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スティールスマイル  作者: ガブ
第三章 もう一人のゼロ
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episode 90 「アーノルト」

セシルは命を狙われたことを誰にも話さなかった。


オイゲンは今まで以上にセシルに仕え、屋敷のものたちもオイゲンを認め始めていた。セシルのために生きることに喜びと生き甲斐を感じ始めたオイゲン。セシルと出会ってからの日々は本当に幸せだった。


そんな幸せな日々の終焉は突如訪れた。オイゲンは一生忘れはしないだろう。あの日食の夜を。


星の光すらない真っ暗な夜。屋敷はすっかり寝静まっていた。オイゲンも床に入り、日中の賑やかさを思い出しながら眠りにつこうとしていた。そんなオイゲンのもとにあいつは音もなくやって来た。


「お前が殴殺か?」


声をかけられるまでその存在にすら気がつかなかった。


生気のない曇った目。全身を覆う殻のような服。セシルとは違った何とも言えない恐怖。


「……誰だ」


いきなり現れたその男は返答するよりも早くオイゲンの背後に移動し、首もとに手を当てる。


「もう一度だけ聞く。お前は殴殺か?」


ナイフすら通さないオイゲンの肉体に男の指が食い込む。流れる血の温かさとは反対に、オイゲンの背筋が凍る。生まれて初めて感じる死の予感。


「……そうだ」


男は食い込んだ指を離す。


「殴殺、今からお前の指令は俺が引き継ぐ。お前はすぐにここを立ち去り、すぐに本部へ向かえ」

「待て! お前は……」


いつの間にか男は消えていた。もし首筋から血を流していなければ、夢だったのではないかと錯覚するほど跡形もなく消えていた。


オイゲンはすぐに理解した。あの男こそが組織最強の殺し屋、暗殺のアーノルトなのだと。


オイゲンはセシルの部屋へと向かった。屋敷のなかは奇妙なほど静まり返り、侵入者の存在など微塵も感じさせない。だが確実にあの男は屋敷のなかにいる。セシルとその両親を亡き者にするために。


セシルはぐっすりと眠っていた。オイゲンはセシルを抱え、窓から屋敷を脱出する。そして何も考えず走り続けた。


「……ん。ん? なぜわたくしは外に……」


セシルが目を覚ます。


「お嬢様! お怪我はありませんか!」

「オイゲン? あなた一体何を……」


状況を理解できないセシルはオイゲンの顔を見て尋常な事態では無いことを悟る。オイゲンの顔は今まで見たことがないほど切羽詰まっていた。


小さな洞窟を見つけ、そこにセシルを押し込むオイゲン。


「お嬢様、ここから動かないでください」


オイゲンはそう言い残すと来た道を引き返していく。


屋敷に戻ってきたオイゲン。屋敷は相変わらず静まり返っていたが、いつもとは違う。懐かしい臭い、死の臭いが充満していた。


オイゲンは手当たり次第に扉を開け、生存者を探すが、使用人たちはまるで眠っているように息を引き取っていた。侵入者が現れたことはおろか、死んだことにすら気がついていないようだ。


オイゲンは最後の扉を開ける。セシルの両親の部屋だ。


「……」


両親の死体は首を失っていた。



「そこで何をしている」


アーノルトの声が響く。


「俺は言ったはずだ。本部へ向かえと」


アーノルトは両親の首をケースにしまう。


「指令では娘がいる筈だ。何処にいる」


帰り血で真っ赤に染まったアーノルトの手がオイゲンへと伸びる。


「娘は……すでに殺した」

「ではなぜ報告をしない? なぜ他の標的を生かしておく?」


アーノルトの手がオイゲンの首を掴む。


「……相手は大貴族だ。騒がれると仕事がやりにくくなる。内部から徐々に崩していく計画だった」

「死体はどうした?」

「す……すでに処分した。骨も砕き、処分した」


アーノルトはオイゲンの首から手を離す。首にはくっきりと手の跡が残る。


「ゲホ!」


「俺はこの首を持って本部へ戻る。お前も使用人どもの死体を処理し、本部へ戻れ。組織は今回のお前の失態を大きく見ている。次はない」


アーノルトが去った後、しばらくオイゲンは動くことができなかった。



オイゲンがセシルのもとに戻ったのはそれから半日後のことだった。セシルが生きているのを確認すると、オイゲンはその場に倒れ、気を失った。



血の臭いで目を覚ますオイゲン。臭いのもとはセシルだった。


「あら、目が覚めまして?」

「お嬢様!」


セシルの服は血と泥で汚れていた。


「お怪我を!」


すぐにセシルのもとに駆け寄り、体を触るオイゲン。


「ちょっと!」

「すぐに手当てを! どこですか!」

「やめ……」


むにっ


「……!」


ペチン!とセシルの平手打ちがオイゲンに命中する。


「何度も言わせないでちょうだい! わたくしはまだ未成年ですわよ! そしてあなた固すぎ!」


オイゲンの頬よりも攻撃したセシルの手の方がダメージがあるようだ。


「で、ですが」

「よく見なさい!」


セシルの腕にはウサギの死体が握られていた。どうやら血はウサギのもののようだ。


「お嬢様がお仕留めに?」

「そうです。お腹が空いてしまいまして……あなたも手伝いなさい」


たくましすぎる自分の主に驚きつつ、ウサギを捌くオイゲン。日に熱された岩の上で肉を焼く。


セシルは何も聞いてこない。セシルからすれば何が起きたのか全くわからない筈だ。不安に押し潰されそうになっているに違いない。だがセシルはそんなそぶりを一切見せない。


「お嬢様……」

「言いたくなければ言わなくて結構ですわ。察しはつきます。あなたとわたくしが、こうして無事生きている。今はそれだけわかれば充分です」


結局オイゲンは言い出せなかった。


アーノルトや組織はきっとすでに自分の裏切りに気づいているだろう。いつまでもここに隠れているのは危険だ。それを察してか、セシルの方から動き出す。


「ひとつ行き先に心当たりがあります。わたくしの古い友達、レイアの元です」


二人はスチュワートの屋敷を目指して歩き出した。




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