまう。農家にとっては農産品に付加価値がついて高く売れれば文句はない。村での農地拡大もそろそろ限界が見えているが、集落の土地を使えるなら悪くない。一度、整備された耕作放棄地を耕すだけなら開墾するよりもずっと楽なのだ。


「あ、ネルさんと山菜採りに行こうと思ってたんです。それとハーグさん。籾殻って余ってませんか?そしてお肉と毛皮のお裾分けがあるんです…」


 話し合いを中断させることになるが、少しだけハーグさんをお借りする。今度はモイラさんが圧力鍋を使った肉料理を披露するそうだ。ニーナさんに圧力鍋の使い方やコツを教えて、激辛料理にも挑戦するそうだ。ネイトさんは汗をだらだら流しながら火鍋を黙々と食べている。お残しは許されないのだ。


 ハーグさんと解体小屋に行くと、ちょうどシカの解体が終わったところだった。


「お?双子か?また女の子が増えたのか?」


 ハーグさんがアトさんそっくりのライムさんに驚く。説明は曖昧にして、解体したばかりのお肉をお裾分けして、たまっていたイノシシとシカの毛皮も6枚渡す。


「人が増えて、寝るとこが足りなくなっちゃったんです。とりあえず、毛皮の上に布をかぶせて、そこに寝てもらおうと思うんです。ちゃんと、男女で別の部屋にします。おかげでベッドは足りないんですけど、せめて枕くらいあった方がいいと思って籾殻がほしいんです…」


「贅沢な、悩みだな…」


 ハーグさんは実態がわかってない。


「本当に指一本触れてません。触れたら跳び蹴りくらうんですよ。まったく贅沢じゃないですからね。完全監視生活ですからね」


「本当か…。それは大変だな…」


 これが実態なのだ。悲しいかな現実なのだ。


「毛皮は頂こう。お前さんたちが発ってからなめした毛皮があるんだ。そこから布団代わりになるものを選んでくれ。お代はこの肉でいいぞ。籾殻はこっちだ」


 肥料か家畜の餌にするためにためてあった籾殻をわけてくれるという。


「使い道があるんですよね。もらっちゃって大丈夫ですか?」


「ああ、お代は肉でいいぞ」


「それと、寝る場所がないなら、これを貸してやろう。急に人が増えたときに便利なんだ」


 工房でも借りたハンモック式のベッドだった。フレームを分解できる自立式ハンモックというのが正しいのかもしれない。ハンモックをたためば小さくなる。


「これなら僕にも作れるかもしれません。あ、だめか。丈夫な生地が必要です」


 う~ん。あんまり借りるのはよくない。


「でも、大丈夫です。このリュックサックずっと借りっぱなしです。これ以上、返すあてがないもの借りるとよくないと思うんです。僕はイスを並べれば寝られるので、僕自身は困ってないんです。使う人たちに考えてもらいましょう」


『何を言ってるの?借りなさいよ。貸してくれるって言ってるのよ』


 ルーデンスが圧をかけてくる。


「そうなんです!なんでもかんでもハーグさんに頼りすぎるのはよくないです。もらい癖がついちゃいますからね。今回は、お肉で払える分だけで十分です。自分たちでなんとかしてみます」


『借りなさいよ。どのみちあなたが何とかすることになるよ!』


 今回は、俺は折れなかった。幽霊様の言葉は無視だ。自分の寝床くらい自分で確保してもらおう。そのくらい考えてもらおう。メリウスさんの服選びをみて固く決心したのだ。大事なお金を全部使いおって。枕の布代で一着諦めたなんて知るか。寝床がなくて困ればいい。


「そうか…。そういえば貸しっぱなしだったな。いつか返してくれたらいいからな」


 ハーグさんはこう言ってリュックを無期限で貸してくれた。実にありがたい話だ。


 改めて寝床に使う毛皮を選ぶ。傷がついてたり、毛がはげたりしている4枚を選ばせてもらった。シーツを洗濯すれば毛皮に虫がいても遮断できるはずだ。毛皮もこまめに干して虫が湧かないようにしようと思う。クッション性がなくて身体が痛かったら、藁でも敷いて毛皮を乗せてシーツでくるもう。でも藁がくずれて掃除が大変だと思うんだよな。布団ほしいな…。


