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創業17 おじさんたちのスケベ心

 服が一瞬で溶けるような酸を浴びたら肌もただれて大やけど。大惨事です。女性の服だけ脱がすスライムは極めて高度な魔法科学の集大成です。


◇ーーーー◇


「もう昔の話だけど、スライムの被害は大きかったんだ。君のいう蝗害みたいなものだね。スライムが増えて畑の作物を食べ尽くしちゃうの。スライム洪水とかスライム津波とかいわれてたかな」


 工房のネルさんの部屋で、秘伝のスライムくんを紹介してもらう。俺はネルさんの部屋にあげてもらってドキドキしている。キープくんは階段をまた一段登りました。


 スライム津波は前世での蝗害に似ていた。雨が続いたり、川や池で大量の水を補給したスライムが大きくなり増えて、いろんな物を食べ散らかして行くらしい。長雨が降って水が濁ると、水の中のスライムが見分けにくくなる。用水路に沿って移動されると畑が一気に食われる。家や家畜小屋は浸水に備えて高いところに建てるものなので、人命の被害は少ないそうだ。だが畑が大規模にやられると飢饉になることもあるらしい。


 大変な災害だと思う。


「だから野生のスライムは、村を挙げて駆除するんだよ。といっても普通のスライムは弱々だから。核を抜き取って潰すか、集めて燃やしちゃうの。数が増える前に対処するのが鉄則だね」


 普通のスライムは野生動物にとってスポーツドリンクみたいな獲物なんだと思う。簡単に核を潰せて、栄養のある身体をごくごく飲める。スポーツドリンクより栄養ドリンクかもしれない。カフェイン入れたら眠気も吹き飛ぶのかな。


 ネルさんは、自分のスライムくんが入った瓶をふりふり教えてくれる。風の谷で腐海の毒を解明した姫みたいだ。ホントにかわいい。


「この子は特別製で、私が品種改良したの。結構、強い酸を出すから、ガラス以外は何でも溶かしちゃう。だから瓶もフタもガラス製でぴったり閉じないと逃げ出すんだ。危なくて自然にはかえせない。ちょっと指入れてみる?チリチリするよ」


「遠慮しときます。指の指紋を消して身を隠す時にお世話になるかもしれません」


「ふふふ。この子は秘伝なので、秘密でよろしくお願いします。私に何かあったらこの子が復讐に燃えて、すべてを溶かすと心得るように」


 なんだか恐ろしいことを言っている。生物兵器に該当するのではなかろうか。そんな気軽にふりふりしてていいモノなのだろうか。心配になる。


 二液混合式のガラス接着剤は、このスライムくんの身体を分けてもらって酸の成分を精製しているらしい。蒸留器で分けられるものなのかな。他にもいろいろやってるんだと思う。


「集落の僕の家で使うためにトイレ用スライムを分けてもらってもいいですか。実は別の方法で処理してたんです。こんな便利な方法があるなら頂きたいです」


「それと秘伝のスライムくんも分けてほしいです。僕の数少ない長所が落とし穴作りなんです。一瞬で深さ3mの穴を掘れるんですよ。これでゴブリンも何とかしてきたんですけど、壁を蹴って跳びだして来る相手がいて。具体的にはアトさんなんですけど。そんな相手だと、相手が落とし穴にはまってる間に逃げることも難しいです。このスライムくんの体液を落とし穴の壁に塗れば滑って跳び出てこないと思うんです」


「う~ん。別にいいけど。なんか嫌らしいこと考えてない?信用していいのかな?君のこと」


 確かに相手の服が溶けてあられもない姿になるとは思います。でも服を溶かす酸がほしいんじゃなくて、滑るヌルヌルがほしいんです。トイレ用スライムはぷるんぷるんでヌルヌルでないはずです。とは言えないので。どうしようかな。


「それとルーさんの薬害根絶になるかもしれないです。何でも食べる品種は困りますけど、やばい草だけ食べる品種に改良できたら、スライム津波と共にやばい草とはさよならです。やばいお薬作ってる悪い人たちにダメージ与えられると思うんです。賢いバッタを探すよりうまくいきそうな気がします」


「う~ん。理屈は通ってるね…。でも神様補正にかかってしまったかもしれないと。う~ん。ホントに嫌らしいこと考えてない?想像もしてない?顔がなんとも言えない表情なんだよな~。この子一回逃がして大変だったんだよな~」


