創業21 飽きたんだよね?
雷が落ちたら電気自動車が走り出す。魔法の世界なら実現できる。と信じる心が足りませんでした。
◇ーーーー◇
「僕はお風呂に入りたいです!さっぱりしたいです!」
グラス作りを始めて二日目。グラスの製造自体は順調に進んでいる。今日の午前中も300個成形できた。このままトラブルがなければ、今日中に次回の納品分が完成する。予備の分や販路開拓で配る分が必要なので明日もグラス作りを続ける予定だ。でも何時間も炉の側で仕事をしていると汗だくになって大変なのだ。絞った布巾で身体をふいたり、湖で水浴びはできる。でも温かいお湯に浸かりたい。せめて温かいシャワーを浴びたい。
「おい。薪がいくら必要だと思ってるんだ?誰が薪を集めてると思ってるんだ?」
ネイトさんが睨んでくる。湯船にお湯を張るには150-300Lほどのお湯を沸かす必要がある。林で木を切ればいいのだが薪にするまで乾燥させたり、薪割りしたりいろいろ大変なのだ。お風呂は贅沢品ということだ。
でも、この世界は日本からの転生者が何人も居るはずだ。絶対、誰かがお風呂文化を持ち込んでいる。そしてキャッキャウフフしてる。実にうらやましい。だがケトル村には銭湯がない。
「薪で湯を沸かしてる限り、家でお風呂を沸かすのは大変です。だから太陽熱温水器を作りましょう!我々ならできる気がしてきました!」
「ふむふむ。飽きたんだよね?グラス作りに飽きて別のことがしたいだけだよね?その気持ちわかるな~。でもあと一日だよ?耐えようよ。たった一日で終わるんだよ?」
ネルさんは俺より忍耐力があったらしい。もう900個も作ったんですよ。同じグラスを、ロボットのように同じ作業をひたすら繰り返して。
「お主はこらえ性がないの。もう少しみなを見習う必要があるのではないかの」
アトさんまで非難してくる。何でだ?味方がいない。女性陣はお風呂に入れるならと目を輝かせると思ったのに。ネルさんだって喜ぶと思ったのに。
「必要は発明の母という言葉を知らないんですか?お風呂に入りたい、その一心で五右衛門風呂や檜風呂、果てはスーパー銭湯まで、世界に冠たるお風呂文化が育まれたんじゃないですか。我々だってできますよ。湯沸かし器ぐらい作れますよ」
魔法が使えれば炎の魔法で一発なんだろうな。そんなの薪で沸かせばいいじゃんとか思ってたな。その大変さも考えないで。
「ふむふむ。何を言ってるのか、さっぱりわからないよ。でも太陽熱温水器といったね。太陽を使ってお湯を沸かすの?薪は要らないの?本当ならとっても助かるんだけど、できるの?」
「さすがネルさん。聞いてくれますか。一応、二つプランを思いついたんです。一つは……」
「おい!今日の分を終えてからにしてくれ。どうせ長くなるんだろう?」
ネイトさんに現実に引き戻された。
「終わったら協力してやる。だからまずは今日中に終わらせるぞ」
ありがとうございます。今日もあと半日頑張ります。
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グラス作りを再開する前に、どこかに穴がないか注意を払う。一度、集中力が切れてしまったので、失敗がどこかに潜んでいないかもう一度探す。
「ちょっと表面がざらついてきましたね」
ネルさんの秘伝の耐熱手袋で石型を触ると、表面が少しざらついていた。アイテムボックスで加工した直後は理想的な面になっているのでツルツルなのだ。この石型は、温度変化の大きなガラスとの接触面からもろもろと壊れるようだ。急に大きな亀裂が入ってバカッと壊れるようなことは起きてない。これは幸運なことだ。中子を押し込んで力をかけているときにバカッと壊れると、どう力が逃げるかわからないので危ないのだ。
「風化するように表面がもろもろ壊れるんですかね。一応、石型の内部にもダメージが入ってると思います。急に壊れる可能性もあるので、慎重にいきましょう」
石型の劣化の進み方がわかったのは収穫だ。それにしても、石型が多少ざらざらになっても、成形したグラスの表面は汚くなってない。ガラスの粘性が高く、細かなざらざらの隙間には入っていかないのかな。そういうものなんだろうか。ざらざらな石型でグラスを作るとサンドブラストをしたようにグラスもざらざらになって白くなるかと思っていた。仕上がりが問題ないならいいんだけど。
とりあえず替えのきく石型は新品に交換しておいた。25cmの立方体ブロックを抜き出して、そこに穴を空けるだけなのだ。せっかくなので四角い穴の石型も用意しておいた。中子にはネルマークが彫ってあるので交換できない。壊れないように丁寧に扱おう。
