episode 9 「休息」
夜が明け、また1日が始まる。体が綺麗になり、おまけにゼロの新たな一面も見られたことで足取りも軽やかになるレイア。鼻歌交じりに道を進んでいく。
「ふふ。いい天気ですね、ゼロさん」
昨夜教えてもらったゼロの名前を呼びながら歩くレイア。自分が追われている身だということなどさっぱり忘れているかのようだ。
「あまりはしゃぐな。ころぶぞ」
レイアを見守りながら辺りを警戒するゼロ。突如茂みから追手が現れたらと思うと気が気ではない。今のところ追っ手らしき者は現れていないが、それが逆にゼロを不安にさせる。組織がそう簡単に裏切り者を見逃すはずはないからだ。
ゼロはフェンリーの事を思い出していた。
(あいつが本当に組織を抜けたのだとしたら、どうやって逃げ続けているのか。確かにあいつは強い。あの時も俺が全力で戦ったとしても勝てたかどうか。だが、それだけで組織から逃げきれるとは思えない)
選りすぐりの組織専属の殺し屋26名。少なくとも本人とゼロを除いた24名全員が襲い来るはずだ。どれだけ突出した力を持っていようとも、その全員を退けることなどできるはずがない。ここまで考えて矛盾に気付く。ゼロにフェンリー抹殺の指令は下っていなかった。フェンリーが組織を抜けたのが最近のことなのか、それとも気づかれていないのか。はたまた組織を抜けたということがそもそも嘘なのか。
「何にせよ、奴にもう一度会う必要があるな」
「どうしたのですか?」
苦い顔をするゼロを心配するようにレイアが覗きこむ。自分が浮かれすぎだから怒ってしまったのではないのかと、若干不安になる。
「……今夜は宿にとまるか」
常に気を張っていたゼロは疲れがたまっていた。多少のリスクを犯してでも、休めるときに休んでおかなければいざというときに戦うことができない。
「よいのですか? わたくしに気を使ってくださるのは嬉しいのですが」
ゼロが警戒を怠っていなかったのはレイアにもよく分かっていた。宿に泊まりたいのはもちろんだが、もしかして気を遣わせてしまったのでは無いかと、申し訳なさそうに返事をするレイア。
「俺が休みたいんだ」
そんなレイアの心情を読み取ってか、無理にでも宿に向かおうとするゼロ。戸惑いながらもレイアはついていく。
二人は久しぶりに街道に出た。只でさえ目立つ出で立ちのレイアだが、ボロボロの無表情の男を隣におくことでさらに人々の注目を集めた。
「……」
ひそひそと何かを話している人々の視線にあてられ、恥ずかしそうに下を向いてしまうレイア。
「気にするな。胸を張って歩くんだ。お前はなにも恥ずかしいことはしていない」
「ゼロさん……」
ゼロに励まされた事で、恥ずかしさは嘘のように消えていった。何も気にならなくなったレイアは前だけ見て歩く。
街道を進むと、小さな町に到着した。小さいながらも中々に賑わっており、宿探しには難航した。そしてようやく泊まれそうな宿を見つけた2人だったが、そこにも試練は待ち受けていた。
「すみませんねぇ、今お一人用の部屋しか空いてないんですよ。お二人で入っていただいても構いませんがベットは一つですよ」
宿屋の女将はニヤリいやらしく笑いながらゼロに部屋の空き状況を伝える。以前のゼロなら半殺しにしていたかもしれない。
「そこで構いません。お願い致します」
「おやおや、積極的なお嬢ちゃんだこと」
間髪いれずに答えるレイアに、にやつく女将が部屋を案内する。後ろからゼロもついていく。
「俺は構わないがお前はいいのか?」
「裸を見られたんです!一緒に寝るくらいわけないです!」
若干やけくそ気味に答えるレイア。よくよく考えてみればここ数日もほとんど一緒に寝ているようなものだ。
「……」
その夜、ベットには不満そうな顔のレイアだけが横になっていた。ゼロは風呂場を寝床にしていた。覚悟していただけに拍子抜けしてしまったレイア。よかったような、残念なような、虚しいような。
(少し期待しちゃたのがバカみたい)
赤らめた顔を隠すように毛布を頭の上まで被り、レイアは眠りについた。
レイアが久しぶりの毛布で寝息をたて始めた頃、爆殺のバロードはゼロたちが通ったけもの道を進んでいた。人が行動すれば必ず痕跡が残る。いくらゼロとはいえ、同じ殺し屋であるバロードの目を完全にごまかすことはできない。バロードはその痕跡を見逃さず、殺意のこもった体を進めていく。その両手に特性の爆弾を握りしめながら。
「待っていてくださいね。必ず殺しますから」
復活したBの殺し屋が、少しずつだが確実に二人を追い詰めていた。