episode 7 「旅立ち」
組織の医療施設でバロードは目を覚ました。起き上がるが後頭部に激痛が走り、再び横になる。記憶が曖昧だ。
「目が覚めたか。お前を軍から奪還するのにずいぶん金と命を使った。その分の働きはしてもらうぞ」
組織の幹部らしき男がバロードに近づく。相当気が立っている様子だ。
「私は負けたようですね」
徐々に記憶が戻る。あの屋敷での忌々しい記憶が。
「お前だけではない。ドレクもやられた。まったく使えない」
「やられた? 殺されたのか!」
ドレクの名を男が発したとたん、バロードの形相が変化する。
「意識が戻らない。戻ったとしてもヤツはもう機能しないだろうな」
今にも暴れだしそうなバロードに対し、冷静沈着に告げる組織の幹部。バロードの脳裏には嫌な想像が巡り始める。使えなくなった殺し屋の末路は嫌になるいくら見てきた。
幹部の男が去った後もしばらくバロードは怒りが収まらなかった。シーツを引き裂き、その大きな拳で手当たり次第にベッドを殴り付ける。後頭部の傷は開き、拳からも血が滴っているが、それでも怒りは収まらない。
「ゼロォ、レイアァ貴様らは必ず殺してやる、爆破してやる、辱しめてやる、生まれてきたことを必ず後悔させてやる……」
バロードは一人、崩れ落ちたベッドの上で怒りに身を委ねた。
「ドレクは意識を取り戻したんだろう?」
外ではバロードの様子を眺めながら幹部の男たちが話をしている。
「ああ、だからもう一度失ってもらった。ヤツはすでに戦意を失っていた。火の消えた殺し屋はいらない」
「なるほど。他の火を燃やすための燃料になってもらったというわけか」
「そういうわけだ。バロードはまだ使える。燃え尽きるまで使わせてもらうさ」
2人の幹部は邪悪な笑みを浮かべながら消えていった。
その頃レイアから10年間手入れされ続けていた銃は持ち主のもとに返された。
「やはりこれがないと落ち着かないな」
ゼロは相棒をホルダーに収納する。
「また人を殺すのですか?」
レイアが心配そうに問いかける。もしそうなら、これを返すわけにはいかない。
「殺しをやめることはできない」
なにか言いたそうなレイアを遮り話を続けるゼロ。
「俺は組織を裏切った。これからは組織の刺客たちが俺を亡きものにしようと襲い来るだろう」
レイアはこちらを見つめている。
「身を守るために俺は戦わなければならない」
まっすぐとレイアを見つめるゼロ。思わず目をそらしてしまうレイア。
「そう……ですか」
悲しそうな表情のレイア。おそらく何を言っても無駄だろう。
「お前はどうする気だ。お前の名前は組織のデータベースにあった。間違いなくお前も組織にマークされている。そもそもお前の抹殺を組織に依頼したのは誰だ?」
レイアに心当たりはなかった。だがレイア本人には無くともスチュワート家には有るのかもしれない。
四大貴族のひとつ、スチュワート家。スチュワートを蹴落とし、四大貴族の名を獲ようとする貴族はいくらでもいる。
「そいつを探しだし、依頼を取り下げさせない限りお前はいつまでも狙われ続けるぞ」
その通りだった。ここに隠れていてもいずれは見つかってしまうだろう。
「ひとつ、お願いがあります」
そう言うとレイアは頭を下げた。
「わたくしのボディーガードを引き受けていただけないでしょうか? 報酬ならきちんとお支払します」
レイアは昨日自分が隠れていた引き出しからネックレスを取り出し、ゼロに手渡す。
「これは?」
それは大きな宝石があしらわれた一目見ただけでただものではないと思えるネックレスだった。
「幼い頃母から頂いた物です。代々スチュワート家に伝わるものだそうで、それなりに値は張ると思います。今はこれしかありませんがお願いします」
ネックレスとレイアを見つめるゼロ。
「わかった。だが、報酬はきちんと受けとるぞ」
「はい! ありがとうございます!」
大切なネックレスを失った悲しみなど一切顔には表さず、満面の笑みを浮かべるレイア。その笑顔を確認すると、ゼロは持っていたネックレスをレイアの首に戻す。
きょとんとするレイアに優しく語り掛けるゼロ。
「報酬は確かに頂いた」
レイアは思わず涙を浮かべる。そしてよりいっそう笑顔になった。
次の朝、二人は家を後にした。
「あてはあるのか?」
荷物を確認しながら尋ねるゼロ。
「他の四大貴族の方々を訪ねようと思います。まずはメル家です!」
元気よく答えるレイア。不安はもう無い。むしろ希望と興奮に満ち溢れていた。望んだ形での始まりでは決して無い、消えることの無い傷も心に刻んだ。だが、これで終わりではない。ここからレイアの新しい人生だ。
元殺し屋と、その元ターゲットの二人組。奇妙な2人の旅が始まった。