episode 581 「はじめまして」
アスラの鼓動が高鳴る。忘れもしない、2000年前のあの日。あれから自分たちは大きく変わっていった。しかし、目の前の魔女はあの日と変わらない姿でそこに居た。
「モルガナ、すぐ全員に知らせろ。マリンにもだ」
「うん!」
モルガナは力を振り絞り、この事態を説明するため飛んでいく。
「zpjoplb? pnbfijupsjefxbubtjupubublbfsvoplb?」
(良いのか? お前一人で私と戦えるのか?)
「相変わらず気持ちの悪い存在だな。あの時とは違うぞ。もうあんな犠牲を払わなくても済むように、鍛え続けてきたのだからな」
魔女が臨戦体勢に入るよりも速く、魔女の肉体に拳を突き出すアスラ。見事その攻撃は魔女の肩に命中し、左腕もろとも魔女の体が弾け飛ぶ。なんの反応も示さない魔女に違和感を感じながらも、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。続けざまに攻撃を繰り出し、魔女の体は瞬く間に消し飛んでいく。
「ljibtvoeblb?」
(気は済んだか?)
姿はないが、魔女の声が響く。散り散りになった魔女の体の破片が集まり、再び形を成していく。
「メイザースの力」
「それは違うな」
魔女の言葉が聞き取れるようになる。
「本来これは私自身の力だよ」
瞬く間に魔女の姿は元通りになる。
「しかし先ほどの童子といい、お前といい、よく2000年程度でここまで成長したものだな」
魔女は素直に感心した表情を見せる。
「ああ、貴様が再び現れても世界を守らなければならないからな」
アスラは言葉を発しながらも、攻撃に専念する。たとえ魔女がメイザースの力を持っていたとしても、その回復は完全ではない。回復力を上回る攻撃力で粉砕すればいいだけの話だ。
「そういえばあの小僧はどうした? たしかアレスとか名乗っていたな?」
魔女のその言葉でアスラの中の何かが弾ける。直後、魔女の頭も弾け飛ぶ。
「貴様がその名を口にするな」
吹き飛んだ頭のうち、口元だけを再生魔女。
「いやいやすまなかった。そういえばあの小僧は死んだんだったなぁ?」
ニヤリと嗤う口元を握りつぶすアスラ。
「黙れ」
完全に頭に血が昇るアスラ。魔女の右手が忍び寄っていることにも気がつかない。その右腕に左腕が掴まれた瞬間、とてつもない違和感がアスラを襲う。
(なっ! しまった、これはヘルメスの……!)
「もらったぞ、その左腕!」
慌てて右腕で紋章が光輝く魔女の右腕をへし折るが、もう遅い。アスラの左腕は完全に停止し、所有権は魔女へと移る。
「どうだ? ヘルメスとは違い、ピクリとも動かないだろう。根性や精神力といった曖昧なものでは決して逃れられないぞ?」
魔女の言うとおりアスラの左腕は、まるでそこに無いように動かなかった。が、勿論無くなってしまったわけではない。魔女が少し念じると、アスラの腕は元々の所有者めがけて爪を立てる。
「くっ!」
アスラは仕方なく左腕の腱を切るが、それでも腕の動きは止まらない。
「何だと!?」
「だから言っただろう。ヘルメス程度の力と一緒にするな!!」
アスラの左腕はアスラの首を掠める。少し切っただけだというのに、その傷口からはおびただしい量の血が流れ始める。
「さあ、お前はどれだけ血を流せば死ぬのかな?」
魔女はそれ以上アスラに手を出さず、体を霧状に変化させる。魔女の姿が見えなくなってもアスラの体の自由は利かない。仕方なくアスラ左腕を真っ二つに折る。
「くっ」
アスラは漂っている魔女を睨み付ける。攻撃を通すことは可能だろうが、メイザースの力がある限りほぼ無意味だろう。
(倒すことは考えなくていい。ここは時間を稼ぎ、これ以上人間たちを巻き込まないようにするのが先決だ。皆が集まれば勝てない相手ではない……マリンもこちらに付いているわけだしな)
今となってマリンが敵でなくて本当によかったと感じるアスラ。もし今の状態の魔女にマリンの怠惰の力も加わってしまえば、それこそ太刀打ちできなくなってしまう。
「そういえば人間、我が愛しの娘はどこにいる? 大切なものを返してもらわねばならないのだがね」
アスラの心を見透かしたかのように問いかけてくる魔女。
「残念だな。マリンはお前の言いなりにはならない」
「そうか、それはそれで構わない。初めての反抗期だな。まあ、少しきゅうを据えてやればおとなしく力を差し出すだろう。なぁ、マリン!」
魔女はアスラの背後に声を投げ掛ける。アスラが振り返ると、そこには複雑な表情をしたマリンが立っていた。
「はじめまして、我が母」
「ああ、我が娘」
魔女とマリンは見つめ合う。その二人の表情からはなんの感情も読み取れない。
「マリン、やはりこいつは化け物だ。遠距離からの攻撃では対処不可能、かといって迂闊に近づけば一瞬でやられかねない。ここは慎重に……」
マリンに声をかけるアスラ。しかしマリンには一つも言葉が届かない。ただそこに立ち尽くし、魔女の目を見つめている。その姿はまるで人形のようだった。