episode 573 「眩しい光」
(おそらく実力はジャンヌ中将と同等……一瞬の判断ミスが命取りとなる。しかし、それは相手も同じだ)
ガイアは剣を構える。確固たる自信と実力がガイアの精神を支える。
(おそらく通常の俺を上回る。今の状態でも圧倒はできないだろう。それどころか甘く見ればこちらが一方的にやられる)
アーノルトもまた、マリンに渡された力がガイアに劣るとは微塵も考えていない。
そして、憶測通り二人の実力は拮抗していた。そのため、互いに迂闊に攻めいることができない。攻撃を外した瞬間、それが自分の最後となるからだ。
(スピードはおそらく俺の方が上……ならば足で翻弄するか? だが奴の反射神経は俺の想像を越えかねない)
アーノルトはマークの時のような戦法をとろうとするが、直前で思い止まる。
(正面から叩き斬る、パワーは俺が上と見た。だが、果たして攻撃が通るのか? 魔族の回復力は俺の計り知れるところではない)
ガイアもまた、攻撃を躊躇していた。魔族の回復力はいやというほど目の当たりにしてきた。そしてここは冥界、現世より回復力が高いのは明らかだ。たとえ首を落とすことができたとしても、平気で動く可能性もある。
(ならば、狙うは機動力を削ぐ足!)
ガイアは攻撃を決め、アーノルトの足に向けて剣を振る。アーノルトは左足一本を犠牲にし、空中へと飛び上がる。
「な!」
「甘い!」
アーノルトの切り離された左足がガイアの目の前で爆発する。そして血と肉と一緒に大量の針がその中から飛び出す。無数の針を全て避けきることはできず、何本かがガイアの全身に突き刺さる。
(体の中に武器を仕込むとはな……)
ガイアの憶測通り、アーノルトの足は直ぐに再生する。しかし、ガイアの傷は再生されない。それどころか、更に蝕まれていく。
「毒……か?」
「昔ヤンとエクシルに作らせたものだ。使う機会があるとは思っていなかったがな。効力は保証しよう」
がくりと膝をつくガイア。次々と体が動かなくなる。
「非常に速効性の高い毒だ。しかしそれで死ぬことはない。時間が経てば抗体もできるだろう。俺は1ヶ月苦しんだがな」
動けなくったガイアの膝にクナイが突き刺さる。
「がっ!!」
「そしてこの毒の恐れるべき点は感覚が遮断されないこと。それどころか痛みに関しては増幅される」
アーノルトの言葉通り、ガイアの感じている痛みは想像を絶するものだった。まるで爪の間に針を刺し入れ、グリグリとかき混ぜるかのような鋭い痛みだ。
「殺すことができるということは、殺さないこともできるというわけだ。殺してしまえばまた復活するだろうからな。ならば死なない程度に追い詰めてやろう、体も心もな……そうすれば魔女に挑もうなどという甘えた考えを捨て去りたくなるだろう」
アーノルトは細長い剣を取り出す。身動きひとつ取れないガイアにゆっくりと近づいていき、腹にそれを突き刺す。
「うぐっ!」
「臓器ははずしてある。だが動けば死にたくなるほどの苦痛が待っている」
剣をそのまま地面に突き刺し、ガイアの体を完全に固定する。
「これからお前を死なない程度に拷問する。俺に関わらないと誓うなら解放してやる」
そう言ってアーノルトはガイアの足を踏み潰す。
「かっ!」
ボキっ! と乾いた音がする。
「次は右だ」
もう一度ガイアの腹から空気が吐き出される。
「呼吸を整えろ。次は左腕だ」
アーノルトの殺し屋としての非情な顔がガイアを睨み付けている。
「なぜ、恐れるんだ……おまえなら」
「恐れる? 当たり前だ。それは俺が人間であるという証なのだからな。お前たちこそ本当に人間か?」
アーノルトの問いかけに笑いかけるガイア。
「ああ、そうさ。だから戦うんだ。明日も人間でいる為にな」
「わけがわからん」
左腕も粉砕されるガイア。残った右腕だけがピクピクと動き始める。
「驚いたなもう動けるとは。一時間もすれば立ち上がれるだろう。だが、それまでお前の精神はもつか?」
「もつさ。たとえ体の骨が全て砕けようとも、俺の心は砕けない」
敵意は向けども、ガイアは決して殺意は見せない。マークを傷つけられたことに対しては勿論怒っているが?友であるアーノルトを殺そうなどとは微塵も考えていない。本気でアーノルトをこの空間から連れ出そうと考えている。たとえそれがアーノルトの意思を無視した自分勝手な理由だとしても、ガイアはそれを諦めない。
それから一時間、ガイアはアーノルトから様々な苦痛を与えられた。しかし、その頃にはガイアは毒を完全に克服していた。折れた足もくっつき、ふらふらとしながらも立ち上がる。
「なぜ、立つんだ……ここでおとなしくしていればお前もお前の弟も傷つかなくて済むというのに!」
「そうだな、だが、それでは守れない。俺はモルガントを、この世界を守る為に立ち上がるんだ」
ガイアの目はとても眩しかった。目を逸らしたくなるほどに。奪い去りたくなるほどに。