ー◇ーーーー


「ハバネロの天日干しはよし!もうハーグさんたちに渡す物はないと思うんだけどな…。圧力鍋、弁償の服、毛皮、おはじき…。よし、残りは思い出したらにしましょう。それでは食べ物とりに行きましょう!旅行中、ごはんがおいしくなるかどうかは、すべてこれにかかっています!」


「おぉー」

「お~」


 アトさんとライムさんは応えてくれた。


「最初は胡桃拾いです。同時にキノコや山菜、キャベツっぽい葉っぱとか拾って下さい。食べられるかどうか迷ったらルーさんに聞いて下さい。では散開!」


 アトさんたちには枕にする袋を渡してある。みんなのカバンも必要なのだ。アトさんはいつもどうやって通学してたんだろう。ボールペンとレポート用紙をそのまま持ってたのかな。ノアくんに運ばせてたとか…。


「ネルさん!ノアくんのごはんどうするんですか?ロニーくんと二人でおいてきちゃいましたよ。しかも、モイラさんたち、この後、領都に向かうんですよね?」


「あぁ。大丈夫だよ。ノアは私よりしっかりしてるし。ごはんは食堂で食べるんじゃないかな。友達の家にお世話になるかもしれないかな」


 おぉ。信頼されてるんだね。ノアくんしっかりしてるからね…。


「そういえば、来年から同級生と領都の学校に通うって言ってましたね。小さいのに偉いですよね…」


「え?そうなの?初めて聞いた……。え?工房どうするの?ノアが継ぐはずなんだけど…。え?私?」


 ノアくんが学校に通うなら、ネルさんが工房を継ぐことになるらしい。なんでだろう?


「工房は職人じゃなくても、商人が継いでもいいんじゃないですか?モイラさんは職人というより商人気質ですよ」


「母さんは、父さんが親方やってるからいいんだよ。親方がいないと職人がついてこないんだよ。だから職人が継がないと工房は回らないんだよ…」


「職人ならネルさんがいるから大丈夫ですよ。経営はモイラさん、技術はネイトさん。この組み合わせと同じですよ。経営はノアくん、技術はネルさんで、どっちが継いでも大丈夫じゃないですか」


 ネルさんが「う~ん…。」と唸っている。


「さっ、僕たちもがんばって拾いましょう。ルーさん、指示をお願いします!できれば蜂蜜も探してあげて下さい。ライムさんに教えるのは見つけてからで大丈夫です!」


『はいはい。それじゃ、行くわよ。話しの続きは歩きながらにして下さい』


 ルーデンスの指示に従って、山の幸を拾っていく。特に胡桃を優先させた。これは洗って乾かす必要があるためだ。夜にハーグさんにノミを借りて胡桃を割るので、それまでに乾かしておく必要がある。胡桃を乾している間に魚を拾おうと思う。


 メリウスさんも一緒に山の幸を拾う。というかルーデンスはほぼ付きっきりでメリウスさんにどれが食べられるか、何の役に立つか、植物の見分け方を教えている。びっくりするくらい、なんにも知らないらしい。山の幸は神々の興味対象ではなかったようだ。俺も言われるがまま拾うだけなので五十歩百歩なのだが、天使がこんなに無知でいいのかと思う。


 1万年以上、地上を観察していたのではないのかと問いたくなる。天使なのにまったく役に立たないんだから……といったら俺に返ってきそうなので謙虚に振る舞う。そうだ。天使が山菜採りして生活を支えるって、それだけでもありがたいと思わないといけないな。


「……。やっぱり特訓しなきゃ。甘やかしたらダメだ…。」


 ネルさんがぽつりと呟いた。誰を?と聞くのはやめといた。本能が聞いちゃダメだといっていた。


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