創業51 締め付けられて喜ぶのはキープくんだけだからね
時と場合による。それって気分次第ですよね。
◇ーーーー◇
『それじゃ、私は食堂のアトを見てくるから、そこの意固地になってるのを見守ってあげて。森に向かって走り出したら、全身を縛って拘束してしまってもいいから。よろしくお願いね』
俺が褒めてよストライキで黙っていると、ルーデンスがライムさんに要らん指示を出していった。
「ん~。じゃあ、ぐるぐるにしとくね~」
泣いて逃げ出す前に予防策としてスライムな腕でぐるぐるにされている。ぐってやって堅くしたのか、しっかりホールドされて動けない。これは襲われているんじゃないのかな。あとはゆっくり溶かして食べられちゃうんじゃないのかな。
「ライムさん。これいつまでやります?」
「ん~。飽きるまで~?」
「楽しいですか?」
「ん~。つまんないね~」
「もう、飽きたんじゃないですか?」
「ん~。ちょっと楽しいかも~」
どっちなの。ネルさんたちが帰ってきて、こんな姿を見られたら襲われてるって勘違いする。そしたら危険生物に認定されてしまう。せっかく見た目を取り繕ってきたのに台無しだ。
「ねぇ。なに遊んでるの?ついにスライムと心を通わせて、エッチなことさせてるの?」
ネルさんが帰ってきた。よかった。お願い助けて。
「ネルさん。それは誤解です。この状態がエッチに見えます?簀巻きにされてるんですよ。むしろ襲われてると心配してくださいよ」
「ホントかな?……。でも、わざわざスライムをかわいい女の子に変装させて、何をしようとしてたのさ」
あ、その視点は欠けていた。そっか、本当の変態はスライムとまぐわるために女装させるのか。
「そんな発想ありません!誤解です。ライムさんが人間社会でも生きていけるようにヒト型になってもらってたんです。無駄にかわいくしたのはルーさんです。僕じゃないです!」
「ん~。無駄か~。せっかくかわいく、がんばったのに。無駄か~」
「あがぁががが…。ちょっとなんで締めてるの?死んじゃいますよ!人の身体はもろく壊れやすいんですよ!」
ライムさんが力を行使してくる。おかしくない?さっきまで、のんびり屋の天然娘だったじゃん。
「ライムちゃんていうの。私はネル。この工房で職人してます。よろしくね」
ネルさんが、あっさりとライムさんを受け入れた。あれ?なんで?大きなスライムだ、大変だ、とならないのか。長く秘伝くんを育ててきたからなのか、普通に接している。
「ん~。よろしく~。さっき名前が付いたんだ~」
「ライムさんに驚かないでもらえて、とってもありがたいです。そして、この拘束を解くのを手伝ってもらえると、もっとありがたいです」
ネルさんの目つきが怖くなる。キッと簀巻きになった俺を見てくる。
「ねぇ。私、君にスキルをむやみに使わないでっていったよね?これ神様にもらったスキルのせいなんだよね?」
それは、そうなんだけど。
「今回は、僕も狙ってライムさんをヒト型にしたわけじゃないです。ヒト型にはなってもらったんですけど。スキル使うぞーと思ってたわけじゃないです」
そもそも、アトさんの時もスキル使うぞと思ってたわけじゃない。
「品種改良しながら、おしゃべりできたらといいなと思って声をかけてただけです。それ以上でも以下でもないです。僕はバッタにも声かけしてたじゃないですか。それと一緒です」
「ふむふむ。つまり話しかけたら、こうなると?それなら、もう話しかけちゃダメじゃん」
「いやいや、それじゃ。僕がこの世界に来た意味がないですよ。おしゃべりは続けます。これは譲れません!」
「ふむ。反省してないね…。実に残念だよ。ライムちゃん締めちゃって!」
なんて命令してるの!?
