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創業47 トイレ崩壊と時間稼ぎ

 考えがまとまらないときは身体を動かす。逃避ではないのです。


◇ーーーー◇


『スライムがトイレから脱走するってこと?……それは大変ね』


 ヒト型になったスライムさんに、これから何がしたいのか聞いてみた。最初の要望はトイレ一族の解放だった。他にはおいしいごはんを食べたい、走ってみたい、が要望としてあがった。


 このままスライムたちに脱走されると大変なので、先送りしてもらいたい。なのでさっそく走り方を教える。速く走るコツよりも、バランスをとることを優先させた。


「そうです、そうです。右足と左手です。そう、そう。交互に。…もう少し力抜いても大丈夫です。そうそう。いい感じ…」


 その場でもも上げをしてもらう。いい感じだ。歩くのもやっとだったのに、すごいペースで上達している。


 たん、たん、たん、たん。


 たん、たん、たん、たん。

 たん、たん、たん、たん。


 だんだん、もも上げのペースを上げていく。


「そうそう。いい感じです。そのまま上半身を前に倒せますか?」


 あ、転んだ。右手を地面について、義手が外れる。


「おしいですね。でもいい感じです」


『いい感じ、じゃないでしょ!どうするのよ。このままじゃ、トイレ崩壊なのよ!』


 うるさいなぁ。トイレ崩壊したら困るからスライムさんの興味を走ることに誘導してるんでしょうが。とりあえず、きれいに走れるようになるまでは、スライム大脱走はおきません。


「じゃあ、もう一回やってみましょう」


「ん~。難しいね~。手も使ってみようかな~」


 スライムさんが四つ足で走ろうとする。二足歩行より多脚の方が安定する。


「いやいや、それだと優雅にならないです。最初は難しくても二本足で走ってみましょう。ヘタに癖が付いたらもったいないですよ。四つ足はいつでもできます」


「ん~。優雅か~。それは大事だね~」


 もう一度もも上げをやってもらう。この間に何か考えないと…。


 トイレで排泄物処理を担うスライムに脱走されたら、人間は自分たちでうんちを処理しないといけなくなる。ボットン便所から汲み取って、肥溜めに集めて堆肥化する。これで寄生虫の卵が、排泄物から堆肥に移って農作物を介して広がっていくことになる。卵を死滅させるならちゃんと排泄物を発酵させて高温にする。数ヶ月置いておかないといけない。とても臭くて大変なのだ。スライムが処理する場合は寄生虫を食べてくれるし、スライムの身体は栄養たっぷりの液肥になる。公衆衛生と農業の両面からスライムは社会に欠かせない存在なのだ。


 でもずっとトイレに閉じ込められるスライムはかわいそうでもある。仲間の解放を望むのは当然だと思う。


 スライムさんの、その場もも上げが安定してきたので身体を少し前傾させて走り出してもらう。おお、いい感じ。


「ルーさん。僕、教えるの天才的にうまくないですか?ちょっと褒めてくださいよ」


『なんで、そんなにのんきなのよ…』


 まぁ、俺は自分で自分の排泄物を処理してきたからね。トイレ用スライムの存在なんて、ルーデンスは教えてくれなかった。自分で自分の排泄物を回収して川に捨てに行く。このやるせなさを多くの人間が経験したらいいのだ。でも川に大量の排泄物が流れ出したら、川を汚染してしまう。


「僕だって考えてますよ。口に出さないだけです」


 考えてはいるのだ。解決策が思いつかないだけだ。う~ん。近代的な下水道が必要だ。ないなら作ればいい。問題は大脱走に下水道や下水処理場の建設が間に合うかどうかだな。大規模な公共工事が必要だ。でも脱走される前に下水道整備なんて、絶対予算が下りない……。


「せっかくだからクラウチングスタートやってみますか。こんな感じで、両手で前傾姿勢を支えるんです。スタートの瞬間が最も前傾なので、どんどん足を回転させて下さい。スピードに乗ったら上半身は背筋を伸ばして、さっきまでみたいに走るんです」