「それでは午後もよろしくお願い致します」
四人で黙々とグラスを作っていく。もう連携作業は慣れたものだ。ロニーくんには悪いが、今回は役割を変えなかった。水分補給の休憩をとりながら作業を進めていく。
「怖いくらい順調ですね」
「うん。たった二日で1200個だよ。これまでの方法では、ちょっと考えられないペースだね。毎日がんばったら一月で1万8000個だよ」
ネルさんは一月30日働くつもりらしい。ちゃんと休みましょうよ。
「休まないとだめですよ。じゃないと人生がグラス作りだけで終わります。それに中子の彫刻がボトルネックです。この中子も表面が少しざらついてきました。大事に使っても少しずつ消耗するんです。マークの細かいところが崩れたら交換です。せっかくのデザインが台無しですからね」
「おい。やっぱりマークは必要なのか?マークさえなければ、いくらでも作れるんじゃないのか?」
ネイトさんの疑問は当然だ。ネルマークがなければ、花崗岩がある限りアイテムボックスで石型も中子も作り放題なのだ。
「でもプレス成形だけだと、いつか必ず、他の工房に追いつかれます。追いつかれたときに差別化できるよう、いまから仕込んでおくんです。もしうまくいけばネルマークがあれば本物、なければ偽物としてオリジナルは我々だと主張できます。そして品質が認められれば、高くても売れるかもしれません。それに僕たちが煩わしいと思うのと同じように、ライバルもマークなんて刻みたくないと思うはずです。だから彫刻をやめるより、いまのうちにマークも簡単に彫刻する方法を考えましょう。そしたら本当にまねできなくなりますから」
「おお…。わかった。今日は残り二周だ。それで1200個だ。もう一踏ん張りだぞ」
塩を舐め水を飲んで、頬を叩いて気を引き締める。これで予備分も含めてグラスは一通りそろう。四人で最後の100個を作ってしまおう。みな一段落するとわかっているので気合いが入る。
「はいっ。片付けましょう!」
ーー◇ーーー
「この分だと、早めに招集した方がいいね…。よし、明後日は色グラスを試すからね。明日のうちに準備しときな」
1200個のグラスが完成してほっと一息ついたら、モイラさんがこんな風に囁いた。
「計画が漏洩したらわかってるね…。」
モイラさんの最後の一言に心臓がきゅっとなる。旦那さんたちが飲む酒をグラスの色で誤魔化して安酒を高級酒として楽しんでもらうのだ。いえ、誤魔化すのではありません。誤解を促すのです。女将さんたちは晩酌代を節約でき、旦那さんたちはいつもの酒がよりおいしくなる。そしてグラスが売れれば、三方よしの素晴らしい商品になる。売り手は工房、買い手は女将さん、世間は旦那さんだ。これも社会のためかな。そう自分を納得させる。計画の漏洩を禁じられている時点で罪悪感はあるのだが、「色付きグラスは三方よし」と三回唱えたら気にならなくなった。自分の心とも折り合いが付くようになったものだ。
色付きグラスを作るなら着色用の顔料が重要だ。
「ネルさん、明後日までに顔料は間に合いますか?何色が足りないんでしたっけ?」
「う~ん。緑だよ。ちょっと頑張らないと厳しいかも…。なになに?手伝ってくれるの?」
手伝わない理由がない。昆虫採集やトイレ用スライムを手伝ってもらっているのに断れるはずがない。
「もちろん手伝いますよ。でも太陽熱温水器は先送りですね。先に色付きグラスです。顔料はどうやって作るんですか?発色の確認も都度焼くんですか?」
「そうだね。結局、色は試すのが一番だからね。でも大変なのは岩とか鉱物を粉にするところなんだよ。いつも鉢でゴリゴリやってるの。かよわい女性の腕では疲れてしまうのだよ」
アトさんにお願いしたら手で握って粉砕しそうだ。リンゴを片手でつぶすように、岩も砕きそうな気がする。
「そうだ。ボールミルがありますよ。顔料の粉砕はボールミル本来の使い方です。試してみますか?」
あ、でも一度、鉱物を砕いたらその容器で食品を粉砕するのはいやだな。顔料はクロムとか、コバルトとか、重金属を含むわけだもんな。ネルさんに提案してから、どうしたもんかと思い直す。まあ、いいか。バイトさんにちゃんとしたやつを作ってもらおう。グラスを作ったアルバイト代を前借りすれば足りるかな。
「ボールミルね…。う~ん。聞き覚えはあるんだけど…。報告してくれた?また便利な装置を作ったの?」
キープくんにはキープ主への報告義務があるらしい。鍋式ボールミルはケトル村に来る前にハーグさんと作ったモノだ。報告なんてしてるわけない。
「報告はしてないと思います…。でも、きっと便利ですよ。使ってみたらわかります。お鍋をぐるぐる回すと、鉄球ががらんがらんと跳ね回っていろんなものを粉砕するんです」
