episode 91 「もうひとつの旅立ち」
初めての船旅。浮かれてもおかしくはないが、二人とも気分は沈んでいた。
スチュワート家一人娘レイアとは、同じく一人っ子ということもあり、他の四代貴族よりは付き合いが多かった。といっても互いに忙しく、ここ五年ほど会ってはいなかった。
セシルがスチュワート家を目指しているまさにこの瞬間、レイアは命の危機を向かえていた。
爆殺のバロード。そして惨殺のゼロ。この二人がレイアを殺す権利をめぐって殺し合いをしていたのだ。バロードによって屋敷の使用人は奇しくもセシルと同じように皆殺しにされ、これまた奇しくもレイアは一人の殺し屋によって助け出されていた。
屋敷に近づくにつれてセシルの耳に嫌な噂が流れ込んでくる。
「スチュワート家が壊滅したらしい」
「使用人もろとも皆殺しだってよ」
心配するオイゲンとは違い、セシルは意にも介さない。
「自分の目で確認するまで信じられませんわ」
自分にそう言い聞かせて先を急ぐ。心なしか足取りは早くなっていた。
まだ新しい血と肉の臭い。
オイゲンでなくても充分に感じとることができた。もちろんセシルにも。
「……そんな」
屋敷は所々から火の手が上がり、死体を焼きながら侵食していった。今まで嗅いだことがない死の臭いにセシルは言葉を失う。
(まだ新しい。死後二日というところか……)
オイゲンはなんとか原型を留めている死体をまさぐる。ほとんどの死体は爆発にでも巻き込まれたのか、パーツがバラバラに飛び散っており、何人死んでいるのかも判別できない。だが、セシルの言っていたレイアとおぼしき少女の遺体は発見できなかった。
「お嬢様……」
屋敷の外でうなだれているセシルに声をかけるオイゲン。セシルはあの時のアーノルトのように死んだ目をしていた。
「オイゲン、わたくしはどうなるのかしら」
オイゲンは何も答えることができない。いつもならば答えなければセシルから苦言が呈されるのだが、今回はそれがない。
「お父様とお母様はどうなったの?」
今まで触れてこなかったことがおかしいくらいの質問がオイゲンに浴びせられる。当然オイゲンは答えない。
自分が関わらなければこんなことにはならなかったのに。後悔はいくらしてもしきれない。
「お父様とお母様に会いたい」
いつもは大人びて見えるその少女は年相応に、いやそれ以上に幼く見えた。
「……ここはいつ崩壊してもおかしくありません。とりあえず移動しましょう」
「……うん」
セシルはオイゲンの大きな手をぎゅっと握りしめる。その小さな手から震えが伝わってくる。
(たとえどのような結末になろうとも、この命だけは守って見せる)
そう心に決めたオイゲン。
レイアの遺体が無かったことから連れ去られたのではないかと仮定するオイゲン。もちろん判別不可能な死体の中に紛れている可能性も捨てきれないが、考えないことにした。
セシルにその事を説明し、レイアを探すことにした二人。手がかりがないか宿屋を転々とし聞き込むも、レイアの痕跡は全く見つからない。
やはりあのバラバラの死体の中に紛れていたのでは?そう考えるオイゲンだが、そんなことは口が裂けてもセシルには言い出せない。
町や村をさ迷う日々が続いたある日、ようやくレイアの目撃情報をある老人から聞く。数日前、近くの町で男と共にいるレイアを見たと言うのだ。すぐにその町を訪れた二人。町はそれほど大きくはなかったが、射撃大会が頻繁に開かれており、その影響でガンマン達で賑わっていた。
「本当にこんなところでレイアを見たというのかしら?」
セシルは案内してくれた老人を疑いの眼差しで見つめる。
「見たどころの騒ぎじゃないさ。何てったって連れのにぃちゃんが大会で優勝しちまったんだから。ありゃ、すごい試合だったな」
老人は興奮している。とても嘘を言っているようには見えない。老人の話によるとその男とレイアはルーカスの都へ向かったらしい。
「ルーカスの都、たしかメルの屋敷があった場所ですわね」
セシルはメル家に対していい感情を抱いていなかった。一番下のエレナは年は近かったものの、無愛想でいけすかず、上のムースとレイリーにはよくからかわれていたからだ。
だが今それしか手がかりがない。重い足取りでルーカスへと向かうセシルであった。
一方その頃レイアはすでにこの国にはおらず、モルガント帝国へと渡っていたのであった。




