創業49 トレーニング箸
カタツムリやナメクジが這った跡はテラテラした跡が残ります。乾燥すると白くなるそうです。
◇ーーーー◇
「今夜もお肉パーティーだからの。モイラ殿が帰ってきたら、渡しておいてくれの」
アトさんが着替えて食堂のアルバイトに向かった。シカのブロック肉を担いで駆けていく。すぐ踵を返して戻ってきた。
「わしは食堂で働いておるのだ。ライムが良ければ、わしからお願いしてみるぞ?」
アトさんは一緒に働こうとライムさんを誘ってくれた。一旦、保留にしてもらった。もう少し見た目を取り繕う必要がある。ガラスの目玉を入れるならネルさんにお願いしないといけない。女将さん会合はまだ終わらないらしい。午後一からやってるから結構長いな。紛糾してるのかな。お酒を誤魔化すグラデーショングラスはうまくいったのだろうか。
せっかくだから会合でいろいろ試してほしくて、いろいろ渡したのだ。ハバネロの加工品に鉄鏡、おはじき、これにホルダさんのアイデアグッズもある。それぞれを試して、食品会社になるためのメニュー開発もしてるなら 半日あっても足りないか…。
「おいしい~ね~。おいしい~ね~」
ライムさんは夢中でシカの内臓を食べている。運動着が血まみれになるのがいやで服は脱いでもらった。テーブルマナーと言いましたが、それ以上に洗濯したくなかったのです。ヒト型のスライムが生の内臓をむしゃむしゃしている姿は見てらんないので、トレーニング箸を作ることにしました。
適当な木を切り出して削って、お箸の先を作る。お箸の頭、上端ではなく、握る部分に二本をとめる支点を作る。人差し指で動かす方の箸が支点を中心にシーソーのように動く。支点は凹に凸をはめる簡単な構造だ。そのため、いつでも二つに分けて使える。支点の凹と凸はアイテムボックスで加工したけど、箸先や指になじませるための凸凹は自分で削り出したのだ。スキルに頼らなくても、このくらいの工作はできるんだと確認する。
『お箸を作ってるの?おもちゃも作ってたし工作が好きなのね』
「ただのお箸じゃないんですよ。トレーニング箸です。ここが支点になって、お箸を開閉する動きを誘導するんです。初心者が覚えるのにいいんですよ。しかも支点は握れば見えない。だから、お箸が下手だってバレないんです。どうです?賢いでしょ」
さも自分で発明したかのように自慢する。この世界で最初にトレーニング箸を作ったはずだ。
「そんな子供用の箸を作って自慢されてもね。まぁ、器用に作ったのは褒めてあげなくもないけれど…」
トレーニング箸は既にあったらしい。転生者が持ち込んだのかな。そっか、転生者はみんな同じようなこと考えるのか。自慢して損した。確かに、トレーニング箸は簡単に作れちゃうからな。ということは、皮むき器やスライサーは既にあるかもしれない。街で作って売ってるなら、ケトル村で作っても勝ち目がないか。アイデア自慢して天狗になってたけど、悪いことしちゃったな。たくさん作って持っていって、既にお店に並んでたら目も当てられない。丁寧に調べないとダメだな。この村の人が知らないだけということもあり得るのだ。
トレーニング箸は作ったものの、表面は普通の木だ。水分を吸わないようにコーティングしないと。漆を探せばいいのかな。あれ何回も塗って乾かして、塗って乾かしてと繰り返すんだよな。やだな。面倒くさい。生木のお箸もあるから、このままでいいか。痛んだらまた作ればいいし。それに使うのはライムさんがお箸の使い方覚えるまでの短い期間だからな。
「ライムさん。お箸作ったんで試してください。手づかみで食べると行儀悪いって怒られますからね。お箸にチャレンジしましょう」
生の内臓を食べてるのは変わらないけど、少しは上品に見えるでしょう。
さっそく試した。ライムさんは上手に開閉してる。お箸は正しく持てている。内臓をつまむ。あ、落とした。
「ん~。つかめないよ~。つるつる滑るよ~。ダメ。無理だね~」
「ちょっと待ってください。滑り止め作りますから」
箸先に溝を切っていく。う~ん。滑り止めは構造だけじゃなくて、表面処理もほしいな。撥水処理すれば、水を弾くので滑りにくくなるはずだ。いや、内臓の脂で滑るのかな。どうなんだろう…。
ライムさんを見てみると手づかみで食べてむしゃむしゃ咀嚼している。咀嚼してる?歯なんて生えたのか?
