1・ハーさん 後編 【ようせいが……ようせいだと名乗る「ハーさん」が……私の前に現れた
ようこそ。鋼屋へ。
いらっしゃませ。
一話「ハーさん」後編です。
どうぞ。 zemu9
私のそばに。
ハーさん。
「帰ってきた」
初めて会った時、ハーさんは私にそう言った。
アルコールで自己憐憫の世界に浸っていた私は、
「フーン・・・・・・。帰ってきたって、どーゆーことよ?何?あたしを慰めに来た?」
と呟く。
それにはハーさんは答えなかった。
「昔会ってたっけ」
「しらなーい」
ハーさんはただ、そう答えたっけ。
男でありそうな、『鋼の妖精』と名乗る見知らぬソイツを前に、疲れていた私は驚くのを諦めて、「馬鹿にしてんのかよ?」と睨んだんだったな。
すると、ハーさんが舌を出して変な顔をした。
分からない顔だけど、認識できない顔だけど、確かに変な顔をした。
今で言う変顔だね。
いんすたバエ、は、してなかったけど。
なんだ?笑かそうとしてるのか?
そんな事じゃ笑わないぞ。
笑ってなんかやるものか。
アタシはヘンに意固地になった。
少しおかしかったんだけどね、我慢したんだ
笑いそうなのに気付かれないように、コンビニ景品のガラスコップに注がれた一センチばかりの赤ワインを飲み干して、ボトルをすぐさま手に取ると、今度は並々とグラスの縁まで注ぎ足した。
ハーさんは諦めなかったね。
舌を出した変顔Aを変顔Bに変えると、そのままジーッと私を見つめる。
私はワインをゴクリと飲んで足の甲をいじり始める。あせもでちょっと痒かったからね。
言葉の無い数分。
顔を上げ、ハーさんを見ると、まだ変顔Bだ。
今度は私も顔をそらさなかった。
にらめっこ。
イヤイヤ、私は真剣な顔だよ。変顔なんてするはずがないでしょう。
ハーさんは引かなかったね。
真顔の私に変顔Cを仕掛けてきた。
今度は手を使いやがった。手で両目を大きく開いたんだ。赤目がどぎついぞ。
私は人間の肉の赤いところが苦手なので、目を細めて嫌な顔をしたんだと思う。
ハーさんは手を下ろして変顔をやめた。
「あー、赤いの嫌いだっけ」
そう言うと何だか恐縮して体を縮めた。
私は助かった。だってもう少しで笑いそうだったから。
無邪気な時間だった。
懐かしい、無邪気な時間だった。
「なんか食べよ」
私は立ち上がって、キッチンに向かった。
今のは独り言なるのかな。
そう思って振り返ると、ハーさんは私のコップで赤ワインを飲んでいた。
「やめてよ!今コップ持ってくから!」
「うん」
ハーさんは素直にそう言った。
「なんか食べたい」
続けてそうも言った。
私はカップヤキソバにお湯を注ぎながらこう思った。
まあいいや。
顔がよく分からなくても。
変顔したのはわかったから。
笑わせようとしてくれたのがわかったから。
その程度で良しとしよう。
初めて会ったんじゃないことはわかるから。
って。
~~~~~~~~~~~~~~~
そして今。
台所でみそ汁用の大根を刻んでいると、背中の方をモゴモゴとした声が通り過ぎるんだ。
「えー、おかえとーだい」
お金ちょうだい。と言ったらしい。
声は居間の方へ行ったらしく、私が振り返ると、人間の姿のハーさんが何かで口をいっぱいにして、つけっぱなしのテレビを立ったまま見るともなく見ている。
ハーさんは人間の名残みたいなものがまだあるようで、というか、人間の名残だらけで。
居間に行き、問いただす。
「何食べてる?」
ハーさんはテレビから目を離さず、心ここにあらずの呈。
「くぁらめう」
「あ?何?キャラメル?」
頷きやがる。
「いったい、何個口に入れてんの」
手を開いて私に突き出す。
5個だと?
「うえ。よくそんなに口入るね。気持ち悪い」
口の中のキャラメルを右頬に寄せたハーさんは、今度はハッキリと言うんだ。
でもまだテレビからは目を反らさない。
「ねー、タバコ買うから」
しょうがねえな。
財布から小銭をかき集めていると、ハーさんはジャンパーを抱えて、もう玄関で待っている。
「外寒いぞ!ちゃんと着て行け!それと、雨、傘!」
ハーさんにジャンパーを羽織らせる。
「ほら、細かいのないから。キャラメル買うなよ」
千円札を渡すと、ハーさんは傘を手にしてその傘で「じゃぁね」と合図した。
「いってきまーす」と言って。
コンビニでも人間のふりをするのだろうな。
その時、コンビニの人には私にはわからないハーさんの顔が判るのかな。
そう思うと私は少し寂しい気持ちになるんだ。
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帰ってきたハーさんは、ジャンパーを脱ぎ捨て、自分の部屋に入っていった。
その脱ぎ捨てたジャンパーを今度は私が羽織り、買い物に出ようとする。
ハーさんはついでに一服してきたらしく、ジャンパーのポケットから開けたてのタバコが出て来た。
それと。
100円ライターとこれまた開けたてのキャラメルの箱。
それを手にして玄関に向かう私は「買い物行ってくるから」と部屋のドアの向こうのハーさんに声をかける。
返事がないぞ。
ちょっとイラッとした私はドアにかける声が少し荒くなる。
「何だよ。ジッポ直すの諦めたのかよ」
ドアが開き、笑顔のハーさんが私を見つめるんだ。
「なおんないもん。わかんないもん」
そう言うと変顔をした。
はぁ~。
タバコとライターとキャラメルを手渡した私は「おつり返せ」と言うのを諦めるんだ。
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買い物にゆく。
一人で。
今日は何を食べよう。そんな事を考えて歩くのは初めてなような気がした。
きっと家には妖精が待っているんだ。
分からない顔だけど、変顔をする『鋼の妖精』が。
第一話おわりです。
貴重なお時間を割いて頂き感謝します。
お読みいただきありがとうございました。
評価いただけたら幸いです
よろしくお願いいたします。
では、また。 ZERO.