 そんなこと言われたら、ネルさんのあられもない姿を想像してしまう。


「ふむふむ。これは信用できないな。ルーデンスと相談だな」


「いまの誘導尋問じゃないですか!?ずるいですよ。そりゃ想像もしますよ」


「ん?何を想像したのかな?それは私に言えるようなことなのかな?」


「それは…。これこそ誘導尋問ですよ」


 なぜだ?コミュニケーションスキルが発動しない。いまこそ必要なのに。


「ふ~ん。信用していいのかな~。こんな妄想逞しいキープくんを、いたいけなかわいい村娘は信用していいのかな~」


 ネルさんが自分の身体を抱いてくねくねさせる。


「ぐぬぬぬ……。ネルさんずるい!心の天秤ぎっこんばっこん動いてますよ!こっちは初めて部屋にあげてもらえてドキドキだったんですよ。努めて平静だったのに。努めて冷静だったのに!」


 自分で自分の中身が三十代後半のおじさんとは思えない。恥ずかしくて悔しくて痛きもちいい。しつけられたキープくんとしての報酬系回路が回っている。よくない。実によくない。誇り高きキープくんの矜持を取り戻すのだ。


「……。とにかく、ルーさんと相談してください。ルーさんは僕の監督官でもあるので、間違いない答えを出してくれると思います。今日の、この虫たちは秘伝のスライムに食べてもらいましょう。瓶を空けないと明日の昆虫採集ができません」


「ふ~ん。半分合格、半分失格だね。ここでぐっと心をつかまないでどうするのさ。私だって、君を部屋にあげるのドキドキだったんだからね。キープくんの道はまだまだ長いぞ。理解のあるキープ主に感謝しなさい。そして、この子のお腹を満たしなさい。実はごはん集めが結構大変だったのです!」


ー◇ーーーーー


 虫で満ち満ちた瓶を取り出し、逃げないように秘伝のスライムに与えていく。スライムに捕らえられた虫が身体の中に取り込まれ、溶けていく様子は結構グロかった。このままじゃ落とし穴に使えないなと思った。もう少し安全なように品種改良しないと、会話を試みる時間も、話が通じても救出する時間もない。


「この子、想像以上にやばい子じゃないですか?この子でスライム津波なんか起きたら、生きとし生けるものがほとんどいなくなるような気がします。どんな風に品種改良したんですか?」


 暗殺や死体の処理もできてしまうと思う。自分のスキルを隠そうと努めてきた自分が恥ずかしいくらいだ。


「う~ん。そんな凶悪な子じゃないと信じてるんだけどね」


 品種改良は核をいくつかに等分して分けて、十分なごはんを与えるのだそうだ。核の分割を繰り返すうちに形質も分化していく。ほしい形質の個体を残して、要らない個体は核を取り出して身体を溶かして栄養にしてしまう。肉骨粉で家畜を育てるようで少し心は痛むが、効率がいいので仕方ない。形質を混ぜる際は核と核をくっつけるんだそうだ。成功率は分割より低いので数がいる。


 それでもネルさんの方式だと分割後の生存率が8割以上と驚異的なので、そんなに困らない。根気さえあればどうにかなる。


「いずれにせよ、ネルさんは偉大なスライム職人だと思います。分割生存率8割はすごい数字じゃないですか?品種改良し放題じゃないですか」


「う~ん。そうなのかな~。こんなところを褒められてもな~。まあ嬉しいから、よしとしましょう。この技は秘伝として大切に受け継ぐように」


 まずはトイレ用のスライムを一匹もらって増やしてみる。ネルさんは絶対に近づかない。部屋ではなく外でやるように指示された。秘伝とトイレ用ではずいぶんと扱いが違う。かわいそうに。