「ライムさん。いーってしてみてください」
「い~~。これでいいの?」
歯っぽい何かがある。
「歯が生えたんですか?」
「あ~、これ?君のまねだよ~。触る?」
あ、硬い。どうなってるんだろう。
「こんなことできるんですか?」
「できたね~」
「どうやったんですか?」
「ん~。がんばった~」
「どう、がんばったんですか?」
「ん~。ぐって」
「ぐっ、ですか?」
「そ~。もう食べていい?」
ライムさんがすごく面倒くさそうにする。早く食事に戻りたいという。
「もうちょっとだけ…。もしかして身体の硬さとか、表面の質感とか変えられます?」
「ん~。がんばれば~?」
「もしかして、服を着ても服が濡れないようにがんばりました?」
「ん~。そうだったかも~」
そうだったかもって、ついさっきのことだよ。う~ん。話が進まない。
「もしかして、ワンピースの方に何かしました?水を吸わないようにしたとか」
「ん~。そうだね~。がんばったよ?」
ん?したの?しなかったの?どっち?
ライムさんは説明する気がないんじゃないか?そもそも水分メインの身体に撥水コートってどうやるんだって話しだ。ワンピースの方にも撥水加工して、水分がしみ出さないようにしてるはずだ。
でも、それだと歩くたびに一歩一歩、足の裏から地面に撥水コートしてるの?それだと水分の代わりに撥水コートの成分がしみ出してるのと一緒だ。水分だろうが撥水成分だろうが、どんどん体外に出ていくって大変だぞ。血を流しながら歩いているようなものだ。
「もしかして…。ライムさん。足の裏見せてください」
やっぱり。足の裏はスライムな肌に覆われてなかった。義足で着地している。ということは、座るときはお尻、寝るときは背中など、他のものと接触する部分はできるだけ減らした方がいいのか。一度、着た服なら撥水コートがされるだろうから安心だ。つまり、できるだけ露出の少ない服を選ぶべきだった。う~ん。失敗した。ワンピースは袖なしを選んじゃった。できるだけ安くなるよう、生地を節約しちゃった。ホントは長袖のロングスカートがよかったのか。
まぁいいか。走るときは義足で着地する訳だし、座るときは服を着てもらおう。寝るときは義手を外したらいいんじゃないかな。というかパジャマ買わなきゃ。……アトさんが着てるのはどうしたんだっけ?買った覚えなんてない。ネルさんにお古もらったのかな。うーん。お礼しなきゃ。そして今回もご厚意に甘えたい…。
『で?ライムの足の裏に何が付いてたの?』
「何も付いてなかったです。…スライムって自分の身体を維持するのも大変なんじゃないかと思います。だって、どんどん身体が地面にしみ込んじゃうんですよ。それを防ぐための成分を、そこら辺に塗りたくらないと水分がじわじわ失われる。なんだか地上で生きるのに向いてないですよ」
「ん~。そうだね~。あんまり動きたくないよね~。しみちゃうからね~」
それじゃ大脱走できなくない?
「ライムさん。まじめに脱走計画考えてます?」
「ん~。そうだね~。みんながんばってほしいよね~。もう食べるね~」
始祖様しっかりしてよ…。どうしようかな。いろんなスライムに脱走用の義足を作ってあげるの?そんなの無理だよ。そもそも、俺は脱走してほしい訳でもないんだよな…。
「このお箸に水がしみ込まないようにがんばれます?」
「ん~。はい。これでお終いね~」
トレーニング箸をスライムの身体の中に取り込んで、ぺっと出した。お~。水を弾く。ライムさんはがんばった。この箸で内臓を食べてほしいところだけど、いまはいいか。また今度がんばってもらおう。
シカの内臓をおいしそうにむしゃむしゃするライムさんを横においてルーデンスに相談する。
「ルーさん。スライムたちがトイレから脱走するには、身体が地面にしみ込まないための足が要ると思うんです。じゃないと長距離を歩けないと思います。でも義足なんて作れないし、練習する余裕もないです。歩けるようになるまでトイレで練習するくらいだったら、ライムさんが抱えて逃げた方がいいです。ですが、それだとライムさんがこの世のトイレを巡ることになるんです。もっと普通のスライム同士でできる方法じゃないと無理ですね」
『普通のスライム同士ってどういうこと?』
「すいません。えっと…。脱走したスライムが他のスライムに脱走の仕方を教えることができる方法です。これなら、最初の何匹かが脱走に成功したら、どんどん脱走者が増えるじゃないですか。一匹が十匹を逃がしたら、次は十匹が百匹を、その次は百匹が千匹をって」
『…なるほどね。それなら世界中のトイレから解放できるわね。そのためにはトイレから脱出する方法と、脱走した後に他のスライムを救うために長距離を歩く足が必要ね。しかもライムではなく、普通のスライムたちで実行できる方法でないといけないと…』
その通りです。さすがルーデンスは理解が早い。そもそも普通のスライムって何ができるんだろう。