「あんがぁぁぁあ…。冗談きついですって。冗談じゃなくきついですって」
ライムさんも楽しそうに命令を実行する。
「ん~。ちょっと楽しいかも~」
「どうしてくれるんですか。ライムさんが変な遊びを覚えちゃいましたよ」
ネルさんのせいだ。実に教育に悪い。
「ふむ。確かに…。ごめん。ライムちゃん。他の人にはやっちゃダメだよ。締め付けられて喜ぶのはキープくんだけだからね」
「喜んでません!変なこと教えないでください!」
「ん~。りょうか~い。君は喜んでたんだね~。嬉しいならがんばっちゃうよ~」
「全然、喜んでません!やめてください!ネルさん。どんどんおかしな方にいってます。ネルさんが誘導してるんですよ!」
このままじゃ、本当に変態だと既成事実ができてしまう。
「ふむ。この期に及んで私のせいするのだね。ライムちゃんやっておしまい!」
なにそれ、スケさんカクさんじゃないんだから。
「あんがぁぁ…。すいません。反省しました。気を付けます。これからは気を付けます」
「でも、本当に下心なんてないんです。ライムさんには、中毒性があるやばい草を食べ尽くしてほしいんです。ライムさんがやらなくてもいいんです。スライムたちにお願いして、この世から、やばいお薬を根絶するんです。これがルーさんの願いで、賢いバッタを探してたじゃないですか。ライムさんたちが協力してくれれば、スライム津波でやばい草を根絶できるんです」
「ホント?そんなこと考えてたの?…ごめん。下心しか考えられなかったよ」
それはネルさんに下心があるからじゃないの?といいたい。
「ごめん…。やりすぎちゃったね…。ライムちゃん。ごめん、拘束を解いてあげて」
「ん~。そんなの初めて聞いた~」
そんなことない。こっくりさんする前に、ルーデンスとこの子に頼もうと合意したのだ。
「ふむ。やっぱり、いま咄嗟に考えたんじゃないの?怒られたくないから、こんなこと言ってるんじゃないの?」
「本当ですって。ルーさんに確認してください。もし嘘だったらすぐバレるんですよ。そんな嘘つきませんよ」
「なるほど。確かにそうか…。やっぱり、疑ってごめん!」
ようやく拘束をといてくれた。まったく信用がないんだな、俺は。なんでかな。結構、真摯に、まじめに、誠実にがんばってると思うんだけどな…。
「それで、ライムちゃんは草食なの?」
ネルさんがライムさんに尋ねる。俺はようやく自由になって、身体に異常がないか確かめる。よし、肩は異常なし。腰は…ちょっと痛い。ずっと海老反りだったからな。
「ん~。おいしくないから嫌いだな~」
え?そうなの?スライムは何でも食べるんじゃないの?お尻ふきだって食べてくれるんでしょ?
「やっぱり、嘘だった!」
「ネルさん、落ち着いて。僕だって野菜嫌いは初めて聞いたんですよ。困ったな…。野菜嫌いの克服から始めないといけないのか…」
スライム津波でのやばい草根絶は思ってた以上に難しいのかもしれない。どうしようかな…。
「あ、でもスライム津波をお願いするとして、他の農作物を食べてもらったら困るんです。野菜好きだと、やばい草の駆除と同時に飢饉まっしぐらです。だから野菜嫌いでいいんですよ。やばい草だけ食べてほしいんです」
よしよし。あとはどうやって野菜嫌いを克服せずにやばい草だけ好きになってもらうかだな。
「…ずいぶん、行き当たりばったりだね。大丈夫?ルーデンスにばっかり苦労させちゃだめだよ」
行き当たりばったりは否定できない。一応、ネルさんは納得してくれた。よかった。だけど、やばい草対策はルーデンスは俺に命令してるだけで、あんまり貢献してくれてないんだよな。こんなこと言ったら怒られるんだけど。
「一歩一歩進んではいるんです。できることからやるんです。ライムさんと話ができるようになったので、一緒に考えてもらおうと思います」
「ふーん。そうやって、いろんな人を巻き込んでいくんだ。…乙女心は複雑なのだぞ。もっとキープ主を敬いなさい!」
「うやまえ~。うやまえ~」
ネルさんもライムさんもこれ以上、何を望むの…。さっきまで簀巻きにして絞ってた相手にいう言葉なの?