 ぞんざいに扱われるスライムに愛着が湧いてしまって、声をかけることを思い出した。


「もしもーし。言葉わかりますかー?もしもーし」

「もしもーし。言葉わかりますかー?もしもーし」

「もしもーし。言葉わかりますかー?もしもーし」


『末期症状ね。人間は孤独に耐えられなくなると心が壊れるの。すると自分の排泄物ともおしゃべりを始めるのよ』


「うむ。人間とはかわいそうな生き物だの」


 アトさんたちが帰ってきた。


「ルーさん。なんてこと教えてるんですか。誤解ですよ。スライムと話せるか試したんですよ」


『ほらね。心だけでなく、頭も壊れているわ。かわいそうに……』


「うむ。人間とは脆く儚い生き物だの…」


「なに言ってんですか!少しは尊重して下さいよ。これでうちのトイレもきれいになるんですよ。もう森の茂みで……」

 ボスッ


『最低ね。これが男という生き物よ』


「うむ。これだから男は好かんのだ。女に働かせて自分はふらふら好きなことをしとる。どの世界も男はろくでもないの」


「だに…いっでんでず…か」


 久しぶりの弱パンチはクリーンヒットした。呼吸ができない。弱じゃない。


 食堂のアルバイトは結構大変だったらしい。二人ともイライラしている。皿を割ったり、料理をお客にぶちまけたりはしなかったそうだ。それだけで100点満点を贈りたい。


『初日でアトが慣れないのをいいことに、酔っ払いがさり気なく触ろうとしてくるのよ。全員硬直させてやったわ』


「そいつら顔を覚えてますか?全員スライムの餌にしましょう。死体を完全に溶かす方法がみつかったんです」


「ちょっとちょっと。なに物騒なこといってるのさ。私のスライムくんはそんな汚いモノは食べません」


 ネルさんも酔っ払いどもを消すことは否定しない。


「うむ。しかし勉強になったの。人間の男どもが、いかにおぞましい生き物かよくわかった。まず、わしを見る目が不快だの。さり気なく腰に回してくる手はルーデンスが止めていなかったら引きちぎるところだったぞ」


 う~ん。たちの悪い酔っ払いの洗礼を浴びましたか。かわいい子にはセクハラしろ。お客相手なら店員は文句をいえない、というおじさんは確かに存在する。一人が行動に移して、それがやんわり断られると、認められたと思って二人目三人目が続こうとする。


「酒場でなく、食堂でそれですか。この村、案外ダメ人間が多いのかもしれませんね」


『女将さんも驚いてたわ。普段は気のいい酔っ払いなのに、アトをみて下心が膨らんだみたいで。お店の外で女将さんに怒られてたわ』


 そんなんで改心するのかな。


「う~ん。アルバイトなんてさせて申し訳ないです。アトさんはかわいいけど、そういう目でみられる年齢じゃないと思ってました。明日、やっぱり断ってきますね」


「むぅ。そういう目でみられないとはどういうことかの?どういう目をいっておるのかの?」


 アトさんがジト目で見てくる。とても怒ってる。


「僕に怒っても仕方ないですよ。いまアトさんをかばって、アルバイトを断ろうと思ったんです。残念ですけど、そんないやな目にあってまで働かなくても…」


「むぅ。食堂で働くことは面白いのだ。勉強になる。だから働くことは続けたいのだ。それより、どういう目なのかの?説明を求めておるのだぞ」


 何を望んでるんだ?アトさんは。


「それは…性的なあれですよ。アトさんはかわいいですけど、見た目は幼いので、嫌らしい目でみられることはないと、思っておりました…」


「むう。幼いか。そうなのか…。つまりあのような、おぞましい生き物たちの中に放り込んでも、幼きがゆえに相手にもされず、むしろ安全と考えておったのだな?お主は……」


 そうなんですけど…。そんなに、おぞましい場所とも思ってなかったんです。もうアルバイトお断りしましょうよ。そんなに怒るならもういいでしょ。辞めましょうといいたい。


「ルーさん、何があったんですか?」


『…………。』


「なんで黙ってるんですか?辞めましょう。そんな、お店は辞めましょう。背に腹は代えられません」


「むう。もうよい……。いやな客は一部なのだ。これで癇癪を起こしてはいかんのだ。プリンはおいしいからの。プリンには代えられぬからの」


 少しほっとした。さすがにすべての客がアトさんに興奮したわけではないようだ。いくら何でも、そんなことがあるわけない。羽目を外した客がいて、初めてだったのでビックリしたのだろう。


 異性への嫌悪感が強くなりすぎないように、同性の先輩に対処の仕方を教えてもらうのがいいと思う。


「そうですか。アトさんがそういってくれるなら止めませんけど。むしろ家計は助かるんですけど……。ルーさん、アトさんが男性アレルギーにならないように……」


 いや待てよ。ルーデンスもいいとこのお嬢さんだ。もしかしてアレルギーを併発してるのか?だからイライラをぶつける先が俺なのか?


