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スティールスマイル  作者: ガブ
第三章 もう一人のゼロ
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episode 96 「食事当番」

二日目の朝、セシルはワルターの素振りの音で目を覚ました。


(何の音かしら)


船上に鳴り響く異様な音に怯えながらも、船室の扉を開けて音のする方へと歩いていく。


昨日の隻腕の男が朝日に汗を光らせながら剣を振っていた。


「あなた、ずっとそうしていたのですか?」


集中していたのか、声をかけられるまでセシルの存在に気がつかなかったワルターが手を休めて答える。


「これはセシル様。お早いお寝覚めで。昨晩はよく眠れましたか?」

「お陰さまで」


ワルターの手は血豆を潰しすぎて血だらけになっていた。


「お待ちになって」


そう言ってセシルは船室に戻り、包帯と消毒液を持ち出す。


「これはこれは感謝いたしますセシル様。この手では手当てすらままならなくて困っていたのです」


ワルターはセシルの手当てを受けながら、なくなってしまった腕を見つめて話す。


「事故ですの?」

「いえ、とある男に戦場で」


ワルターの手は爽やかな顔に似合わず、とてもごつごつしていて腕も筋肉質だ。相当修行を積んできたことが素人のセシルにも伝わる。


「あなたほどの人がやられるなんて相当強い相手だったんですわね。まさかその相手がアーノルト?」

「いえ、ですがアーノルトに負けず劣らずの実力者でした。俺は死を確信していました。彼が来てくれなかったら間違いなくそうなっていたでしょう 」


ワルターはすやすやと寝息をたてるゼロに目線を送る。


「そうでしたの。ですがあの人がそんなに強いとは思えませんわ。まるで隙だらけ。今ならわたくしでも倒せそうですわ」

「はは。試されてみては?」


そう言ってワルターはセシルに木刀を渡す。


「良いですわ」


木刀を受け取ろうとするセシルだったが、それは突如現れたオイゲンによって阻まれる。


「お嬢様に不用意に近づくなと言ったはずだ」

「やあ、おはようオイゲン。俺は朝の挨拶をしていただけさ」

「そうですわよオイゲン。それに近づいたのはわたくしの方です。あなたの気持ちは嬉しいですが、あまり過保護にはしないでくださる?」

「す、済みません」


しょぼんとするオイゲン。


「ではセシル様。俺は修行に戻ります。手当てありがとうございます」

「あなたももう仲間なのですから堅苦しいのは無しにしましょう。気軽にセシルとお呼びになって」

「そうかい? ではよろしく頼むよセシル」

「……変わり身が早いですわね」


ワルターが去ったあと、オイゲンが心配そうにセシルに語りかける。


「お嬢様、一時的に彼らとは手を組んでいますが、相手は殺し屋です。簡単に心を許さぬ方が宜しいかと」

「あら、あなたも殺し屋ではなくって? それに例えあの方々が牙を向いてきたとしてもあなたがついているのでしょう? ならば問題ないではないですか」

「そ、それはもちろんです」

「ならばあなたは黙ってわたくしの後ろに付いてきなさい」


この方には敵わんな、と船室に戻るセシルについていくオイゲン。


どうやらおなかがすいたようすのセシル。オイゲンもセシルもまともに料理は作れない。ここ数日はろくなものを口にしていなかった。目覚めたゼロやフェンリー、修行を終えたワルターも船室に集め、誰が朝飯の準備をするか話し合う。


「始めに言っておく。俺に期待はするな」


開口一番ゼロが言い出す。料理が作れないわけではないが、レイアの味を知って以来自分の腕の無さに絶望し、すっかり自信をなくしてしまっていた。


「俺は捕るのは得意だが、味付けやらなんやらは苦手だぜ? コイツの吸いすぎで味覚が大分鈍っちまったからなぁ」


スパスパと朝の一服を楽しむフェンリーが笑いながら話す。もちろん誰も笑わない。


「俺は妹によく作っていたから、料理の腕には自信あるけれど、こっちの腕がないからなんとも言えないな。はは」


もっと笑えない話をしだすワルター。



「とりあえず分担しましょう。フェンリー、あなたは魚を捕らえなさい」

「おう」


セシルがフェンリーを指差し、指示を出す。


「ゼロ、調理はあなたに任せます」

「承知した。だが期待はするな」


ゼロにも指示を出すセシル。


「うるさいですわね。ワルター、あなたがゼロに指示を出しなさい」

「ああ、わかった。ところで君とオイゲンは何をするんだい?」

「もちろん、食すのよ!」

「……」


黙りこくるセシル以外の四人。


「……冗談ですわ」



フェンリーは申告通り、素潜りで何匹もの魚を捕まえてきた。ワルターの指示は正確で、ゼロがその通りこなすと、実にいい匂いが船内に溢れだす。


「お、なんだなんだ?」


匂いを嗅ぎ付けた船長も入れて、六人で食事を始める。


「オイゲン、小骨を取ってくださる?」

「かしこまりました」


オイゲンは大きな手を器用に使ってセシルの焼き魚の骨を取り除いていく。


「けっ! 情けねぇなぁ」


フェンリーは頭から尻尾まで骨ごとムシャムシャ魚を平らげる。


「まあ、なんて野蛮な。わたくしはアルバートの人間ですのよ? あなたと一緒にしないでくださる?」


セシルは信じられないものを見た表情でフェンリーを非難する。


「はは。妹たちの幼い頃を思い出すよ。よく俺もそうやって小骨をとったものさ」


ワルターは思い出に浸る。


ゼロはナイフを巧みに使って骨を取り除く。


「お前、よくそのナイフで食い物をいじくれるな」

「問題ない。手入れは欠かさないのでな」


おそらく何人もの血を吸ってきたであろうナイフを使うゼロに若干引き気味のフェンリー。ゼロは何食わぬ顔だ。


(まさかこの男たちとこのような形で食事をすることになるとはな)


組織は基本的に群雄割拠。対立はしても協力はほぼない。組織のなかでは会話すらしたことのない面々が今同じ食卓を囲んでいる。オイゲンは少しずつこの奇妙な旅を楽しみ出していた。




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