episode 93 「ハウエリスへ」
セシルは早速町の人々に聞き込みをはじめる。どうやらここはベルシカという町らしい。漁業が盛んな港町で、たくさんの船がこの町から出港している。船を使って移動したと考えたセシルは港にたむろしている船乗りたちに声をかける。
「皆さん。わたくしはセシル・アルバートと申します。最近レイアという少女を乗せた方はいらっしゃらない?」
「ん? なんだ嬢ちゃん。ここはあんたのようなお金持ちが来るところじゃねぇぞ?」
疲れているのか男たちはセシルの質問にそっけない態度で返す。それに黙っていられないオイゲン。
「なんだ貴様ら。お嬢様がお話になられているというのに目を合わせることもできないのか」
「うわっ、なんだこいつ!」
オイゲンの登場に恐れる船乗りたち。今にも飛びかかりそうなオイゲンを後ろに下がらせるセシル。
「ボディーガードが失礼いたしました。まったくわたくしのこととなると熱くなってしまうのですから。さあ、あなた方。早くお答えになられた方が身のためですわ。これ以上はわたくしをもってしてもこの者を押さえることはできませんから」
屈強な肉体を誇る船乗りたちだが、オイゲンはそれの上をいくまさに規格外。それ以上セシルを邪気に扱うものはいなかった。
「はっ! 威勢がいい嬢ちゃんじゃねぇか。まるであん時の坊主だな」
一人の老人が突然笑い出す。船乗りたちをかきわけ、老人のもとに歩み寄るセシル。
「あなた、何か知っていて?」
「あの坊主と一緒にいた礼儀正しかった嬢ちゃん、レイアっつってたな」
オイゲンと顔を見合わせるセシル。二人は驚きと喜びの表情を浮かべる。
「是非話を聞かせてちょうだい、おじいさま!」
チッチッチと指を横にふる老人。
「俺のことはキャプテンと呼びな」
キャプテンの話によるとレイアはモルガント帝国へと渡ったようだ。キャプテンにお礼をいい、一度宿屋へ戻る二人。
「やはり、他国へ渡っていたのですね」
「ええ。たしかあの国には四代貴族の一つ、ヴァルキリア家が居ますわ。わたくしは交流がありませんでしたが、社交的なレイアのことです、きっとあの家とも繋がりがあったのですね」
キャプテンの話を聞いてすぐにモルガントへ向かおうとした二人だったが、現在モルガント帝国への入国は制限されているらしい。なんでも港で軍人たちが大量殺戮された事件が起きたためだとのこと。
「レイア、無事だといいけれど」
レイアの行き先がわかっていても行くことができないもどかしいセシル。だんだんと苛立ちが募っていく。
「オイゲン、船を奪いましょう」
そんなことを言い出さないか不安になってくるオイゲン。奪うこと事態は容易いが、自分を含めセシルまでお尋ね者になってしまう。それだけは避けたい。
ベルシカに滞在して一週間目の朝、ついにセシルが爆発した。
「あぁもう我慢していられないわ! オイゲン! あのときのキャプテンとかいうじじいを拉致してきなさい! モルガントへ向かうわよ!」
「お、お嬢様、落ち着いてください」
「お黙りなさい! これ以上こんな潮臭い町にいたくはないわ! 早くしなさい!」
半ば追い出される形で宿を出るオイゲン。仕方なく港へ向かう。
港に到着するとキャプテンの方から声をかけてきた。
「おお、まだいたのか! そういやさっきあん時の坊主を見かけたぞ」
「なに? 本当か! それでレイアさんは……」
「そういや見てねぇな。でも近くにいるんじゃねぇか?」
「どこへ向かったか分かるか?」
「ハウエリスじゃねぇかな」
「助かる」
オイゲンは宿屋へ直行する。荷物をまとめてセシルの腕を引く。
「ちょっとどうしたの!? キャプテンは?」
「レイアさんが現れたかもしれません!」
「なんですって!」
二人はハウエリス行きへの港へと駆ける。港には船が一隻停泊していた。
「すまねぇなにいちゃん。この船は貸し切りなんだ。次を当たってくれ」
船乗りが話しかけてくる。
「その貸しきった人物のなかに女はいるか?」
「いんや、俺の古い友人でね。男三人組らしいぜ」
「そうか……」
少し期待したオイゲンは肩をうなだれる。
「オイゲン、ここはわたくしに任せなさい」
「お嬢様?」
セシルは出港準備に取りかかっている船長に近づく。
「船乗りさん、わたくしたちも乗せてくださらないかしら?」
「ん? ダメだダメだ。帰り……」
追い返そうとする船長はセシルが取り出した宝石に目が釘付けになる。
「ダメだ。と言っても俺も海の男。女の子に頭下げられちゃ、断ることはできねぇな!」
「あら、ありがとう」
船長は格好つけながらセシルの宝石を受けとる。
不安に待っていたオイゲンにてをふるセシル。オイゲンも急いで船に乗り込む。
「さあ、レイアを追いかけるわよ!」




