遭遇1 どんな生き方を望まれますか
異世界に転生しました。主人公はあんまり考えなしでスキルを選んだので、早速ゴブリンで死にかけています。考えなしですが、信念のようなものは備えてました。転生時のやり取りに主人公の人となりが現れます。自分が言ってることは正論だと思ってるタイプですね。
◇ーーーー◇
「ハァハッ…痛ッ、ーーーッ」
木々を掻き分けながら森を全力で駆ける。
枝が顔に当たり、先で目を切りそうになる。
顔を守ろうにも右手は痺れ、感覚がない。
石や根に足をとられバランスが崩れる。
だが追いかけてくるモノに追い付かれたら終わりだ。必死に足を動かす。
「ディグ ディエェナ!(ニク ニゲルナ)」
棍棒を振り上げて小鬼が追いかけてくる。
「グャハハ オゾィ (アシ オソイナァ)」
このままだと自分より小さな小鬼に狩られる。転生して二日でこれか。あの神様は初心者パックがあるから心配するなと言ってたじゃないか。
小鬼は獲物を追い詰める愉しさに興奮している。距離を保って追いかけ、こちらが動けなくなるのを待ってる。
「ハァ ハァ…ッ…」
足は重く、速度が落ちている。自分の腕で藪や枝を掻き分けているからだ。スピードなんてでない。尖った枝先は刺さるし、目の上が切れたのか血が左目に入る。
少し前。
小鬼と対峙し、短剣を抜いた途端に、その手を棍棒で叩き落とされた。
小鬼は短剣を払い、その手を返すように脇腹に叩きつけた。お陰で痛くて息ができない。
小鬼は魔物の中で最弱ではなかったのか。
冒険者にとって初めての戦闘の練習台ではなかったのか。
「ゲァ?(エァ?)」
小鬼が足をもつれさせて倒れる。
この隙に、なんとか茂みに隠れる。息を整えようとするが、痛みと血の味にむせる。右手の感覚は戻ってきた。
小鬼は激しく転んだようだ。少しもうろうとした後、棍棒を探している。
この間にもう一度走り始める。とにかく距離をとらないと。
「ヒィ、ヘェイ(コイツハ ニガサナイ)」
向こうで小鬼がこちらを鼻で探している。
小鬼の背丈は自分の腰の高さほど。なめていたわけではないが、小さいなと思って安心してしまった。
俺は音をたてないように移動する。
「ハッ!(コッチカ)」
小鬼は臭いで俺の方向がわかったらしい。茂みの向こうに獲物の姿を見つけて、走り出した。
距離は7mほど。応戦する余裕はできた。スリング(投石器)に石を載せ、クルクルと回して小鬼を狙う。
ヒュンヒュン、ヒュッ
一投目は小鬼の60cmほど横を飛んでいく。
小鬼は俺のコントロールを嗤ったが、石の威力は認めたようだ。スピードを緩めて距離を詰めてくる。
スリングを回す手は感覚が鈍い。
ヒュンヒュン、ヒュッ
二投目は身体をとらえたが、棍棒で弾かれた。距離は4mもない。
もう少しで、小鬼が駆ければ棍棒が届く距離になる。
三投目に手間取り、投石動作が遅れた。
小鬼は駆け出し、一気に距離を詰めてくる。
棍棒を振り上げ、そのまま姿を消した。
小鬼は落とし穴の底で叫んでいる。
深さは2m半。身長の三倍近い壁に棍棒を何度も打ち付ける。
「もう……死ぬかと思った…。いや普通は死んでる。……」
「…話が違うよ……」
穴の横で、へたりこんだ。
ー◇ーーーー
三日前、目を覚ますと真っ白な空間にいた。眩しいからか、物がないからか、焦点が定まらない。遠くに水平線のような明暗の線が見える。
上下の感覚はあった。
「…… 転生?」
異世界転生の小説は何冊も読んでいた。病室や手術室を思いつく前に、転生が思い浮かんだ。
自分から吐いて出た言葉に少し恥ずかしくなる。
いや。手術室ならこんなに広いはずがない。むしろ室内ではない。
「理解が早くて助かります」
澄んだ男の声だ。
「どんなスキルを選びますか? 要望はできる限り反映させて頂きます」
いやいや。当然のように言わないでほしい。
「その……。自分は死んだとか…ですか?」
「はい。死因は一酸化炭素中毒。身体は炭化しています。戻られますか?」
いやいや。ちょっと待ってください。のみ込めません。
部屋が火事になったことはわかった。鉄筋コンクリートで防火対策もされたマンションだったのに。
「戻ると……どうなりますか?」
「炭になります」
「魂とか……記憶の承継とか………生まれ変わるとか。……何か救済策があるのでは…?」
「…仮に救済があるなら、そうした話や事例をご存じなのでは?」
言葉を継げずにいると澄んだ声は続ける。
「私は神ではありません。神様相当とはいえますが。………転生なら便宜を図れます。剣と魔法の世界で、強力な必殺技や魔術が使えるようになります。チートですね」
ファンタジーは好きだ。異世界のハーレムを想像してニヤニヤしたこともある。でも読み手だから面白いのだ。自分には思いもつかない機転や発想に唸らされる。つまり自分にはできない。
「剣と魔法の世界は、魔物とか魔王とかがいるんですよね。いまいた世界より危険だったりしませんかね」
「危険かどうかは人によります。スラムの裏路地で銃を突き付けられる程度の危険は、どちらの世界にも存在します」
それは…そうなんだろうけど。
「私たちが便宜を図れば、その程度の危険は、なんら問題にならないでしょう」
