episode 77 「強大な敵」
軍人、そして殺し屋として数々の修羅場をくぐり抜けてきたワルターだが、今まさに最大の修羅場を迎えていた。戦える喜びはもちろんあるが、若干恐怖の方が勝っていた。
元弟子としてイシュタルの強さ、恐ろしさを存分に理解しているローズの恐怖心はそれ以上だ。
(落ち着け、いや、落ち着いては駄目だ。一瞬でも元帥殿から目を離すな。全神経を集中させろ)
そんなローズの視界から軽々と消えるイシュタル。いきなり横のマークが吹き飛ぶ。
「なっ!」
何が起きたか理解できないまま、マークは血を撒き散らしながら戦闘不能となる。
「ガイアの弟よ。貴様は殺さないでおいてやる。ガイアと争うことになれば少々面倒なのでな。おとなしくそこで寝ていろ」
三人は戦慄する。
(なんだ今の動きは……明らかに前より速ぇ)
フェンリーは力の差を思い知る。以前は例え反応できなくとも氷である程度ガードすることはできた。だが今回はそうもいかない。聖剣エクスカリバーは全ての加護を無効化する。それはフェンリーの氷も例外ではない。
聖剣の効力についてフェンリーは知らない。だが直感で理解する。あれはヤバイと。
「さて、次はどうしたものか。先程の小僧と同様お前に手を出せばおそらくジャンヌが黙ってはいないだろう」
フェンリーやワルターの事などまるで眼中に無いようにローズに語りかけるイシュタル。この隙に一撃を加えようとする二人だが、隙などどこにも存在しない。
「ローズ。今ここで再びワシの元に下るというのならこの狼藉も不問としよう」
「……リザベルトは無事なのですか」
「ある程度は回復させてやった。死ぬ心配は無いだろう。あとはこの件が片付いてからだ」
目を閉じ、剣を下ろすローズ。それを見て慌てるフェンリー。
「おい、ねーちゃん。まさか、寝返ったりしねぇよな?」
「それを聞いて安心しました。これで心置きなくあなたと戦えます。元帥殿」
「……貴様も死の淵で後悔するまで相手をしてやろう」
次なる標的をローズと決めたイシュタルが迫り来る。とっさにフェンリーご氷の壁を作り妨害するが、イシュタルのエクスカリバーに触れた瞬間跡形もなく消え去る。
迎え撃つのは不可能と判断し、防御姿勢をとるローズ。が、防御は軽々と崩され、柄頭でローズの鎧の上から一撃を加える。
「ガッ!」
鎧は砕けちり、息が止まるローズ。直後嘔吐し、その場に崩れ落ちる。
「どうだローズ。こんなことをしてお前になんの得がある? ワシに勝てると本気で思っているのか?」
既に返答ができないローズに語りかけるイシュタル。無防備なローズに強烈な蹴りを浴びせ、マーク同様意識を失うローズ。
「さて、この愚か者共と違い、貴様らを生かしておく理由はない。もはや助かる術はないぞ」
「おいおいこりゃマジでヤバイかもな」
「そうだね。死んでしまうかもしれない」
「にしては余裕そうだな」
「焦っても仕方ないだろう?それに最後の相手が元帥殿なら本望さ」
一人でイシュタルに飛びかかるワルター。当然刃はイシュタルには届かない。攻撃は弾かれ、繰り出されるイシュタルの一撃をよける術もない。
(ああ。やっぱり強いな。結局ゼロとは戦えずじまいか。アーノルトとの再戦も叶わなかった。次生まれ変わったらもっと修行しないとな)
死を受け入れ、目を閉じるワルター。
しかしイシュタルの剣はワルターを斬殺することはなく、自ら後ろに迫っていたリースを斬り裂く。
「あわれな娘だ。おとなしく隠れていれば見逃してやったものを」
リースから飛び散る血はワルターまで到達する。
「は?」
倒れるリース。既に意識はなく、血の流れる音だけがする。
「は?」
ワルターはリースのもとに寄り添う。
「は?」
イシュタルがゆっくりとワルターの後ろにつき、剣をワルターの顔の横につける。
「貴様もすぐその娘の元に送ってやろう」
ワルターは動かなくなったリースを抱え、フェンリーに預ける。
「頼む」
フェンリーはリースを受け取り、傷口を凍らせる。それを見届けると再びイシュタルのもとへと向かうワルター。
「さて、フェンサー大佐。別れの挨拶は済んだかね?」
ワルターの目付きは先程までとはまるで違う。口調も変化している。
「……今から俺はフェンサー大佐ではない。俺はW。組織の殺し屋、惑殺のワルターだ」