「ネルさん、困った酔っ払いのあしらい方を教えてあげ………られるのはモイラさんですかね。人生の先輩に相談してみましょう。そうしましょう。それがいいと思います」


『アト、こういう男を信用しちゃダメよ。あくまで便利に使いなさい。心を許してはダメ。結局、お金なのよ。家計のためにアトの笑顔を売り物にしようとしてるの。あの酔っ払いどもとたいして変わらないわ』


「うむ。それがこやつの正体か。まるで自分が唯一の味方かのように振る舞い、女を働かせるのだの。やはり男は好かん。本当にうわべだけだの」


 そこまでいう?僕、セクハラまがいの酔っ払い以下ですか。もう心がメキメキいっております。全部、僕が受け止めるんですか、今日のフラストレーション。僕が受け止めればいいんですか?アルバイトしろと言った僕がいけないんですか?


 誰か助けて……。


 ネルさんはそっと秘伝のスライムくんを置いて去っていった。モイラさんへの助け船を出してくれたんだと思う。


「アトさん。次またいやな目にあったら僕が話しをつけに行きます。なので相談してください。我慢してイライラをためるのが一番よくないんです。食堂では調理や接客マナーを学べればいいと思ってたんですけど。そんなに不快なら辞めてくれていいんです。家計は何とか支えてみせますから。僕もアルバイト先探しますから」


『アルバイトでなく定職に就いたらどうなの?いつまでふらふらするつもりなの?家計を支えられる見込みはあるの?』


 ルーデンスの言葉が突き刺さる。定職ってなにさ。この世界でなんら手に職のない俺に就ける仕事ってなにさ。でもこんなこと言えない。ずっとあなたのヒモでした。


「最善を尽くします」


『ほらね。口だけなのよ。また明日、寝て起きたら、全然違うこと言うわよ。そういう生き物なのよ、男って』


 モイラさんがアトさんを引き取ってくれるまで、男性不信全開の二人にひたすら責められた。俺はなにも抗弁せず、正座してただただうなだれて聞いていた。こんなことが続くなら食堂でのアルバイトは中止にしたい。


 自分でいろいろ作れるように料理を覚えてほしかったし、自分でお金を稼ぐという経験をしてほしかった。初めて自分で稼いだお金はお小遣い程度であっても特別なものになると思ったのだ。でもそんなこと言っても聞いてくれないと思う。


「すべては僕の責任です。大変申し訳ありませんでした。ルーさんにもアトさんにも感謝してるんです。お願いだから、心を取り戻してください。二人とも完全に闇に染まってますよ。ダークサイドに堕ちてます。戻ってきてください」


「キープさん…。あんたも情けないね。ネルが心配だよ。アトちゃん。食堂でいやな目にあったんだってね。バカな男はね、道端の石か虫のように思ってればいいんだよ。ほとんどの男はバカだけど、中には輝く原石もいるんだ。そういうやつだけ拾って磨けばいい。残りは全部、虫かゴミのように思ってればいいんだよ。そうすれば案外、原石が多いなと思えるようになるからね」


 モイラさん、何てこと教えてるの。アトさんの男性像が歪んじゃうでしょ。


「うむ。わかったのだ。だが、こやつを磨こうか悩ましいの。輝く気がまったくせん。虫の方がまだ素直によく働く。虫だと思うのは虫に失礼だの」


「そうだね。そのいきさ。そう思ってると、石ころたちの輝く部分が見えてくるようになるからね。石ころたちも捨てたもんじゃないと思えるようになるからね」


『さすがね、モイラさん。いいこと言うわね。あなた感謝しなさいよ。あなたも捨てたものじゃないと首の皮一枚つながったのよ』


 この家の男に人権なんてないと思った。石ころらしく静かに生きていこう。


 この夜はもの言わぬスライムたちに虫を与えて過ごした。どんな愚痴も静かに聞いてくれる。虫をおいしそうに食べる姿に、これほど癒されるとは思わなかった。グロいなんて言ってごめんね。トイレ用スライムの世話が屋外でしかできなかったのも幸いだった。夜風に当たって夜空を見上げると無心になれた。クロニコさんの呼び出しも、明日のグラスの製造も忘れて無心になれた。


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