episode 79 「死力」
イシュタルの剣に対抗する手段はもう無い。
(クソ、クソ、クソ! 勝てなかった、届かなかった。……済まないリース)
キン!
ワルターの耳に聞こえてきたのは肉を斬り裂く音ではなく、剣を剣で受ける金属音だった。
「何をぼさっとしている! さっさとその腕を拾って下がれ! ここで死んでどうする!」
「……ローズ」
ローズの剣はエクスカリバーの一撃を受けて真っ二つになる。
「愚かな弟子よ。二度目の忠告はないぞ」
「必要ありません」
ローズはワルターの剣を拾う。
「腕を貸せ!」
フェンリーはワルターの傷口を凍らせ、ちぎれた腕を氷でおおう。
「とりあえず冷凍保存しとく。くっつくかはわかんねぇぞ?」
「済まない」
ローズがイシュタルの相手をしているうちに、ワルターはフェンリーの肩を借りてリースのもとへと移動する。リースは胸から腹にかけて肉を裂かれていた。
大切な妹の顔を残った腕で撫でるワルター。
「ごめんなリース。敵はとれなかったよ。弱い兄貴でごめんな」
ワルターは涙を浮かべる。レイアがワルターに寄り添う。
「リースさんはきっと助かります。ワルターさんも気持ちを強く持ってください! リースさんが目覚めたとき、そのような泣き顔を見せるつもりですか?」
涙をぬぐうワルター。
「レイア君、君の言うとおりだ。フェンリー俺はここまでだ。あとは頼んだよ」
フェンリーの裾を掴むワルター。今まで見たどのワルターよりも本当のワルターを見た気がしたフェンリー。
「まかせとけ。レイア、ケイト、二人を頼んだ」
「幸運を祈ります」
「死んだら墓ぐらい、たててあげる」
ローズはもう持ちこたえられそうに無い。残された戦力はフェンリーだけだ。
正直イシュタルとの相性は最悪だ。自慢の氷はエクスカリバーを持ってるイシュタルに対しては全くの無意味。普段は汗をかくことがないフェンリーの頬にしずくが滴る。
「よぉねーちゃん。手ぇ貸そうか?」
「口の前に手を動かしてくれると、ありがたいな」
「りょーかい!」
フェンリーは自分の靴裏を凍らせ、地面を滑って木葉を拾い上げる。その木葉を凍らせ、手裏剣のようにイシュタルに向かって投げつける。
「この程度、触れるまでもない」
イシュタルはエクスカリバーを縦に思い切り振る。その衝撃で氷の手裏剣は吹き飛ばされる。
「だろうな、こっちが本命だ!」
氷槍と化した木の枝がイシュタルを襲う。
「面白い、だが甘い」
全て弾き飛ばすイシュタル。
「今だ! やれねーちゃん!」
「元帥殿、お覚悟を!」
ローズは全ての力を剣に込める。狙うはエクスカリバーを持つ右腕。とっさに体を反らすイシュタルだが、ローズ渾身の一撃を全て避けるには至らなかった。
「ぅ! だが……」
「させるか!」
右腕にできた大きな傷を治そうと、左手の力を使おうとするイシュタルを掴むフェンリー。イシュタルの左腕はみるみるうちに凍っていく。
「うぐ!」
「させん!」
今度は氷とフェンリーを排除すべく右腕のエクスカリバーで攻撃しようとするイシュタルだが、それをローズが防ぐ。剣は空高く弾き飛ばさるが、さらに今度は空いた手のひらで掌握の力を使うべく、フェンリーの頭部を狙う。が、一方及ばずイシュタルは氷漬けになる。
「やった……のか?」
「……ああ。俺たちの勝ちだ」
バタッと地面に仰向けに倒れる二人。今ごろになって恐怖と痛みが身体中を駆け巡る。
「う、これは何本か骨が折れているかもな」
「大丈夫かよねーちゃん。とりあえず医者んとこ行ってきな」
「その呼び方はよせ。医者に行く前にリザベルトだ。私はこのまま帝都に戻る」
「そうか、じゃあ俺はワルター達を医者に……」
グサッ!
イシュタルの方から聞こえたその音の正体は、エクスカリバーがイシュタルに突き刺さった音だった。
氷は一瞬で消え去り、中から血まみれのイシュタルが現れる。その傷も左手で触れることによりすぐに完治し、まるでぐっすり寝たあとかのような万全な状態となって、再びフェンリーたちの前に立ちふさがる。
「まさかこのワシを死の縁に追い込むとは……最大の称賛を貴様らに送ろう。」
フェンリーとローズは固まる。もう一歩も動けない。
「さあ、続けようか。殺し合いを」