「ん~。よっ」


 べちゃっ。


「あちゃ~、やっちゃった~」


 クラウチングスタートの「セット」で腰を上げたら姿勢をくずして顔から地面に突っ伏してしまった。


「もう一回…。せーのー…」


 べたんっ。


 今度は駆け出す時に足が滑った。あそっか。スタートブロックがないからね。スパイクも履いてないし。とりあえず石材で簡単なスタートブロックを作ってあげる。


「お~。いいね~」


 スライムさんがスタートブロックを踏み込んで確かめる。


「せーのー、よっと……」


 上手に走れた。いい感じ。かなり足が速いんじゃないかな。


「もう走れるようになっちゃいましたね……。時間稼ぎ失敗です」


『あなたが教えたんでしょう!自分は天才とかいいながら!』


 まぁ、その通りなんですけど。そんなに人を責めないで、自分もアイデア出してよ、といいたい。


「とりあえず、人間は困るだろうことを伝えましょう。それに脱走させるといってもどうするつもりなんですかね?トイレを巡って一体一体、救い出すのかな。でも、この世界にトイレってどのくらいあります?」


『…家の数だけあるわよ』


「その数わかります?」


『たくさんよ。とにかくたくさん』


 そのくらいなら俺にもわかるんだけどな…。まぁいいや。


「トイレ一族を救うとしても膨大な数のトイレを巡らないといけない。その間に動物や魔物、人間に襲われたら大変です。だから安全な脱走計画を考えましょう。それに脱走したらトイレ一族は幸せになれるのかも考えないといけません。外の世界は危険がいっぱいですからね。情報と選択の自由を与えて、各自の判断に任せるのがいいんじゃないですかね。人間はスライムに脱走されたら困りますけど、トイレに閉じ込めるのは非人道的だから文句言ったらダメですよ。2割も脱走したら対策考えて、下水道と下水処理場を作るんじゃないですかね。最悪、毒消しがあれば食中毒はしのげるはずですし」


『無責任ね。あなたはどっちの味方なのよ?』


「両方ですよ。スライムに情報と選択の自由、人間に下水処理。どっちにも課題の解決策を提供するんですから」


 といっても下水処理は沈殿と濾過しか知らない。確か大量の空気を送って汚泥をかき混ぜ、微生物にいろいろ分解させてたはずだ。それを殺菌してから川や海に流しているはずだけど。殺菌法は塩素しか知らない。塩素は塩水を電気分解するのだ。電気とイオン交換膜が要る。つまりできない。うーん。どうしようかな。それこそ、スライムに分解してもらえばいいんじゃないかな。


「ボットン便所なんて狭い場所に閉じ込めるのではなくて、スライムにとってオープンカフェみたいな下水処理場を作って、ごはんを食べに来てくださいってお願いすればいいんじゃないですか?それなら共存共栄ですよ。スライムたちだって安全にごはん食べられるなら帰ってきますよ。たまには旅行くらいしたいと思うかもしれませんけど…」


『確かに…。スライムの立場になって考えればそうよね。……悪くないかもしれないわね…』


「ん~。それいいね~。じゃあ、がんばってね~」


 走って帰ってきたスライムさんにも好評だった。


「いやいや。一緒に作るんですよ。僕、スライムの気持ちわからないです。オープンカフェは自分でデザインして下さい」


「え~。ん~。そうだね~。それもいいかもね~。でも、その前においしいごはん食べたいな~」


「ごはんはただじゃないので働いてもらいますよ。働くためには、とりあえず人間っぽく振る舞って下さい。人間っぽければ、さっきのチャーハンのできたてを食べにいけます。もっとおいしいごはんもあるんです」


「ん~。わかった~」


 食費くらいは自分で稼いでもらいたい。でもアルバイト先があるかな。話し方はまだゆっくりだし。せっかくだからスライムを生かした仕事がいいと思う。それに教会教室には通った方がいいよな。


「そうだ。名前どうします?スライムさん、名前あります?」


「ん~。スライムだね~」


 それだと、みんなスライムで区別が付かない。


「何か考えてあげて下さいよ。元女神様」


『え、また?うーん、仕方ないわね…。スライム、スラ、イム、スライ、ライム、スラム、スイム…。どう、いいのあった?』


「イムさんか、ライムさんがいいと思います。どうです?」


「ん~。ライム~」


 おいしそうな方を選ばれました。


「じゃ、今日からライムさんでお願いします。うんうん。なんかいい感じですね」


 ライムさんは魔道義肢のおかげでシルエットはヒト型なので、残りは見た目だ。服を着ればスライムだとわからなくなるかな。でも顔がな…。後ろが透けてるんだよな。うーん。どうしよう。それに服を着ても目や耳に相当する感覚器が覆われちゃったら困るか。


