episode 596 「人VS魔女」
ゼロは執拗に魔女の足を攻撃する。神の力を込めた必殺の攻撃も、最後の力を振り絞った魔女にとっては針でつつかれた程度のダメージだ。だが、色欲も傲慢も強欲も嫉妬も暴食も棄てた今の魔女にはダメージが確実に通る。
「つっ! ゴミゴミゴミゴミがぁぁ!!」
僅かなダメージでも怒りが増幅する。それに比例して魔女の体格はどんどん大きくなる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アーノルトは雄叫びをあげながら魔女の全身にクナイを突き刺していく。こちらも微々たるダメージだが、積み重なれば膝をつかせる程度にはダメージを与えられる。
地響きをたてながら倒れる魔女。ただでさえぼこぼこの地面が完全に割れる。その割れ目に魔女は落下し、その奥深くに落ちていく。
「モルガナ! 今だ!」
「うん!」
マリンの叫び声にモルガナが答える。マリンが運んできた海水を地面の割れ目に流し込み、魔女を窒息させる作戦だ。
「ごぼ、ごぼぉぁぁ!!」
何トンもの水が魔女を襲う。圧倒的な量の水に対していかに魔女といえども逆らうことができない。魔女は蓄積した怒りを一点に集中させていく。
「調子に乗るなぁぁぁ!!」
魔女の体から高温が発せられ、水を一気に蒸発させる。その際に起こった水蒸気爆発によって魔女の体は甚大な被害を負うが、それは地上に居たゼロたちにも大打撃を与える。
地面が爆発し、ゼロとアーノルトは空高く打ち上げられる。このまま落下すればまず命は助からない。神々も被害を受けており、レイアとワルターを守るので精一杯だ。ゼロたちの救出までは見込めない。
「アーノルト、何か手はあるか?」
ゼロは一緒に飛ばされたアーノルトに声をかけるが、アーノルトの顔は芳しくない。
「俺は落下しても死にはしないだろうが、お前は別だ。即死は確実だろう。そして残念ながら手はない。俺にはな」
「俺には?」
意味深な答え方をするアーノルト。アーノルトは何かに気がついているようだった。その答えはすぐにわかった。
ピキピキピキ!
音を立てて何かがゼロの体に向かって突き進んでくる。
「これは……」
それは氷だった。氷はゼロとアーノルトの体に付着し、二人の落下の威力を弱める。
「わりぃ、探すのにちょっくら時間かかっちまった」
「フェンリー!!」
地面に居たのは紛れもなくフェンリーだった。ゼロは思わず流れてきそうな涙をこらえ、地面へと着地する。そのゼロを待っていたのは暖かい包容ではなく、熱いビンタだった。
「バカ野郎! だから言っただろうが!」
ゼロは頬を押さえつつも、無言でレイアとワルターのいる方向を指差す。
「お前……やっぱり」
フェンリーの目頭が熱くなるが、再会を喜ぶのもつかの間。地面の割れ目から勢いよく魔女が飛び出してくる。
「にん……げん……ども!!!」
自我を完全に失っており、かつての魔女の面影はどこにもなかった。
「どっわ! あれが魔女か? 女の要素がどこにもねぇ!」
驚きつつもフェンリーは氷で魔女に攻撃を仕掛ける。が、氷は魔女に近づいただけで蒸発し、一瞬で消え去る。
「無駄だ。やつは高温を身に纏っている。何しに来たかは知らんが、下がっていろ」
横からアーノルトが声をかけてくる。
「うるせぇ! それに来たのは俺だけじゃねぇぞ!」
フェンリーがそう答えると、背後からマークとガイアが姿を現す。二人は聖剣エクスカリバーを手に、魔女に突っ込んでいく。
「「くらえっ!!」」
二人の剣筋は完全に重なり、一本の光の筋となって魔女に傷を与える。
「ぐおおおおおお!!」
完全に闇の獣となった魔女に光の効果は絶大で、その悲鳴が響き渡る。
ガイアがアーノルトの元に駆け寄ってくる。
「すまない、待たせた」
「絶妙のタイミングだ。狙っていたとしか思えんな」
二人は熱く握手を交わす。
「で、あれが魔女か」
「ああ、世界最強だと吟っているが、かなり体力を消耗しているはずだ。倒せない相手ではない。が、やつの手と口には注意しろ。触れたら最後、命を吸いとられる」
アーノルトの言葉を受けて、ガイアたちは魔女の姿を改めて観察する。そして既に生物のかたちをしていないにも関わらず、口と手だけは原型を留めているのはそう言うことかと納得する。
「つまり俺たちは触られたら負ける。勝つには全員で力を合わせ、かつ口や手以外に攻撃を与え続けるしかないというわけだな?」
「ああ、何か問題か?」
ガイアに問いかけるアーノルト。そしてガイアはアーノルトの期待通り首を横に振る。
「いいや、倒し方が存在するのなら問題ない。俺たちならば勝てるさ」
そう答えるガイア。にっこりと笑顔を浮かべ、全員の顔を見る。
「やろう。この世界は、俺たちの手で守り抜くんだ」
全員が頷く。そして全員で魔女に向かい合う。
「くそそそそそが! しししししししね!!」
もはや言葉にならない叫び声を上げながら魔女が突っ込んでくる。今、最後の戦いが始まる。