魔法でチートできれば、そうでしょうね。
澄んだ声は続ける。
「リソースは有限なので、望みをすべて叶えることはできません」
「ですが、これまでとは全く違う生き方ができますし、新しい世界の人々に認められ、感謝され、………崇拝された転生者もいました」
「どのように生きたいか要望を伺えれば誠心誠意お応え致します」
少し嬉しくなってしまう。これは面白いチャンスなのかもしれない。
死んだと告げられ、動転していた心が落ち着いてきた。
ちゃんと考えて答えなければ。
「その…魔法ってどんなことができますか。現代科学の知識と組み合わせられますか?レベルやステータスがあるんでしょうか」
ルールがわかれば対策ができる。
「これまでおられた世界と、自然現象はほとんど変わりません。魔法が追加された世界と思ってください。魔物もあなた方がアニメやゲームで見てきたものとあまり変わりありません」
「そういった適正をみて、あなたを選ばせて頂きました。魔法の概念など、受け入れられない人はとても苦労しますので」
俺が…選ばれし存在か。
「レベルは、自覚できる人がほぼいません。レベルよりも経験や鍛練を大切にしてください」
「ステータスは……身体能力は100m走や重量挙げなどで数値化できます。身体が衰えれば低下しますし、魔法も同様です」
「能力は絶対ではありません」
あんまりゲームっぽくないようだ。経験値100倍とか、レベル上げ系のチートはないようだ。
「むしろありがたいです。チートで無双したいわけではないんです」
ゲームで、レベル上げのためにモンスターを乱獲した後は、なんだか空しくなる。特に敵の兵士や人間っぽいモンスターを倒していると、なんだかな、と思ってしまう。
「どんな生き方を望まれますか」
「その……竜とか、賢い魔物や魔法の樹とかもいるんですよね。そういった相手と話がしたいです」
「竜なら人語を使える個体がいますが?魔物の最上位種はだいたい念話のようなことができます。樹木系の魔物は人語を操って、狩りをしますので……」
ちょっと、違うんです。
「あのっ…ありがとうございます。えっと、……。魔物や世界の設定を知りたいとかではなく、どんな生態系の中で、どんな暮らしをしていて、何を考えているのか。できればスライムとかとも話し合って、協力して何かできればいいなと思ってるんです」
俺はモンスターを仲間にするゲームが好きだった。従魔など、主従関係や使役するのでなく、ちゃんと協力できる対等な関係に憧れていた。
「……そういうハーレム志望ですか」
「失礼。異世界ならではの体験を希望される方は多いですから。……四つ足や不定形、機械とも関係を望まれますか?」
いやいや。それは誤解だ。かなり恥ずかしい。
だが想像すると…。エルフとか、ケモッ娘とか……。
この人、初対面なのに。
さっき適正をみて俺を選んだと言っていた。俺の何を知っているんだ?距離感が難しい。
「ハーレムは…その……伝統ある文化です。……否定はしません。でも、相手は…せめてヒト型でないと……」
「いえ、コミュニケーションスキルが欲しいのには理由があるんです」
俺は前世でもコミュニケーションスキルがなかった。その自覚はある。
相手の考え方や感情を置いたまま理屈をこねる人間だった。
これが正論だと、ロジックで殴るタイプだ。下手に口を開くと敵が増える。
「その……。話し相手には、研究や相談の相手になって欲しいんです。一人の人間の頭で考えていても発想には限界があります。…スライムは難しくても、妖精や動物、植物の視点から考えると……根本的に見方が変わって発想が膨らむと思うんです」
澄んだ声の主は沈黙する
「……何か研究テーマがあるのですか。世界の理を知る魔物はいませんし、私もお伝えできません」
「よく魔法の原理を知りたいと求められることは多いのですが、理に介入されると世界のバランスが壊れます。甚大な影響がでますので……」
澄んでいた声に訝しさが混じる。
「すいません。そんな大それた願望はないです。別に王とか勇者になりたいわけではないんです。……なので世界を変えるような魔法とか大規模破壊兵器はいりません」
「その……。人間は知識が増えたり、知識と知識がつながって納得したときに気持ちよくなるんです。ヒトの脳には報酬系回路があって、快楽物質がでます。
このおかげで人間は好奇心を備えていて、新しいことを学び続けられました。
生き物として経験から学び、次の状況を予想して行動を選ぶ能力は大切です。生存競争ですから。ヘタすると死んじゃいますから。
人間はさらに文明を生み、科学を発展させました。この報酬系回路がいまの人類の繁栄を実現させたと言えると思うんです。
だから面白いことを知りたがるのは、知的生命体として素晴らしい営みであり、誇るべきことです。これはヒトに生まれた我々の特権です。
食欲や性欲、睡眠欲が満たされなくても、知識欲だけで幸せになれるんです。こんなに素晴らしいことってありますか?
だから異世界でいろんな人や魔物に話を聞いて、好奇心を満たすことは、当然の権利だと思います。
だから僕にコミュニケーションスキルをください!」