episode 95 「一日目」
「アーノルトを、倒すだと……」
「ああ、そうだ。怖じ気づいたのなら今すぐ船を降りることだな。止めはしない」
「望むところですわ!必ずお父様とお母様の敵を討ってみせます!」
復讐に燃えるセシルとは裏腹にオイゲンは沈んでいた。あの夜感じた絶望的なまでの実力差。同じ組織に属していながら、次元の違う存在。いくらゼロが味方にいると言っても、その差を埋められるとは到底思えないオイゲン。
人でなかった頃のオイゲンでも人を殺すときは喜び、悲しみ、憎しみ、怒り、後悔、罪悪感、高揚感など少なからず感情があった。しかしアーノルトからはそれが感じられなかった。まるで呼吸をするかのように殺人を行う。まるで殺人マシーンだ。
目の前にいる男、ゼロ。彼もかつてはアーノルトと同様感情のない殺人マシーンと恐れられていたが、今は違う。明らかに自分と同じように感情を宿している。感情が生まれればそれだけ隙も生まれる。とてもあのアーノルトに対抗できるとは思えない。
「一つ言っておく。俺はレイアを守るためなら何でもする覚悟だ。お前は違うのか?」
疑心暗鬼なオイゲンの迷いを吹き飛ばすかのようにゼロが告げる。セシルを見つめるオイゲン。
「なんですのオイゲン。わたくしに従えないとでもおっしゃるつもり?」
セシルの元に膝まづくオイゲン。
「この命に代えても」
オイゲンの顎を持ち上げるセシル。
「命に代えられるものなんてないですわ。ですがあなたの心意気は汲み取ります。わたくしに付いてきなさい!」
「はい! お嬢様!」
オイゲンは覚悟を決めた。
(この方が進めと言うなら進もう。この方が下がれと言うなら下がろう。この方のために生きよう。この命がつきるまで)
初日の夜。船室はオイゲンとセシルに譲り、残りの三人は甲板で一夜を明かすことになった。
「ゼロ、お前いきなり殴りやがって……」
ようやく目覚めたフェンリーがゼロをにらめつける。
「……寝ろ」
ゼロはそっぽを向き、いち早く眠りにつく。周りは殺し屋だらけだが、見張りも警戒も必要ない。ケイトなら吐き出しそうな船の揺れも優しくゼロを眠りに誘う。
「コイツ……氷付けにしてやろうか」
フェンリーがパキパキと指先を鳴らす。
「やめたまえよ。君と片腕の俺とあっちのきんに君だけでは到底アーノルトにふ及ばないだろう?」
「チッ。命拾いしたな」
ぶつぶつ文句をいうフェンリーだったが、いつのまにかそれは寝息へと変わっていた。
一人星を見上げるワルター。おもむろに剣を取り出し、素振りを始める。
(このままでは俺は足手まとい……死ぬのは怖くはない。だが、無駄死には御免だね。ハウエリス到着まであと二日。それまでに必ずモノにしてみせる)
ワルターの剣を振る音は明け方まで鳴り止まなかった。




