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はがねのようせい  作者: きみのさち
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2・妖精がいて 前編

いらっしゃいませ。

ようこそ。

少しのお時間を下さい。

 妖精のハーさんは私の家に居ます。


 今日もどこかに。



 冬。


 朝10時。


 テレビの画面だけが動く部屋。


 今、私はまだ布団の中に居て。


 動くのが億劫だ。


 布団の中が暖まったのは明け方の様な気がして、もったいなくて。


 もう少し、出来ればせっかく温まったこの中で私は自分を抱えていたかった。



 目が覚めてしまうと私はナニカに追われているような心持になってしまうので、逃げたくて、テレビをつけたのだ。



 テレビは『社会』というものを私に伝えているようで。


 夫婦の、男と女の意見の食い違い。

 殺人。

 昨日から上がった株価。

 健康のための青い飲み物。

 置き場所に困らない掃除機。


 失業して半年、社会から離れている私は、その情報を置いてけぼりを食っている様な気で眺めている。


 だけれど、誰に、何に置いてけぼりを食らわされたのだろう。


 チャンネルを変えると昔の時代劇をやっていました。

 古い時代劇。

 そこにチャンネルを合わせたまま、私はまた布団をかぶり、目をつぶる。



 すると、脳天に声がした。

「ねー、朝ご飯食べないの」


 出て来やがった。ハーさんだ。


 ハーさんは光を閉じた私に向かって続けます。

「テレビ見ないんなら消せば。CDかけていい?」


 自分でも意外なところに私は腹を立てた。

 なんで!

……テレビは見ないとき消さなければいけないのだろうか……。

「つけといたっていいだろ!」

 ぼやけてしか見えないハーさんの顔を睨んで、私はそう叫びます。


「んー。そうだね。いいよー」


 ハーさんはキッチンの方へ行ったようで。


 イラだつ私は上半身を起こすと、テレビの前に投げ置いていた靴下めがけ、体を投げるようにして手を伸ばし、布団の中で身に着ける。


 台所のハーさんはキッチンテーブルにボコンと座り、冷蔵庫に私が買い溜めて置いたミカンのゼリーを食べていやがる。


「うんめえねー、これ」


 私は答えず、冷蔵庫を開けて眺めました。

 炭酸水を取り出し、一口。そして一言。

「ゼリー、あと一個しかないんだから。もう食べるなよ」


 モヤッとしか認識できないハーさんの顔は、また笑ってる。

「ね、CD聞いていい?」


 私はその顔を睨む。

「あっちの部屋で聞けよ」


 こういう時は私はちゃんと人の顔を睨みつける。


 布団とテレビの前に戻ると……。

 ……息をするだけでイラつく。


     ~~~~~~~~~~~~~~~


 仕事を無くした私にはそんな生活が待っていました。


 お弁当を作るパートを辞める前、私は女性調理師だった。

 いわゆる外食産業のレストランの調理師。


 昔読んだ料理漫画の主人公がかっこよかったからね、そんな気になったのかもしれない。


 でも、本当は作るという事に興味があったんだ。作るというよりは創る、かな。


 食べるほうは今でもあまり興味ないし。



 アルバイトで入ったレストランで私は調理場に回されました。


 接客が嫌いで不愛想な私にはちょうど良かったけれど、それはいわば左遷の当たるようなもので。


 私は黙ってキュウリをスライサーなんかに入れて半日時間を消費していたな。

 毎日。毎日。


 ある日の朝、スライサーが壊れました。


 私は包丁とまな板で、キュウリをスライスした。


 他の誰もが出来なかった。


 包丁を使える女が一人もいなかったんです。


 調理長に言われて私は任された。その日のキュウリを。


 それから調理場で私は重宝されるようになり、ひっそり包丁を使うことを許されました。


 本当は包丁使っちゃいけなかったらしいんです。信じられない事に。


 でも調理長は片目をつぶって大目に見てくれた。

 今考えるとそこは調理長に感謝していたんだなぁと思う。少しだけ。



 そんなことがきっかけで調理師免許、取ってみようか、なんて思ったんだ。


 自分が何か資格を取るなんて考えた事も無かったから、それはとてもワクワクしたのを覚えています。


 半年ぐらい勉強して。


 実務もレストランがOKを出してくれて。


 ドキドキして試験を受けた。


 心地よいドキドキというのだろうな、アレ。


「落ちたらまた受けよう、落ちたらまた受けよう」

 そう言い聞かせてたあの大学の試験場。


 受かった。

 そう、受かった。

 嬉しかったなぁ、あの時。

 ウレシカッタ。


 でも今私がその時の仕事を料理人とかコック、と言わないのは、きっと私が自分の事を職人ではないと思っているから。


 調理師が悪いと思っているのではありません。


 ただ私は調理師免許を取っただけで、その後何一つクリエイティブな事もせず、調理師であるという事だけにしがみついていた。


 そのうち包丁を持つことも機械的になり、場数も減り。


 つまらない仕事になって行った。


 はぁ……の日々。


 またすぐ辞めるんだ。


 そんな思いが渦巻くんですけど、やっぱり辞めたかった。


 自分に向いている事がよくわからない。


 そもそもそんなものあるんだろうか。


 ワクワクしたってこのザマだ。


     ~~~~~~~~~~~~~~~


 何度同じことを繰り返しただろう。


 そのたびに、

 つまらない仕事にしたのは自分。

 そう自分が言う。


 私は自分を見下げるのが癖になっていました。

 きっと今も。



 布団の上、テレビから流れる画と音は見えないし聞こえない。


 ハーさんの事も忘れて、私はそんな事を考えていた。


お読みいただきありがとうございました。

また宜しくお願い致します。

ステキな日を。

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