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ある夏の日

なんとなく作品の空気が掴めるようにプロローグを付けてみました。

 猛暑日。


 六畳間に流れるポケットラジオからは、今日一日で二十九人もの尊い命が熱中症により失われたという悲しいニュースが流れていた。


「暑いね……」


 先生が先に声を発した。


 先生は部屋着のTシャツを汗でぐしょぐしょに濡らし、だらしない格好で横たわっている。


 どうやら、あまりの暑さに恥じらいという感情は遥か彼方へと飛んで行ってしまったようだ。


 俺の方も俺の方で、あの学園のアイドル(教師部門)織平さくらが目の前で下着が丸見えの状態でぐったりしているというのに、何も感じずにぐったりと横たわっていた。


「暑いっすね……」


 相手の言葉をオウム返しにするのが今の俺の精いっぱいだ。


「エアコンつかないね」


「つかないっすね……」


「なんでつかないんだろうね」


「そりゃ……電気止められてますからね……」


「えへへ……そういえばそうだったっけ……」


 昨日、この猛暑の中、我が家の電気は止まった。


 理由は電気料金の延滞だ。


 自業自得と言われればそれまでなんだけど、ない袖は振れなかった。


 俺と先生が涙を堪えながら電力会社のおじさんが電気を止めるのを眺めていたあの光景は今世紀最大の悲劇として多くの人の胸を打ったに違いない。


 いや、何言ってんだ俺……。


 あまりの暑さに頭がフラフラしてきて、まともに考えることができない。


「近本くん……」


 先生が俺の名を呼ぶ。


「なんっすか……」


「先生かき氷が食べたいな……」


「俺も食べたいです……」


「冷凍庫で氷を作って、かき氷食べようよ。先生かき氷機持ってるよ」


「その前にどうやって冷蔵庫を動かすのかを二人で真剣に考えませんか?」


「近本くん……」


 先生は泣きそうな目で俺のTシャツの袖をぐいぐい引っ張ってくる。


 どうやら先生の方も暑さに頭をやられているようだった。


 元々、少し頭のネジが緩んだ女の子ではあるが、そのネジはぽとりと完全に落ちてしまったようだ。


 その証拠に先生の頬は熱で火照っていて、俺を見つめる瞳も何だかとろんとしている。


 これが俺の担任だというのだから恐ろしい話である。


 俺、近本巧と、目の前の元アイドルの教員(二十四歳)織平さくらは訳あって同棲している。


 って聞くと何か淫靡な響きだけど、実際には家賃が払えずホームレスになった彼女を居候させている状態が続いているのだ。


 まあ炊事洗濯はもちろんのこと、家事全般は彼女が率先してやってくれいてるから助かっているといえば助かっている。


 だけど、冷静に考えて女教師と生徒が同棲しているという事実は結構ヤバい。


 現に先生は現在、暑さに完全に恥じらいを失い、スケスケのTシャツとすっかりまくれあがったミニスカという、元アイドルという事実が疑わしくなるほどに無防備な格好で俺にしがみついている。


 こんな姿を他の先生や生徒に見られたら、先生も俺ももう学校にはいられない。


 結構危ない橋を渡っている気がする。


「先生、暑いからそろそろ離れてください……」


 いい加減、先生の身体の熱で意識が朦朧としてきた俺が先生の身体を揺する。


 が、先生は返事をしない。


 よくよく見ると、先生はいつの間にか眠りに落ちていた。


 一瞬、あまりの暑さに倒れたのかと本気で心配になったが、すぐに先生がわずかに笑みを浮かべて「私、かき氷二つ、どっちもイチゴシロップで……」と寝言を言うのを見て、安心して彼女をベッドへと運んで寝かせつけた。


 明日になれば先生の給料が入るし、俺の仕送りも入る。


 そう、明日になれば全てが解決するのだ。


 俺はそう自分に言い聞かせると、今日五回目の水シャワーを浴びるために狭いユニットバスへと向かった。

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