episode 97 「謎の島」
セシルはある重大な問題を抱えていた。
臭うのだ。男共が。そして自分が。
これまでそんなことを考える余裕もなかったが、今になって思い返してみれば最後に入浴したのは屋敷にいた頃だ。その後は体を拭く程度しかできず、水浴びすらしていない。
「もう我慢できませんわ! この船は浴室は付いていないのかしら?」
船は長期間の移動用ではなく、大きさも小さいため、そのような施設は無い。船長室を除けば小さな客室がひとつあるのみだ。
「オイゲン! あなたはなんともないのかしら?」
「はい。長期間入浴できないことは珍しいことではなかったので」
「もう!」
船長室に殴り込むセシル。
「な、なんだいお嬢ちゃん。何か用か?」
「今すぐ近くの島に上陸しなさい! これは命令です!」
急に進路を変更したことに違和感を覚えたフェンリーが船長を問いただす。
「おい、なんか進路変わってねぇか? 何してんだ」
「済まねぇフェンネス。どうしてもって聞かなくてよう」
またしても笑みを浮かべて、謝罪する船長。
(コイツ、またか。ったく)
船室でのんびり読書をしていたセシルに事情をうかがうフェンリー。
「どういうつもりだ。何でお前が進路を変える?」
「なんですの? 文句がありまして?」
澄まし顔で答えるセシル。
「まだわかってねぇのか? この船の行き先を決めるのは俺たちだ」
「あら? 行き先を決めるのはわたくしたちではなく、船長ではなくって?」
「そ、そりぁ」
「用がすんだのなら出ていってくださる?」
言い返せず客室を出ていくフェンリー。
(臭いって思われていないかしら……)
自分の臭いをかぐセシル。
(……やはり臭いますわね)
「どうだった?」
様子を伺っていたゼロがフェンリーに尋ねる。
「ゼロ、お前今金持ってるか?」
「いや?」
「なら諦めろ。俺たちの敗けだ」
とぼとぼと歩きながら去るフェンリー。
オイゲンが客室から出てくる。
「済まんゼロ。少しだけお嬢様のわがままに付き合ってくれ」
「……」
察するゼロ。
ワルターは修行に夢中で気に止めていないようだ。
程なくして船は小さな島に上陸した。
「なんだい? もうついたのかい? 困ったね、もう一日あると思ったのに」
「あ、わたくしが先ですわよ!」
ハウエリスに到着したと勘違いしたワルターが、セシルを差し置いていち早く船を降りる。そのワルターの顔のすぐ横を一本の矢が通りすぎる。
「タチサレ。ココハワレワレノシマダ」
島の奥から矢を放ったと思われる人物たちがゾロゾロと現れる。腰に布を巻き、上半身裸の男たちは追撃を加えようと弓を構える。
「なんだい君たちは。血の気が多いねまったく」
「テッタイノイシ。ナシ」
男たちは次々に弓を放ってくる。
「おっと、ちょうどいい機会だね。どこまで動けるか試させてもらうよ」
「ワルター!」
剣を抜こうとするワルターに、船上から木刀を投げるゼロ。
「甘いね、まったく」
ワルターはそれを受け取り、弓矢をはじく。
「ハハ! いくよ!」
荷造りを始めるゼロ。
「ちょっとあなた、手伝わなくてよいの?」
「お前たちも今のうちに準備しておけ。おそらく一分もかからない」
心配するセシルとは逆に黙々と準備を進める三人。気がつくとすっかり外の音が止んでいた。恐る恐る外の様子をうかがうセシル。
「ふう。結構動けるね。よかった」
立っていたのはワルター一人だった。血はおろか、汗一滴すら落とさない正に完勝だった。
続々と船を降りるゼロたち。
「お嬢様、参りましょう」
「もう! 何なのよ!」
オイゲンの差し出した手を握ってセシルも船を降りる。
「きゃあ!」
倒れた男の一人がセシルの足首を掴む。
「イイキニナルナ。ボスノテニカカレバ、オマエタチシヌ」
「心配は要らない。俺が付いている」
オイゲンは男を掴みあげ、思い切り投げ飛ばす。悲鳴をあげながら海の方まで飛んでいく男。
「お嬢様、離れないでください」
「ええ、オイゲン」
ゼロたちは生い茂った木々の隙間を抜けていく。




