episode 82 「新たなる旅立ち」
イシュタルとの激闘から三日後。
各々は傷を癒していた。
ワルター、リースの両名はなんとか一命をとりとめた。が、ワルターの腕は元には戻らず、リースも胸から腹にかけて大きな傷が残ってしまった。
リザベルトはイシュタルの小屋で発見された。とても衰弱していたが、順調に回復に向かっている。
ローズ、マーク、フェンリーの三人は既に日常生活に戻れるまで回復していた。
イシュタルは行方不明だ。
しかし元々表舞台には出てこなかったため、その事に気づいているものはごく少数で、騒ぎ立てるものはいなかった。
ゼロ、レイア、ケイトの三人はローズの屋敷に集まっていた。
「元帥殿はまだ見つからないのか。ゼロ、まさかお前……」
ローズは元帥にたてついたことの処分に震える。今のところなんのお咎めも無いのが余計不安を駆り立てる。
「俺はなにもしていない。しかしあの状態で逃げ出すとは恐ろしい回復力だな」
あのあとローズから十闘神と加護の説明を受けたが、突拍子過ぎてあまり信じていないようすのゼロ。だが実際フェンリーやイシュタルの力を体験したとあれば信じざるを得ない。
そしてもう一つ信じられない話をフェンリーから聞かされるゼロ。
組織最強の殺し屋、暗殺のアーノルトと戦うという話だ。
フェンリーがかつてレイアが軟禁されていた部屋から出てきた。どうやらフェンリーの喫煙室になったようだ。
部屋の中からタバコの煙が漏れる。鼻をつまむケイト。
「フェンリー、お前は本当にあの男と戦うつもりなのか? そもそもお前達を襲ったというのは、本当にあの男だったのか?」
「ああ、間違いねぇ。俺達をまるで子供扱いしやがった。あんなことできるのは奴しかいねぇ」
フェンリーはあの地獄を思い出す。
ゼロは小さくため息をつく。
「誰かを殺すとき、一番重要なのは情報だ。そして俺が持っているアーノルトの情報は一つだけ。化物だということだ。俺は直接奴と対峙した事はないが、恐らくその実力はイシュタル並みだろう」
「かも知れねぇ。だがなゼロ、俺は連中の仇をとらなくちゃなんねぇ。俺にとってやつらはお前にとってのレイアなんだよ」
「……」
これ以上フェンリーに何を言っても無駄だろう。フェンリーの気持ちは痛いほどわかる。逆の立場なら恐らく自分もそうする。そう思うゼロ。
「それで、俺に協力しろと?」
「ああそうだ。言っておくがお前に断る権利はねぇぞ?なぁ、レイア」
にやにやとレイアを見るフェンリー。気まずそうにそっぽを向くレイア。ケイトは言わんこっちゃないといった表情を浮かべている。
「……レイア、説明してくれ」
観念して説明し始めるレイア。
「確かにフェンリー、お前にはずいぶんと世話になった。その点については礼を言う」
「いいってことよ。ちゃんと約束を果たしてくれるならな」
「……仲間なら無償で助け合って当然だ。だが俺達は仲間という訳ではない。」
「確かにな。ならこれは契約だ。契約を破れば俺達仲間どころか敵同士だぞ?」
「……」
黙り混むゼロ。
「ゼロ、もう仕方ない。こいつと縁を切ろう。アーノルトと敵対するなんて馬鹿げてる」
ケイトはアーノルトと戦うことを断固反対する。
「いいのか? 大体お前らははなから組織から追われる身だろ? いつかアーノルトの野郎がよこされる日も来るぜ、きっと。俺まで敵に回して果たしていつまで生きていられるかねぇ」
「う……」
ケイトも黙り混んでしまう。
しばらく沈黙が続いたあと、最初に声をあげたのはレイアだった。
「フェンリーさん。わたくしが一緒についていきます。ですからお二人は許していただけないでしょうか?」
「お前、何言って……」
頭を下げるレイア。
「約束を破ってしまったことは謝罪致します。申し訳ありませんでした。勝手なことを言っているのは承知しています。わたくしが道中で仲間を募ります!」
「そう言われてもなぁ。……ゼロ、レイアにここまで言わせといてお前はだんまり決め込む気か?」
このままでは本当にレイア一人でいってしまいそうだ。覚悟を決めるゼロ。
「……レイア、もういい。俺が行く」
「ゼロさん!」
「お、やっとわかってくれたか」
レイアが慌てだす。
「いけません!せっかくもとに戻ったというのに!」
「ローズ、二人を頼む」
「承知した」
早速準備に取りかかろうとするゼロの裾を掴むレイア。
「聞いているのですか! わたくしはあなたが心配……」
レイアを抱きよせるゼロ。
「わぁ大胆」
フェンリーが茶化す。
「ぜぜぜゼロさん!?」
「レイア、俺もお前が心配だ。確かにフェンリーの言うとおり、アーノルトはいずれ俺たちの前に現れるだろう。遅かれ早かれ奴との戦いは避けられない。」
「ならわたくしも一緒に!」
顔を真っ赤にするレイアの肩を持ち、言い聞かせるゼロ。
「それはダメだ。理由はわかっているはずだ」
「ですが!」
レイアの唇に人差し指を当てるゼロ。
「安心しろ。俺は必ず戻ってくる。お前は新しい手料理でも作って待っていてくれ」
レイアをたしなめ、ケイトのもとに向かう。
「ケイト、お前のことは信頼している。レイアが無茶しないように見張っていてくれ」
「任せて 」
再びゼロの裾を掴むレイア。
「絶対、約束ですよ」
「ああ、約束だ」
レイアは涙を必死にこらえ、二人は指切りを交わす。




