episode 587 「前言撤回」
目を覚ますゼロ。直ぐにレイアが居ないことに気がつく。一瞬夢かと疑ったが、体にかかった負荷と心にのし掛かる苦しみがこれが現実だと主張してくる。
ゼロが目覚めたことに気がつき、なるべく刺激しないように話しかけるフェンリー。
「ゼロ、わかってるとは思うが……」
「ああ、わかっている」
ゼロはフェンリーの腕から抜け出し、なりふり構わず海へと向かう。
「ああもう!」
ケイトは泣きじゃくりながらロープをゼロに飛ばす。しかし背中を向けた状態でもロープはゼロにかすりもしない。
「行かせない!」
無駄だとわかっていながらもゼロを追いかけるケイト。そのケイトをフェンリーが引き留める。
「ケイト、行かせてやれよ。俺たちが何を言ったってあいつは止まらない、そうだろ?」
フェンリーの言葉にケイトは腕を下ろす。
「死なないで!!」
ゼロの背中に向かって叫ぶも、ゼロの耳には届かない。
海へと飛び込むゼロ。正直何の作戦もない。レイアがどこに居るのかもわからない。生きているのかさえも……
(そんなことは関係ない! 必ず助け出す!!)
まだ波の高い真っ暗な海へとゼロは消えていった。
力の限り暴れる魔女はまさに災害そのものだった。巨大化した魔女の攻撃をまともに受ければ、たとえハデスであっても無事ではすまない。一撃一撃で大地がめくれ上がり、所々で地割れが発生している。
「滅びてしまえ!!」
容赦ない攻撃が星そのものを襲う。神々は攻撃を避けながら魔女にダメージを与えようとするが、攻撃力岳でなく防御力まで格段に上昇した魔女にはかすり傷すら与えられない。
「おいマリン! 魔女は本当に追い詰められているんだろうな!? 先程までより明らかに強いぞ!」
左腕を庇いながらアスラが叫ぶ。理性を捨てた魔女はまさに怪物だった。
「何をいっている? 見ろ、あの哀れな姿を」
魔女から一定の距離をとりつづけるマリン。今の魔女は乾いた布だ。養分であるマリンが近づきすぎれば瞬く間に吸収されてしまう。
「魔族の言うとおりだ。今の魔女は隙だらけ……攻撃が通る通らないは別としてな」
急所を攻め続けながら答えるハデス。ダメージは対してないが、なにもしないよりはずっと良い。それだけ魔女のエネルギーを消費できるのだから。
しかし、魔女のエネルギーが尽きるよりもこの星が破壊される方が早そうだ。
魔女の半径数キロで生きているのは既に神とマリンだけとなっており、その範囲も少しずつだが拡大している。大地は終焉を連想させるにふさわしい舞台へと変貌し続け、たとえここで魔女を退けたとしても数百年は修復不可能だろう。
「仕方がない。この星が滅べば私も困るからな」
マリンは魔女の近くにゲートを開く。これは非常に危険な行為だ。魔女の体にゲートが少しでも触れれば力を持っていかれてしまう。それを理解している魔女は僅かに残された理性でゲートを目指す。
「vvvvvvvvvvvvvvv!!」
しかし、魔女の突進はゲートから飛び出してきた大量の海水によって無効化される。
「今だ! 海水で母を包み込め!」
モルガナに叫びかけるマリン。モルガナはこくりと頷き、杖を振る。大量の海水はモルガナの魔力によって操られ、魔女の巨大な体を覆い尽くす。
しかし魔女も必死の抵抗をみせ、残された力で暴れまくる。
「jjjjjjjjjhpcpcp!!」
いかに魔女とはいえ、この世界では生物というくくりからは逃れられない。呼吸ができなければ待っているのは苦しみだ。
「うう、押さえきれない!」
「踏ん張れ! もうすぐネスたちが合流する! それまで耐えるんだ!」
アスラたちも僅かな力を振り絞り、魔女を押さえ込もうとする……が、そこでルインが何かを見つける。
「ん、誰かいるぞ!」
水の中に居る人物を発見するルイン。それは水と一緒に運ばれてきたレイアとワルターだった。
「まずいな……」
マリンが眉をひそめながら呟く。
「ああ、まだ助かるかもしれない」
「いや、そうではない」
アスラの言葉を否定するマリン。
「母のエネルギーは人間の魂だ」
魔女は苦しみながらも、二人の人間の気配に気がつく。
(ftbftbftbftbftbftbftbftb!)
口のような器官を開きながら、レイアたちに突っ込んでいく魔女。神もマリンも間に合わない。せっかく追い詰めた魔女がまた力を取り戻してしまう。
まさに絶体絶命、その時だった。
「貴様……レイアに何をしている!!」
ゼロが勢いよくゲートから飛び出す。そして魔女の体に突撃し、弾丸を撃ち込む。たいしたダメージではないが、魔女がよろめいた隙にレイアとついでにワルターを水の中から引きずり出す。
「……レイア、済まないがお前の望みは聞けそうにない。俺は今からこいつを殺す」
ゼロは再び苦しむ魔女に向かって銃口を突きつける。やはり戦いからは逃れられないと悟りながら。