episode 60 「隠れ家」
レイアたちは依然としてイシュタルから逃げ続けていた。
リンの様子はおかしいままで、すでに意思疎通がとれないところまで来ていた。
「げげげげげげんすいいいいいい。わわわわわわわ。」
「ちょっとこれ大丈夫なんですか!?」
リースはリンの腕を引っ張りながらその様子に慌てる。
「と、とにかくできるだけ帝都から離れましょう。どこか身を隠せるところがあるとよいのですが。」
リースには一つ思い当たる場所があった。が、そこに行くのには正直抵抗があった。そのリースの戸惑いをケイトは素早く感じ取る。
「リース、何か隠してる。」
「な、・・・仕方ないですね。私についてきてください。」
リースは二人とリンを近くの村に案内する。村にはたくさんの家があるものの、なぜか人の気配がしない。
「なんだか薄気味悪いところですね。でも身を隠すのはちょうどいいかもしれませんね。」
そのおどろおどろしい雰囲気に恐怖するレイア。ケイトは目も開けずレイアに張り付いている。
「さあ、こちらです。」
リースは一軒の家に入っていく。ほぼ意識を保っていないリンとへばりつくケイトを連れて、レイアもその家に入る。
「ただいま兄さん。」
「ん?なんだリースじゃないか。ローズ大佐から言い渡された任務は終わったのかい?」
家の中には一人の男性がいた。レイアと張り付くケイト、それにリンの姿を確認したその男は日課のトレーニングを中断し、驚いた表情を見せる。そして汗だくの体をタオルで拭い、レイアに握手をもとめる。
「君は妹の友達かい?良くしてくれてありがとう。これからもよろしく頼むよ。よければ君の名前を教えてもらえないかな?」
「あ、はい。わたくしはレイアと申します。」
男はそれを聞いてにっこりと笑う。
「俺はワルター。ワルター・フェンサー大佐だ。君の事は同期のローズからよく聞いているよ。レイア。」
ワルター・フェンサー。帝国軍大佐にして、Wの称号を持つ組織の殺し屋。もちろんレイアの情報もローズからではなく、組織から伝えられたものである。
「兄さん、実は・・・」
リースは今自分たちが置かれている状況を兄ワルターに説明する。ワルターは所々驚きながらリースの話を聞く。
「ちょっと待て、理解が追い付かない。そこの白目をむいている青年が元殺し屋で記憶を失い、現イシュタル元帥の弟子。それでいてそのイシュタル元帥から青年を奪い、逃げている途中だというのかい!?驚きが多すぎて驚いてしまうよ。」
その言葉に偽りはなかった。最強の殺し屋ゼロと元帥の弟子、戦いたかった二人が合わせてやってきたのだ。心が躍るワルター。
「ごめんなさい。突然連れてきてしまって。しばらくここで匿ってもらえないかな?」
「よ、よし。ほかでもない大切な妹の頼みだ。みんなゆっくりしていってくれ。」
「ありがとう、兄さん。」
「あ、ありがとうございます、ワルターさん!」
願ってもない話だった。ゼロと戦えるかもしれないだけでも天にも昇る気持ちなのに、もしかしたら元帥自らここを訪れてくれるかもしれない。にやけそうな顔を必死に保ち、レイアたちの滞在を歓迎する。
ケイトはワルターという名前とその姿に見覚えがある気がしたが、せっかく匿ってくれる上にリースの兄ということで特に気にはしていなかった。
「それじゃあ俺は訓練に行ってくるよ。何かあったら裏の森まで呼びに来てくれ。」
「気を付けて。兄さん。」
いつも修業に使っている森へと向かうワルター。
「ふふ、はは、ハハハハ!ああ十闘神様感謝いたします!もう加護をお与えくださいなどとおこがましいお願いは致しません!せっかくいただいたこのチャンス、必ずモノにしてみせます!」
ワルターは満面の笑みで剣を振るう。来たるべき戦いに備えて。




