07 不思議な猫
ネコは芸術。
結局私にスープを配膳したウェイターさんは、騒ぎに乗じて姿を眩ませてしまったようです。
私としてはなんとも不安な状況なのですが……。
でも、もしウェイターさんが捕まったところで首謀者はこの大聖堂の最高責任者の方です。ここにいる限り第2第3の刺客に狙われるのは必至です。
その上全ては隠蔽され、私は存在しなかった事になるのでしょう。
自分のミスを揉み消すために、多くの人を殺し、私のことも暗殺しようと企んだ彼らを許せない気持ちはありますが、彼らの力は計り知れないほど強大です。
仲間も少なく、魔法も使えない今の私では一瞬で消し炭にされてしまうでしょう。
一発パンチをお見舞してやりたい気持ちはありますが、今は逃げることを考えましょう!戦略的撤退というやつです!
……
さて、このトロッケンベルグ大聖堂抜け出して新天地を目指すのはいいのだけれど、どうやって抜け出すか……。それが問題ですよね。
それにカノンの事は?
カノンはこのまま行くと聖女様として王宮へ連れていかれてしまうでしょう。
もちろん、それでカノンの安全が保証されるのであれば、しばらく王宮で過ごしてもらうというのも吝かではありません。
ですがもし、あの時のカノンの言葉が、
──私がその聖女です。
あれがその場しのぎのハッタリであったとするならば、王宮に連れていかれたカノンがどうなってしまうか……。
それならば私と旅をする方が安全なのではないでしょうか。
「お困りですか、Fräulein?」
いつもの癖でウンウンと考え込んでいた私でしたが、ハッと我に返り声の主を探しました。
けれども、周りには誰もいません。
それもそのはず、ここは私の為に用意された客室の中なのですから。
「驚かせてしまったようで申し訳ない。僕はここです。」
もう一度声のする方に目を向けると、窓際にロシアンブルーに似た毛色で、ヘーゼルの瞳が美しい猫がちょこんと座っているのでした。
かわいい……。
「なんだぁ、可愛い猫ちゃんかぁ……。じゃないですよ!!
どうして猫が喋ってるんですか!!あなたの喉の構造どうなってるんです!?!?」
頭の固い私はまたもや未知の現象に遭遇し、パニックに陥ってしまいました。
ヒトとネコではそもそも喉の構造や口の形が違うため、ヒトの言葉を話すなんて不可能なはずです。
もしかしてこの猫、どこかにスピーカーをつけているのでは??
「あはは!僕が人語を操る事にこんなにも驚く人を見たのは初めてです。」
「普通驚きますよ、この国の方々おおらかすぎません?」
「まあこの国では、動物どころか鏡も木も人語を操りますからね。珍しいことでもないのですよ。
それよりも…… 初めまして、お嬢さん。僕の名前はマルクス。貴女を助けるためにこちらへ参りました。」
「あ、えと。ユウリです。その、私を助けるとは?どういう事でしょう?」
猫ちゃんが喋る理由も、私を助けてくれる理由も、「助けるために来た」という言葉を信じて良いのかも分からず戸惑っていると、猫ちゃん…… もといマルクスさんが目を細めて優しい声で私に語り掛けてきました。
「あなたが疑問に思っていることについては、いずれ全てお話します。
きっとこのままここにいても貴女はこの教会の人間に殺されてしまうでしょう。それならば、一か八か僕を信じてみてはくれませんか?」
「…… 確かにマルクスさんの提案を蹴ったところで状況を打破するウルトラCは私の辞書にはありませんし……。
そうですね。一か八か、お願いします!私とカノンを助けてください……!」
自分でも危険な賭けをしている事は重々承知しています。
先程出会ったばかりの素性不明な人(猫?)に自分とカノンの命を預けるような真似、普段ならきっとしないでしょうね。
でも今は緊急事態。このまま手をこまねいていても事態は好転することは無い。孤立無援で四面楚歌。こんな状況なら藁でも泥舟でも掴むしかないでしょう!
こうして私はマルクスさんに逃亡のお手伝いをしていただくことになりました。
マルクスさん曰く、僕に任せてくれれば問題ない。との事でしたので逃亡の準備はそれほどかからなさそうですね。
よし、カノンにも早く知らせて一緒にこの大聖堂を抜け出しましょう。
「マルクスさん、私カノンの所に行ってきますね。」
「承知しました。彼女にしばしのお別れを伝えてあげてください。」
えっ……。今なんと……?
「あの、カノンも一緒にここから抜け出すんですよね?」
「申し訳ありません、彼女を連れて行くことは出来ません。」
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