「いまの格好だと食堂には行けないので…。身体の表面に色付けられます?僕みたいな肌色だと、目立たないんですけど」


「う~ん。こう?」


 薄ピンクがちょっとピンクになった。でも後ろが透けてる。色の濃さより透けてるのがよくないのか。それなら…白濁させればいい。


「惜しいです。身体の中にとっても小さい泡をたくさん作れます?それを全身の表面に広げればいいと思うんです。どうですか?」


「ん~。こう?」


 おおっ、すごい。身体の中からシュワシュワと泡が出てきた。しかも上に登らず、そのまま漂っている。とても細かいからだ。


「おお~、すごいですね。炭酸飲料みたいです。おいしそうです」


「え~。困っちゃうよ~」


 ライムさんが身体をよじって困ったふりをする。お代官さま~ってやつだ。どこで覚えたんだ?


『変態的ハーレム願望……』


「いやいや、泡に欲情なんてしませんよ。炭酸飲料って知らないんですか?ごくごく飲むと喉がチリチリしておいしいんですよ。ビールですよ。エールといえばいいかな。とにかく、冷えて泡がシュワシュワする飲み物はやみつきになるんです。売れるんです!」


 変態と言われてあわてて弁明する。ライムさんに溺れながら肉団子食べたときもスライム餡かけはおいしいと思ったのだ。ほんのり甘くてシュワシュワの微炭酸。絶対においしいと思う。でも、その身を削って人に食べさせるなんて、アンパンのヒーローくらいの人格者じゃないと無理だ。いや、人格者でも無理だ。


「ライムさん。人間は排泄物というか、ごはんをスライムにあげる代わりに、スライムの身体の一部をもらって肥料にして農作物を作ってきたわけです。この作物を人間が食べて、うんちになって、またスライムのごはんになると。この循環を絶つのはスライムと人間にとっても得策じゃないと思うんです。ライムさんとしては、ごはんをくれたら身体の一部をあげるって抵抗ないんですか?」


「ん~。相手によるな~」


 おっ、大丈夫な場合があると。ライムさんによると、痛くないからちょっとくらいならいいとのことだ。献血の精神ですね。


 それと体型はキレイに維持したい。でもたくさん食べたいとのことです。運動してダイエットするより直接的に体積を調整するのだそうだ。余ったお肉は提供してもいいとおっしゃる。時と場合と相手によるけど。


「それなら、僕に預けてくれたら、いつでも返せます。身体が必要になったら言ってください」


 アイテムボックスでライムさんの身体を吸ったり出したりする。水汲みと同じ要領だ。


「ん~。便利だね~」


 指についたスライムボディーをなめてみると、甘くてシュワシュワしてた。やっぱり、おいしい。この泡が炭酸みたいな無害なガスであれば、食品添加物にしてしまおう。よしよし。生計も立てられそうだ。


『ライムの身体なめてにやけてるなんて変態ね。身体が人間っぽくなったら、さっそくこれじゃ、救いようがないわね』


 ルーデンスはあいかわらず空気が読めない。文句しか言わない。


「ちょっと味覚を接続して試して下さいよ。口で言ってもわからないでしょう。多少、感覚が鈍くてもおいしさはわかると思います」


 甘くておいしいと聞いてルーデンスも試す気になったらしい。変態と罵ったことなんて忘れて、舌を接続してくる。現金な幽霊様だ。


『あらっ。何これ?ホントにおいしいじゃない!』


 もう一口、もう一口と試食を急かす。


「食べ過ぎですよ。ライムさんに悪いと思わないんですか」


『あ、失礼…。』


「ん~。いいよ~。おいしく育ちました~」


 いろいろよくないと思う。


『とにかく!ライムは新しい家族なんだから大切にしなきゃだめよ。魔物や獣、悪い人間から全力で守りなさい!』


 簡単に言ってくれますけど…。


「僕には守る力なんてないので、襲われるようなことがないように環境を整えていきたいと思います。戦うより予防です」


 ライムさんは全力で走れば俺より速いと思う。魔道義手や義足が優秀なのだ。はぁ、むしろ守ってほしいです。


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