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はがねのようせい  作者: きみのさち
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2・妖精がいて 後編

いらっしゃいませ

ようこそ


『はがねのようせい』2話 後編です


貴重なお時間をありがとう


 しばらくして我に返り、キッチンを見ると。


 ハーさんはいなくて。


 私はハッとなる。



 ハーさんがいない。



 妖精は本当はいなかったんじゃないか。


 幻だったんだ。


 身体が。

 固まった。


 と。


 向こうの部屋から音楽が聞こえてきた……。


 あのむかし私がよく聞いていた70年代のブルースロックだ。


 女の子は誰一人聞いていなかった、あの音だ……。


 身体が緩んだ。


     ~~~~~~~~~~~~~~~


 固まった、か……。そういえば。


 ある夜、一人、私は暴れたことがありました。


 レストランをやめてアルバイトを転々とした後、養護施設の調理師をしていた時だった。


 キツイ仕事で。


 仕事がキツイのはいいんだけど、人が嫌だった。縛る人間が嫌でした。




 深夜、身体にギュギュンと針金が通ったような錯覚に落ちたんです。


 見えない冷たい針金に身体がカッチリ括られているような気がして。


 それを引きちぎりたくて。


 暴れた。


 それでも針金は体にまとわりついて切れないんだ。


 そのうち体が引きつり、痙攣した。


 死ぬ。


 そう思った。



 今考えれば大げさだったかもしれないけれど、私は今まで一度も想像もしていなかった救急車を呼ぶという行為に走ったんです。


 苦しい生き方だったけど、死にたくなかったんだな。きっと。



 それは一度ではすみませんでした。


 あの頃、自分では気が付いていなかったのだろうけれど、一人が厳しくなった夜に必ず起こったんだ。


 でも三度目あたりからはもう慣れてしまい、体が震えてくると救急車を呼び、病院で点滴を打っては朝方帰り。


 そしてまた仕事にいくんだ。



 休まなかった。

 つまらない仕事だと思っていたのに休まなかった。



 最後。


 ついに私は人々の前で暴れた。仕事場の控室で。


 ついに昼間、あの症状が現れたんだ。


 縛られる!


 冷たい針金だ!


 針金を引きちぎろうと暴れているうちに、目の前が薄暗くなった。


 わけのわからないことを大声で口走り、自分のロッカーをかき乱し、床を転がりまわった。


 そして駆けつけた何人もの同僚の前で失神した。



 また職を失った私は、しばらく家に閉じこもりました。


「どうしよう。これからどうしよう。何か出来るはずなのに。何かが」


 そう信じていたから、辛かった。


 違うな、信じたかっただけなのかもしれない。


「なんだろう。どうすればいいんだろう。馬鹿ヤロウ。クソッタレ」


 針金は少し緩くなったけど、やっぱり私は息をするだけでイラいていた。このマンションに引っ越し、イラつきながら弁当工場でお弁当を作っていた。



 そうして半年たった頃、ハーさんが現れた。


 人間を辞めて妖精に戻ったと言うハーさんが。


 変顔をして、ね。


 幻覚なのかもしれない

 そうも思った。


 だけど。

 顔は分からないけれど、はっきり【いる】とわかるハーさん。


 それはそれでいいんだ。



「人間疲れるし」

 たまに言うハーさんのその言葉に、私は今も、とてもイラつく。


「簡単に人間辞めた、なんて言うんじゃないよ!ムカつくなぁ、え?オイ!」


 そんな事を破産が言った日は、私はハーさんに詰め寄り、胸ぐらを掴み、その見えない顔を拳でグリグリと力いっぱい小突き回し、最後はぶん殴ってしまうんだ。


「まーいいよ。オレ、妖精だから鋼の妖精だから痛くないもん」

 ハーさんがうずくまって言う。


 何が妖精だ!


 ヒトのイイ面するんじゃねえよ!


 何しに出てきたんだよ!


 お前は何なんだよ!


 答えないハーさんに私は暴言を吐き続けるのでした。



 ハーさんは。


 妖精は耐えていた様に思う。


 きっと私も。


 それ以上、自分が壊れないように耐えていた。


     ~~~~~~~~~~~~~~~


 今。


 ハーさんが出てきて一年。


 ゼリーを食べ終わったハーさんが布団の上に座っている私の許に、顔を出して言いました。


「じゃ―さー、向こうの部屋に居るからねぇー」


 私はテレビを消して布団をたたみはじめます。

 ため息とともに。


「はーぁ……。いいね。ハーさんは妖精で。私は人間だからね。お前みたいに勝手に生きていけないんだ」


 足を止めたハーさんが私のほうに振り返る。

「どうして?いいじゃん勝手にやれば」


 私は出来ないから言っているのに、ハーさんは言う。


 いとも簡単に。


 私は立ち上がった。


「お前がそう言うか!働きもしないお前が!」


「だって、妖精だもん」


「だからそれが何の役に立つって言うんだよ!」


 ケロリとした態度のハーさんに私はまたイラつく。

「あー、私も人間辞めたい!」


 私はそう思ったのです。叶わない望みと知りながら。


 だから怒鳴った。

「辞めたい!人間なんか!」


 ハーさんは答えない。その体が震えている。怒鳴り返してくるつもりだろうか。


「何だよ。何か言いたいのかよ!」

 私は身構えてそう言った。


 震えるハーさんがポツリと言います。

「人間辞めるかぁ……。じゃ―さー、外でウンコしちゃえば」


「あ?なんだ?コラ。人間辞めるってそういう事なのか?」


「だって、だってさ……。ねえ、ねえ、トイレ行っていい?出ちゃう」


 私の返事を待たず、ハーさんはトイレに駆け込んでゆくのでした。


 人間の名残が残るハーさん。

 鋼の妖精。


 バカバカしい!ムカつく!


 私は笑いがこみあげてくるのが抑えきれなかったのでした。


『はがねのようせい』第2話おしまい


お読みいただきありがとうございました


また宜しくお願い致します

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