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スティールスマイル  作者: ガブ
第一章 ゼロとレイア
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episode 8 「月夜」

二人が家を出発してか3日が経っていた。組織に痕跡を残さぬよう宿泊施設などは利用せず、道でない道を休憩を挟みつつ移動し続けた。今まで生活のほとんどを屋敷の中で過ごし、運動と言えば散歩のみだったレイアにとって、それは実に過酷な旅だった。服は所々擦りきれ、髪はベタつき、肌が荒れる。ゼロは何事もないようにもくもくと歩き続ける。はぐれないようについていくのがやっとだった。


「あのぉ……お風呂とかって……」


ゼロが振り向き鋭い眼光でレイアを見る。


「だめ……ですよね」


がっくりとうなだれるレイア。期待などしていなかったが、それでも小さな絶望感は拭えない。


「水の流れる音がする。近くに川でも有るのかもしれない。そこで服と体を洗うといい。……冷たいがな」


ゼロの言葉にパアッとレイアの顔が明るくなる。耳を澄ませ、音のする方へと走っていくレイア。しばらくするとゼロの予想通り小さいながら川があった。


急いで服を脱ごうとするが、当然ゼロの視線が気になる。


「……えーと。その……」

「気にするな。」


顔を少し赤らめるレイアだが、ゼロは気にしない。レイアはもちろん気にしてしまう。


「言いたいことは分かる。だが、俺はお前のボディーガードだ。一時もお前から目を離す訳にはいかない」


キリッとした表情で下心のないことをアピールするかのように告げるゼロ。


(先ほどまで振り返りもせずどんどん歩いてたじゃないですか!)


心の中で叫びながら、レイアは観念して服を脱いでいく。月明かりに照らされ、白い肌と輝く金髪が妖艶な魅力を放つ。ゼロに背を向けつつ、泥だらけの服を洗うレイア。そして冷水に徐々に体をならしながら汚れを落としていく。


「ああ!!」


体を濯いだ後、重大なことに気づき、思わず声を上げるレイア。


「どうした?小指でもぶつけたのか」

「わたくし……着替えを用意していませんでした」


小さな絶望は、徐々に大きな絶望へと変貌していった。



「いい加減観念したらどうだ。風邪を引くぞ」

「いやです! わたくしは女の子なのですよ!」


ゼロの言葉を受け入れないレイアは肩まで水に浸かり、服が乾くのを待つという無謀な挑戦を続けていた。


「仕方ない。俺の着替えを貸してやる」

「なぜ直ぐに用意してくださらないのですか!」


バサァと水から勢いよく飛び出るレイア。その全てをさらけ出しながら。



「わすれてくださいね」


レイアはゼロの服に身を包みながら、いつもとは違う笑顔を浮かべていた。


「今日は冷えるな」


そう言うとゼロは毛布を取り出しレイアにかける。レイアはよほど寒かったのかすぐさま毛布にくるまる。日も暮れてこれ以上進むのは危険と判断し、この川辺で野宿することに決めると、ゼロはなれた手つきでインスタントコーヒを沸かし始めた。暖かいコーヒーが煎れ上がり、レイアに手渡される。


「ありがとうございます。コーヒー好きなんです」


本当は飲んだことなどなかったが、好きになれそうな味だった。


「貴方は飲まれないのですか?」


ただ静かにこちらを見ているだけのゼロに問いかける。


「ああ。カップが一つしかないからな」

「ここ、空いてますよ?」


そう言うとレイアは自分が口をつけたところの反対側の淵を指差す。カップを受け取り飲んでみる。すると今まで飲んだことのない、とてもほろ苦い味がした。


夜がふける。レイアはとても満足そうな顔をして、既にすやすやと眠りについていた。

ゼロは見張りを始める。そしてここ一週間のことを思い出していた。考えてみればあの十年前の出来事を除けば過去を振り返ることなどなかった。意味もなければ理由も無いからだ。だけど今は意味もあれば理由もある、そんな気がしていた。


「眠らないのですか?」


後ろから目を擦りながらレイアが声をかけてくる。ゼロは振り向かない。


「見張りの途中だからな」


心なしか軽やかな声だった。


「そうやっていつも起きていたのですか? たまには寝てください」


確かにここ3日間、ゼロの寝顔は見ていない。そう言ってゼロの前に回り込むレイア。そこで驚くべきものを目にした。


それはお世辞にも笑顔とはほど遠いものの、口角は僅かに上がり、鋭い眼光は丸みを帯びていたゼロの姿だった。


「やっと見られました。殺し屋さんのそんな顔」

「俺はもう殺し屋じゃない。ただのゼロだ。……レイア」


満面の笑顔を浮かべるレイア。


「やっと名前で呼んでくださいましたね! ゼロさん!」


名前を教えてくれたこと、そして名前を呼ばれた事の嬉しさではちきれそうな笑顔を見せるレイア。その笑顔を見ながら笑おうとするゼロ。端から見れば不気味な表情かもしれないが、レイアから見ればそれは立派な笑顔だった。


お互い苦しく辛い一週間だったが、人生で一番の思い出ができた二人だった。


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