episode 78 「ワルターvsイシュタル」
「確かに貴様は既に大佐ではないな。ただの反逆者だ。反逆者の末路はわかっているな?」
「ああ。それはどこでも一緒だ」
惑殺のワルター。
歯に衣着せぬ発言をしたかと思えば意味もなく嘘をつく。味方もろとも敵を惑わせ、同士討ちをさせる。普段はそんな策士のワルターだが、今は違う。誰の目に見ても怒りで膨れ上がっている。
「フェンリー、君はリースを頼む。この老いぼれには俺が引導を渡す」
「あ、ああ」
フェンリーは瀕死のリースを抱え、後ずさりする。
状況はなんら変化してはいない。イシュタルが弱くなったわけでも、ワルターが特殊な力に目覚めたわけでもない。が、明らかにワルターから放たれる殺気は先程までとは違う。
変わったものがあるとすれば戦う理由。
先程までは戦いに理由は存在していなかった。戦うことが目的だったからだ。だが今は違う。
妹を傷つけたこの男を殺す。ワルターに明確な戦う理由が生まれた。
「フェンサー、正直お前を甘く見ていたよ。ただの戦闘狂かと思っていたが、中々見所がある。どうだ? この件が片付いたらワシの弟子にならんか?」
今までのワルターなら飛んで喜んだだろう。もちろん今はそんな気はさらさら無い。
「死に行くお前に弟子がとれるのか?」
イシュタルの首めがけて突っ込むワルター。
「首が落ちれば加護も意味をなさないだろう!」
「確かに。故に避けさせてもらおう」
ワルターの一閃は空を斬る。しかしそこでワルターの攻撃が終わるわけではなく、その勢いを利用して一回転し、もう一撃イシュタルに放つ。が、エクスカリバーの存在がワルターの攻撃を阻む。
(根本的な力は変化していない。だが何故か攻撃の鋭さが増している。この小僧に何があったというのだ……)
実力は天と地の差。それが縮まったわけでもない。が、確かにワルターの剣はイシュタルに届きうるところまで来ていた。
地面を転がるワルター。フェンリーが駆け寄る。
「おい! 大丈夫か!」
「ああ、リースはどうした」
ワルターは足をかばいながらなんとか立ち上がる。
「止血はした。今はレイアが診てくれてる」
「そうか、なら俺の足の骨を凍らせてくれ。君とやりあったときの傷が痛み出した」
ワルターの足は以前フェンリーと戦ったときに、骨にヒビが入っていた。もちろんまだ完治はしていない。
「いいのか、どっちにしろまともには動けねぇぞ」
「なら君が力を貸せ。あの老いぼれはなにがなんでもここで殺す」
フェンリーは指先に鋭利な氷を作り、それをワルターの足に突き刺す。
「ッ!」
その氷はワルターの骨に触れた瞬間、フェンリーの指からワルターの骨へと移動する。指をワルターの肉体から引き抜き、傷口を凍らせるフェンリー。
「長くは持たねぇ。おまけに激しく動きすぎると今度はヒビどころじゃすまねぇぞ」
激しく痛む足をアドレナリンでごまかしながら再びイシュタルの前に立つ。
「あえて苦しみながらの死を選ぶか。愚かな男だ」
「苦しみながら死ぬのはお前だ。俺は苦しみながら生きてやる」
ワルターは防御を捨て、全神経を攻撃に当てる。まさに捨て身の作戦だ。剣を突き出し、なにも考えずイシュタルに突っ込む。
フェンリーも援護する。地面を凍らせ、イシュタルの動きを封じると同時に滑りを利用してワルターを加速させる。イシュタルの足元はエクスカリバーによって無効化されてしまったが、その際生じた隙を狙ってイシュタルに思い切り剣を突き刺す。
ワルターの剣はイシュタルの脇腹に突き刺さる。
イシュタルにダメージを与えることには成功したものの、その代償はあまりにも大きい。
ワルターの足は完全に折れてしまい、イシュタルの目の前で倒れる。イシュタルがその隙を見逃すはずもなく、容赦ない一撃を浴びるワルター。助けに入ったフェンリーの氷などまるで初めからなかったのようにエクスカリバーの刀身がワルターに食い込む。
「あがァァァァァァ!」
ワルターの左腕は完全に体から切り離され、血で辺り一面を染める。
それでもなもワルターは戦意喪失しておらず、イシュタルを睨み付ける。だが足が折れれば立つことはできない。腕がなければ剣を握ることもできない。
「やはり、苦しみながら死ぬのは貴様だったな」
なすすべないワルターに再び無情な一撃が浴びせられる。




