episode 99 「操られし者たち」
ゼロは殺意を撒き散らしながらも、なんとか自我を保っていた。
「ゼロ、使うかい?」
ワルターが木刀を手渡そうとするが、ゼロはそれを断る。
「必要ない。むしろその方が危険だ」
ゼロは拳を握る。
「相変わらず生意気ね。憎たらしいったら無いわね。ま、そこが可愛らしくもあるんだけれど」
ニコルは悩殺した男たちをゼロに差し向ける。弓矢部隊が矢を放ち、その後ろから槍を持った男たちが追撃する。
「……」
意識を集中させるゼロ。矢を紙一重で避け、男たちめがけて砂を蹴りあげる。怯んだ隙に槍をはたきおとし、こめかみ、あご、みぞおちなど急所に攻撃を加える。次々と倒れる男たち。
「さすがねゼロ君。最もこの程度でやられてもらっちゃつまらないけどね」
ニコルが指をパチン! と鳴らすと林の奥からまた続々と男たちが現れる。それだけではない。肉食の獣たちまでもがニコルの指示に従い、ゼロたちに牙を向く。
「おいおい、まじかよ。本物の野獣まで……」
フェンリーが驚愕の表情を浮かべる。
「ゼロ、まさかこの獣たちも殺すななんて言わないよね?」
ワルターが剣を構える。
「無論だ」
「そうかい。ま、できるだけ努力してみるよ」
「荷が重いんなら俺に任せときな。生かさず殺さずは得意分野だぜ」
フェンリーとワルターも向かってくる敵を見据える。
「フェンリー、お前は人間どもを。ワルター、お前は獣どもを。俺はニコル本体を叩きのめす」
「ああ。任せてくれ」
「はいよ」
男たちは弓や槍、サーベルを手にフェンリーに襲いかかってくる。
「マズハオマエヲチマツリダ」
「やってみろよ」
フェンリーを地面に手を当てる。地面は凍り出し、男たちの方へ向かって突き進む。その氷に足を踏み入れた瞬間、男たちは足の先から氷に飲まれ始める。
「ナンダコレハ!」
「さあな。神のご加護ってやつらしいぜ。ってもう聞いてねぇか」
男たちは氷のオブジェへと姿を変えていた。
「ま、こんなもんか」
獣たちはワルターのもう片方の腕も食いちぎろうと牙を向く。
「できれば俺があの美人さんのお相手を勤めたかったんだけどね。君たちで我慢するとするよ。予測できない動きの相手っていうのも悪くないね」
ワルターは木刀を握りしめ、体勢を低く構える。意識を集中させ、獣の動きを探る。
「まったく、君たちなっちゃいないね。チームワークがバラバラだ」
それもそのはず。獣たちは多種多様で動きや大きさもバラバラだ。ニコルに操られ、無理矢理集められたにすぎない。
一匹、一匹、剣で薙ぎ払っていく。攻撃を受けた獣たちはニコルの術から解放され、尻尾を巻いて林の奥へと姿を消す。
「なんだい、根性がないねまったく……おや?」
グルルルと低く声を唸らせる獣。どうやら彼らのリーダー格のようだ。
「君はなかなか手応えがありそうだ。いいね、やろう」
立派なたてがみをなびかせながら、獣は鋭い爪でワルターを襲う。間一髪で爪を逃れたワルターだったが、獣の足を振るう際に生じた風圧でよろめいてしまう。
「ハハ! やるじゃないか。その爪にその牙! くらったら只では済まなそうだ」
ワルターはうきうきで獣に飛びかかる。剣で爪を受けながら脇腹に蹴りを加えるが、全長二メートルはあるだろうその巨体はびくともしない。
(さてどうしたものかな。目をやろうか? んー殺すならともかく生かすなら少しかわいそうかな。まったく、残酷な男だよゼロは)
獣の目を目掛けて剣を突き刺すワルター。
(ごめんよ。恨むならゼロを恨んでくれたまえ)
その時、小動物がワルターの足に噛みついた。
「あいた!」
体勢を崩したワルターの剣は狙いをはずして獣の鼻に当たる。すると獣は急激に苦しみだし、一目散に逃げ出した。リーダーを失った他の獣たちも散り散りに姿を消した。
「結果……オーライかな?」
残るはゼロとニコル。
ニコルは手駒をすべて失い、圧倒的不利な状況にも関わらず、全く闘志の火を消していない。
「何を考えている?」
「ふふ、さあ? なんでしょう?」
不適な笑みを浮かべるニコル。そしてゼロに忍び寄る二つの影。最後の戦いが始まる。