「う~ん。さっぱり想像つかないね」
説明するよりやった方が早い。ハーグさんに作ってもらった回転台を組み立てて、ボコボコになった鍋をセットする。歯車のギア比や回転を加速する仕組みを簡単に説明する。
「ああ、知ってるよ。反対にゆっくりになると回転する力が増すんだよね」
ネルさんは減速機の原理を知っていた。博識だな。いいとこ見せたかったのに少し残念。ボールミルの原理も中を見せたらすぐ理解した。
「なるほど。賢いね。回すだけで連続的に鉄球が叩きつけられのか。これ君が発明したの?だとしたらすごいよ」
「すいません。前世で習ったんです。僕の発明ではないです。僕も初めて見たとき賢いな~、と思いました」
「ふむ。正直なところは褒めるべきかな。よしよし、ではやって見せてくれたまえ」
ネルさんに指定された岩石を粗く砕いてボールミルに投入する。粉砕球は鉄球だ。
「ネルさん。鉄球で砕くと鉄が混じると思います。大丈夫ですか?色が変わりませんかね」
「うーん。どうだろ。ちょっとくらいなら大丈夫だと思うけど」
色が変わるといやなので、最初の粗い粉砕は重い鉄球で。砕けてきたら花崗岩の球で砕くことにする。
「こんな感じでぐるんぐるん回すんです!中の鉄球を巻き上げるために、このくらいの速度を維持します!」
鍋の中の鉄球が勢いよく跳ね回りがらんがらんと音がする。よしよし、いい感じ。
「うるさいね!外でやろう!これじゃ、怒られちゃうよ!」
ネルさんと一緒に納屋の隣で作業することになった。鍋式ボールミルをぐるぐる回す。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ぐるぐる、ぐるぐる。
「ちょっと覗いてみましょう。……ね。細かくなってます」
「おお~。これは便利だ」
ぱちぱちぱちとネルさんが拍手してくれる。鉄球を石球と交換して、ネルさんにも回してもらう。この間に即席の回転台を石材で補強する。木の回転台はガタつくので足で押さえながら回していた。木を組んでいた部分を石材から一つの塊として抜き出してしまう。あまった石材からは、さらに粉砕球を抜き出す。アイテムボックスは実に便利だ。
「あ、岩石もアイテムボックスで抜き出して細かくすればいいんですかね。あ~、気が付かなかった…」
でも実際にできるのは最初の分割くらいで、本当に細かくするのは面倒だった。鍋に入れてぐるぐる回す方が簡単だ。考えなくていい。
ネルさんが鍋式ボールミルをぐるぐる回す。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ぐるぐる、ぐるぐる。
「鉢で砕くよりは楽なんだけど…、やっぱり…疲れるね…」
前世では手回しのボールミルなんて見たことない。普通はモーター駆動だ。
「銅線と磁石があればモーターが作れるんですけどね。銅線はガラス繊維と一緒です。溶けた銅を小さな穴から引っ張り出したらできるはずです。磁石はどうしたらいいですかね。隕石磁石なんて、数が集まらないですし……」
材料が手に入りやすいフェライト磁石がターゲットになる。でもフェライトに着磁するために電磁石で磁場をかけることになる。この電磁石に流す電流はどこからもってこよう。
雷魔法?そんな魔法使えない。それに一瞬の稲妻でなく、安定した電源がほしい。
ボルタ電池?亜鉛と銅の板が何枚もいる。誰か亜鉛と銅の板を製造してるのかな。銅は銭貨に使われてるはずだから存在するだろう。そうすると亜鉛か。銅と亜鉛で真鍮・黄銅ができるから。金の偽物として誰かが作ってるはずだ。錬金術師を探せばいいのか。でも、ボルタ電池で十分な電流が得られるのかな?
やっぱり発電機が必要か…。三相誘導作ってみるか。あれらな永久磁石がいらないはずだ。銅線と鉄心、材料さえそろえば…。いやいや、銅線の絶縁どうすのさ、松ヤニ?最初に電磁石の磁界を作る励磁電流はどこからもってくるのさ。う~ん。難しいな…。
あれ?動力がほしいんだっけ、電力がほしいんだっけ……。
ぐるぐる、思考も回る。自分の知ってる科学技術は、いろいろそろった技術インフラの上で動いていた。どれかが欠けると動かない。どこから作ればいいのかわからない。
「おーい。私は疲れたぞ~。現実に戻っておいで~」
「あ、すいません…。自分の無力さに打ちひしがれてました。回すの交代ですね。任せてください、単純労働は得意なんです」
「すぐ飽きるくせに…。すぐどこかに意識が飛んでいっちゃうんだから。かわいい村娘が目の前で頑張っているんだぞ、少しは気を配りなさい!」