「不用意に誤解を招く行いを重ね、大変申し訳ありませんでした。これからも、みなさんの思いに応えていけるよう精進しますので、よろしくお願い致します」
「よろしい!」
「よろし~!」
全然よろしくない。
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「ライムさんにガラスで目玉を作ってもらえませんか。いまは白っぽい石の球をはめてもらってるんですけど、やっぱり黒眼があった方がいいと思うんです」
ライムさんを見たネルさんが驚かなかったことにびっくりだった。おかげでライムさんの社会参加は順調に進み始めた。
「うん。いいよ。白目と黒目でいいの?白目も黒目も色を変えていいんだよ」
へぇー。そうなんだ。さすが人種が多様な世界だな。それなら何色がいいんだろう。白目が黒いと魔族って感じになる。ライムさんは肌が薄ピンクだから虹彩は濃ピンクがいいのかな。
「ルーさんが、めちゃくちゃこだわるので、ルーさんに聞いた方がいいかもしれませんね」
「そうだね…。でも早く作らないと、みんなに紹介できないよ。おはじきの色見本で試してみようか」
花崗岩の白目におはじきの黒目を合わせて試していく。俺は白目に茶色の黒目がいいと思った。
二人が選んだのは白い白目に赤の黒目だった。ちょっと変わった人に思えるけどいいのかな。虹彩の縁と黒目の中心は黒くするのだそうだ。強い色の方が目力があっていいのだそうです。
「それじゃ、ちゃっと作っちゃうから待っててね」
ネルさんはこう言って色見本と一緒に工房に駆けていった。本当にちゃちゃっと作ってしまうのだろうか。それなら義眼屋さんができそうだ。
解体スペースの横でライムさんと二人でネルさんを待つ。ライムさんがぷぷぷとしゃべるようになってからここまで、かなり多くのことを実現したと思う。手足の使い方を覚えて、肌の色を調整して、服を買って、八本脚走法を身に付けた。俺はトレーニング箸を作って、鉄鏡の撥水コートにも成功した。この間、約5時間。この解体スペースは精神と時の部屋なのではないかと思うくらいの仕事量だ。うん。誰かに褒めてもらいたい。モイラさんたちも帰ってきてるはずなので女将さん会合の結果を聞きたい。
「ライムさん。ちょっといいですか?」
「な~に~?」
「さっき縛られながら、お願いごとをしゃべっちゃいましたけど。改めてお願いできませんか。取引みたいで嫌なんですけど。トイレ大脱走に協力するので、やばい草の根絶を手伝ってほしいんです。どっちも世界各地のトイレを巡って、いろんなスライムと協力しないと実現できないことなんです。お願いできますか?」
「ん~。時と場合と相手によるな~。だから、いいよ~」
「なぜいいんですか?お願いしたタイミングですか?この解体スペースでお願いしたから?僕がお願いしたから?」
こんなお願いよく聞いてくれるな。時と場合と相手、どれが有効打だったのか。
「ん~。なんでだろ~ね~。断った方がよかった~?」
「いえいえ、そんなことないです。とてもありがたいです。嬉しくて、つい確認しちゃいました。あとでルーさんと一緒にちゃんとお願いします」
このゆっくり天然娘は何も考えてないようで実に懐深かった。感謝せねば。
「ところで、スライム同士はどうやってコミュニケーションしてるんですか?ライムさんに他のスライムへのお願いをしてもらおうと思ってるんです」
「ん~。ぴとってやるの。それで伝わるよ~」
ライムさんが指の先を触手のように伸ばす。物理的に接触して会話をするらしい。それだと遠くの相手に呼びかけられない。糸電話みたいにつながる必要がある。
「せっかくだから見せてもらってもいいですか。うちに越してくる予定のトイレ用のスライムくんがいるんです。トイレに閉じ込めるのは悪いので意向を確認したいです」
いまはガラス瓶に閉じ込めているトイレ用スライムを持ってくる。そうだ。今日のごはんをあげないといけないんだ。ライムさんに何が食べたいのか聞いてもらおう。虫も内臓もおいしそうに食べてたけど、やっぱり内臓の方が好きなのかな。
「このスライムくんの意向と好きな食べ物を聞いてもらっていいですか?」
「ん~。りょ~か~い」
ライムさんの指がにゅ~っとのびて、トイレくんに接続する。
「ん~。はやく帰りたいって~」
「え?トイレの中がいいってことですか?」
「ん~。そ~なるね~」
「好きは食べ物は?」
「ん~。いわなきゃだめ~?」
「申し訳ないです。大丈夫です」
困ったな。ここで自分のうんちを出すのは簡単なんだけど…。
「ちょっと待っててくださいね。今日のごはんあげてきます」
トイレ用スライムに指を突っ込んで直接うんちを注入する。確かにおいしそうにしている。これが一番おいしいと喜んでいるときの反応なのか。この子はトイレの中がいいのかと思うと少し複雑な気持ちになる。外の世界を知ってほしいと思いつつ、このままトイレで活躍してほしいとも思う。親心は複雑だ。