episode 86 「同船者」
三人は準備を済ませ、再び皆とへと向かう。例のごとくフェンリーの手配した船に乗り込む。だが今回は貸しきりではなく、一般の客も乗船しているようだ。
「わりぃフェンネス。どうしても乗るって聞かなくてよ」
船長は若干ホクホク顔で謝罪する。あきれた顔で返すフェンリー。
「たっく、いくら積まれたこの野郎。怪しいやつじゃねぇだろうな」
船長は一人の女性を指差す。
「有名人さ。美人だろう?」
「……マジかよ」
船長の指の先にいたのは銀髪碧眼の少女だった。世界に名を轟かせる四大貴族一の大富豪、アルバート家の一人娘。
「おや、美しいお嬢さんだ。是非ご挨拶を」
少女に不用意に近づこうとするワルターの襟首を掴むフェンリー。
「バカ! あいつが誰だか知らねぇのか!」
「痛いじゃないか。知らないから名前を聞きに行くんだろう?」
二人のやり取りに気づいたのか、少女がこちらを見ている。
「あら、あなたたちかしら? 船を貸しきりにするなんて大胆な真似をしたのは」
少女は見下した目付きで三人に話しかける。
「すいません、すぐに降りますんで」
「ちょっと待ちなさい! 今降りたらまるでわたくしの事を嫌っているみたいじゃない!」
へーこら頭を下げ、船を降りようとするフェンリーを呼び止める少女。
「わたくしと同じ船に乗ることができるなんて光栄に思いなさい」
少女に背を向けたまま嫌な顔をするフェンリー。
(噂には聞いてたが、くそめんどくせぇガキだな。だがここは慎重に、機嫌を損ねたらおしまいだ)
にっこり笑って振り向くフェンリーが見たものは少女の腕をとるワルターの姿だった。
「これは美しいお嬢さん。俺の名前はワルター・フェンサーです。是非ワルターとお呼びください。それであなたはなんとお呼びすればよろしいですか?」
(アホ! なに馴れ馴れしくしてやがる!)
焦るフェンリー。
だが少女はまんざらでもない様子だ。
「あら愚民にしては礼儀正しいわね。特別にセシル様と呼ぶことを許可致します」
「光栄です。セシル様」
簡単に片膝を地面につけ、頭を下げるワルター。セシルはとてもご満悦だ。
「さあ、あなたたちも名乗りなさい」
セシルが二人に話しかける。
「……俺はゼロだ」
「あら、そう。それでそちらのでかいあなたは?」
「フェンリーです、セシル様」
「まだあなたにセシル様と呼ばせてあげる権利は与えて無いけれどまぁいいわ。ゼロ、あなたも許可します」
セシルは上機嫌で使用人たちが待つ船室へと入っていく。
「ワルター、お前本当に軽い奴だな。プライドとかねぇのか?」
「もちろんあるさ。けどこんなことで傷つけられるほど安くはないだけさ」
ワルターはいつものように飄々としている。
「俺はストレスで髪が抜けそうだぜ。ゼロ、お前はどうなんだ?」
「……俺は何も」
「はぁ、相変わらず暗い奴だな」
船室の窓から中の様子を伺うフェンリー。
「フェンリー、君って男は。覗きなんてやめたまえ」
「静かにしてろ!」
ワルターを制止しるフェンリー。中にはセシルとそのボディーガードらしき人物がいた。
ボディーガードの男はすぐに覗きに気がつき、こちらに向かって歩いてくる。
「やべぇ!」
扉がバン! と開き、その男の姿があらわになる。男はフェンリーに引けをとらない大男で、体格はフェンリーと違いがっしりとしている。
「なんの真似だ。……お前は!」
スーツが筋肉ではち切れそうなその男は、ゼロを見るなり、低い声で驚いた。
「何がありまして?」
「なんでもありません、お嬢様!」
セシルがこちらに来ようとするのを必死で止めるその男は、ある人物にとてもよくにていた。
「貴様……まさか」
ゼロの鋭い眼光が男を刺す。
「久しぶりだな。惨殺のゼロ」
「やはり……貴様か。殴殺のオイゲン」
殴殺のオイゲン。組織最強のパワーを誇る殺し屋。武器を一切使わず、自らの肉体のみで標的を抹殺する。
警戒するゼロ。オイゲンと対立したことはないが、その強さは耳にしていた。
素手で肉を引きちぎり、首をもぐ。鋼の肉体を誇り、物理的なダメージを通さない。
その男が今目の前にいる。
「オイゲン、貴様ここで何をしている」
「ゼロ、お前には関係ないことだ。俺の邪魔をするならお前たち全員解体してやる」
互いから発せられる殺気によって、海が揺れる。戦闘体制にはいるゼロ。戦いが始まろうとしている。




