08 しばしのお別れ
猫をお話に出すと猫を飼いたくなる病が加速しますね。
「マルクスさん!どうしてカノンを連れて行くことが出来ないのですか?カノンを置いてなんて行けません!」
「すみません、ユウリさん。僕も出来る事ならばお二人を引き離すような真似はしたくはない……。
けれども僕の力では、貴女一人をここから逃がすだけで精一杯なのです。
力が及ばず申し訳ない。」
あ……。マルクスさんは悪くないのに私、責めるような言い方をしてしまいました。
「ごめんなさい…… マルクスさんは善意で私を助けてくれようとしているのに私……。
でも、私カノンがこの先どうなってしまうのか心配で……。」
「いえいえ。先が見えないこの状態で、気持ちが不安定になるのは当然です。僕は一向に気にしておりませんよ。
それよりも、なるほど…… 貴女はここに召喚された異世界人がどのような待遇を受けているかをご存知ないのですね。
時間はあまりありませんが、少し説明しておくべきですね。」
「へ……?待遇ですか……?」
そこからマルクスさんは、この世界に召喚された人達がどうなるのかを、掻い摘んで教えてくださいました。
要約すると、このような感じです。
まずは、聖女様。
聖女様は国王軍によって王宮へと連れて行かれ、その聖なる力を行使して国を守る使命を与えられます。
基本は王宮で厳重に警護されていますが、戦争が苛烈になると負傷者の手当てなどで戦地へ赴く可能性があるそうです。
次に聖女様以外の人。
ここに当てはまる人達は大体が私と同様に命を狙われ、そしてそのまま命を落としているようです。
しかし、極々わずかながらこの大聖堂からの逃亡を成功させ、ひっそりと辺境の村で生活をしている人達もいるのだとか……。
最後に、聖女様だと思われて登城したものの、結果的に聖女様ではなかった人。
このタイプは王宮へ連れていかれたものの、宮廷魔術師の鑑定スキルによって聖女様ではなかったと判断された人だそうです。
当てはまる人はほとんどいないとの事ですが、そのような方達はこの国の王都「アルフェッカ」の市民権を得て、そこで市民として生活をする事が出来るようです。(国からのせめてもの謝罪の気持ちとして市民権が送られるそうです。)
……あれ?この世界から元の世界に帰った人っていたりしないのでしょうか?
その部分が少々引っかかったのですが、まあ後でまたマルクスさんに尋ねてみましょう。
それよりも……!
「という事は、カノンがもし聖女様でなかったとしても、それを理由に危害を加えられることは無いということですか?」
「はい、そういうことになりますね。彼女には僕達と一緒に行動して頂くよりも、一度王宮へ向かって頂く方がよほど安全でしょう。」
なんだ〜!!そうだったんですね。それならば、少し安心出来ました。
まあ、彼が全て真実を話しているとは限らないんですけどね……。
「ふふっ……。そこはもう、貴女に信じて頂くしかありませんね。」
「えっ!もしかして声に出てました??」
「いえ、ただ疑いの眼を向けられているような気がしたので笑
大丈夫、僕は貴女に対しては嘘はつきませんよ。約束します。」
思っていたことを見透かされてしまい少し気まずいです。
こんなに良くしてもらってるのに疑ってばかりですみません……。
「時には人を疑う事も必要です。盲目的に信じてばかりではいつか足下を掬われるでしょう。
それよりも、そろそろここを離れたいです。
さぁ、カノンさんにお別れを伝えに行ってあげてください。」
「はい、分かりました!終わったらすぐ戻りますね!」
そう言って私はカノンの部屋へと向かいました。
……
コンコン──
「はい、今開けます!……ってユウリ!もう大丈夫なの?」
「心配させてごめん!私はもう大丈夫だよ。
それよりも、私カノンに言わなきゃいけないことがあるんだよね……。」
「ん?なになに??」
カノンの部屋に通された私は、お別れを言う覚悟を決めました。
なのにいざ話そうとすると、目頭が熱くなって涙が零れそうです。
私は、二、三度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてからカノンに言いました。
「私、ここを出ていくよ。」
「どうしたの、急に……?」
私は、自分がこの大聖堂の人達から命を狙われている事、いきなり現れたネコが逃亡の手助けをしてくれる事、この世界で異世界人がどのように生活しているかを掻い摘んでお話しました。
我ながら、どう考えても眉唾物な話ばかりだとは思うのですが、カノンは真面目な顔で全て聞いてくれました。
「そっか、そうなんだね…… 私、全然気づけなかった……。
ユウリがここを訪ねて来る前だって、あんな事があったから今日は休ませてあげよう、なんて能天気なこと考えてた……。
ユウリはまだ危険な状態にあったのに……。」
「カノンが自分を責めるような事は一つもないよ。
いつも私の事を考えてくれてありがとうね。」
私の発言を聞いたカノンの顔がなぜか曇ってしまいました。
「カノン……?」
「私ね、自分が聖女様だと名乗ればユウリは元の世界に返してもらえると思ったんだ……。
だって、聖女様以外の異世界人はこの世界に呼ぶ意味がないでしょ?
だけど違った……。あの人達、元の世界に返すどころかユウリを殺そうと……。」
「……!」
カノンが聖女様であると名乗り出た真意を知った私は、胸がつまって言葉が出てきませんでした。
「私何の役にも立てなかった……。ユウリを助けたかっただけなのに、逆に追い詰めて……。」
「そんな事ない!カノンがいてくれなかったら、知らない世界に一人ぼっちなんて辛すぎておかしくなってたかもしれない。
カノンがいてくれたから、元の世界に戻る方法を見つけようって、しばらくこの世界で頑張ろうって思えたんだよ……!」
「ユウリ……。ありがとう〜!うぅ〜……。」
カノンが泣きながら抱きついてきたので、私はいつも通り頭をヨシヨシと撫でてあげました。
「あのね、ユウリ……。一つだけお願いしてもいい?」
「どうしたの?」
「もし、この世界がセカコイのシナリオ通りの世界なら、戦争が起こるんだよね?
しかもその戦争の中で主人公は命を落とすんだよね?」
私はハッとしました。もし、この世界がシナリオ通りならカノンは一度命を落とす事になってしまう……。
「私、自分がもし本当に聖女様だったらって思うと怖いよ、もし生き返れるとしても死ぬのは嫌……。
だからね、ユウリお願い!戦争が起きないように協力してほしいの……。私も私に出来る事を頑張るから…… お願い……。」
「分かった、私にまかせて!カノンを死なせたりなんて絶対にしない!」
具体的に何が出来るのかはまだ浮かんでこないけれど、私がカノンもこの世界も救ってやる!
私はこの時そう決意しました。
「カノン、待っててね!」
「うん……!待ってる!絶対にまた会おうね!」
カノンと最後の言葉を交わした後、私は自室に戻りました。
……
「おかえりなさい、きちんと挨拶はできましたか?」
「はい!もう大丈夫です。」
「それは良かった!
では、そろそろ行きましょうか。まず、僕をしっかりと抱えて頂いても宜しいですか?」
そう言われた私はマルクスさんをそっと抱き抱えました。
Oh……。めちゃくちゃふわふわ……。
抱き枕にしたいですねこの猫ちゃん……。
などと考えていた私の耳に優しいマルクスさんの声が聞こえてきました。
「では始めますよ、転移魔法は酔いやすいので気をつけてくださいね。」
言い終わるが早いか、私とマルクスさんの体は眩い光に包まれたのでした。
今回もご覧いただきありがとうございます。
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