『でも足なんかなくても、スライムはどこにでもいると思うのよね。見つかったらその場で駆除されるんだけど…。うーん。水回りに多いのかしら。スライム津波も水路を通って広がると被害が大きくなるの』
泳ぐのは得意ってことかな。透明な身体は水中では見つかりにくそうだ。水中なら水分補給は簡単だ。それで水から揚がると動きが遅くて、すぐ見つかっちゃうということかな。それなら下水道網が張り巡らされれば、スライムは移動しやすいし、ごはんにも困らないことになる。下水道自体がスライム用のオープンカフェだ。でも下水道ができる前に脱走しないといけないわけで…。
「トイレから水路までをさっと走り抜けられればいいわけです。長距離は水路を泳ぐと。水中ならわざわざ足はいらないか」
『足が必要なら何本も生やせばいいのよ。ライムもシカのまねしてたでしょう』
その通りだな。6本でも、8本でも必要なだけ生やせばいい。ナメクジ歩きよりは速いと思う。さらに陸上を長距離移動しないといけない時は靴を履けばいいのだ。靴といっても、そこら辺の石や葉っぱを接地点にすればいいか。石なら蹄っぽいな。
「なんだかトイレ大脱走計画もどうにかなりそうな気がしてきました。ありがとうございます」
食事を終えたライムさんに脚を何本もはやしてもらう。脚の先っちょは歯のように硬くして、それで石を保持してもらった。蹄の代わりだ。いや、先っちょの硬い部分が蹄で、石は蹄鉄の代わりか。石で地面に接地していれば、地面に体液がしみ込まない。
「おお~。いいね~。ちょっと走ってくるね~」
八本脚が具合がいいらしい。丸い身体から脚だけが出ていると、祟り神みたいだ。もう少しかわいくなってほしい。このままじゃ魔物がでたと問題になる。
というか、工房の裏を跳びだして走っていっちゃったけど大丈夫なのか?………問題になったら考えよう。誰も見てないことを祈ろう。
ー◇ーーーー
「いいね~。楽しかったよ~。いっぱい走ってお腹も空いたな~」
ライムさんはすぐ帰ってきた。たいして走ってないはずだ。ちゃんと帰ってきてくれたこと、八本脚の性能が確認できたことでよしとしよう。
「ごはんはアトさんが帰ってきてからです。そしたら焼きたてのお肉も食べられます」
もう少し人間っぽければ食堂にいけるんだけど。お財布が心許ない。お金を使うところに近づきたくない。
「ん~。お肉か~。堅いんだよな~」
「お肉はやわらかく食べやすく料理するから大丈夫ですよ。それより、見た目をどうにかしましょう。でないと工房の人たちをびっくりさせちゃいますからね。ヒト型に戻ってください。あと顔もかわいくできます?」
「ん~。ほい。こんな感じ?」
ん?これ俺かな?
『絶対に、止めた方がいいわ。実に残念よ。もったいないわ。アトを参考にしなさい』
ルーデンスがここぞとばかりに否定してくる。俺は残念でもったいないですか。前は可もなく不可もなく、整ってる方だといってなかったかな。アトさんを参考にした方がいいに決まってるんだけどさ…。
「ん~。ほい。こんな感じ?」
『いいわ。実にかわいいわね』
顔の形はアトさんそっくりになった。肌の色が違うから印象が変わるけど。
「これじゃ双子扱いされちゃいません?いいのかな。アトさんにとって急に自分と同じ顔の子が増えるんですよ?」
『いいのよ。かわいいんだから。それに鼻の形とか、目尻とか違うでしょ。わからないの?』
そうなんだ。並んでもらわないとわからない。
『やっぱり、ヒラヒラワンピースも欲しいわね。二人で並んで着たら絶対にかわいいわ』
「そんなお金どこにあるんですか…」
『がんばって稼ぎなさいよ!かわいい子にはおしゃれさせろって聞いてなかったの?』
う~ん。厳しいな…。困ったな…。ライムさんのアルバイト先を早く探さなきゃダメだな。
「カーラちゃん用に買った白のワンピースはどうですかね。アトさんがカーラちゃんの服を血まみれにしたので買いましたけど。バーサちゃんに一着、カーラちゃんに二着だと、いろいろ問題あるかもしれないとも思ったんですよね…。とはいえ別の子のをあてがうようで気はひけるんですが…」
そもそもヒラヒラ付きのワンピースはカーラちゃんのオーダーだったのだ。それをライムさんにあげちゃうって、よくないよな。
『そうね…。でも背に腹はかえられないわね。まずは人の子より、うちの子よ。カーラちゃんにはまた買えばいいわ。その方が何度も喜んでもらえるわよ』
「それはいいアイデアですね!せっかく二着渡すなら、二回喜んでもらいましょう。実にいい案です。見直しましたよ。女神様!」
『あなたが稼いでいれば、こんなセコいことで悩まないのよ。その自覚があるのかしら』
………。言い方があるでしょ。もう絶対、褒めない。ルーデンスのことは二度と褒めてやらない。何としてでもルーデンスでお金を稼ぐ方法を考えようと決めた。